2016/09/28

劇映画「沖縄」第1部のいち

 「えこだ沖縄映画祭」(こちら)で、劇映画「沖縄」第1部・第2部を見る。第1部65分、第2部125分でえらく配分が悪いと思ったら、元々1本のインターミッション入り映画だったのね。それにしても配分は悪いんだけども( ̄▽ ̄)。

 1970年公開となってるけども、製作した共同映画社のHPによると1969年製作上映とある(こちら。←( ・`ω・´)キリッとした地井武男がかっこいいぞ!)。監督・脚本は武田敦。製作の中に山本薩夫の名前がありますが、スタッフロールの製作委員会的な(正確に覚えてない)人々の中には今井正の名もあったかと思います。地井武男の初主演映画。

 第1部「一坪たりとも渡すまい」 

 テロップは「昭和三X年」。三郎(地井武男)一家、清(石津康彦)一家らが、荷車に家財道具を積んで移動しているところから始まります。彼らは謝花の米軍用地接収で土地を取り上げられ、平川(架空の地名?)へ行けば土地も仕事もあると言われてやってきたものの、その平川でも同じように土地接収が始まろうとしていた。「平川土地を守る会」は古堅(中村翫右衛門)を中心に、話すときには手を肩より上げない、などの取り決めを守りながら米軍と交渉していた。その話し合いのさなかに三郎と清、たまたま出会った黒人とのハーフの少年・亘(子役)とは、米軍トラックから測量用のポールを盗み出す。それに気づいたワタルの姉・朋子(佐々木愛)は、ワタルに泥棒を教えるなと怒るが、三郎は「ウチナンチュの物を盗んだら泥棒だが、アメリカーの物を盗むのは戦果だ」と悪びれない。

 三郎一家と清一家はキャンプハンセン(だったと思う)の従業員募集に応募するが、三郎と清は未成年だということで雇ってもらえなかった。むしゃくしゃした三郎は、清を巻き込んで米兵から毛布の束をくすねる。米兵に追いかけられた三郎は、毛布の束を、野菜売りをしていた朋子のリヤカーに突っ込んで難を逃れるが、朋子は自分の取り分として半分近くをちゃっかり持っていく。弟と年取ったおばあを養うのに仕事は選んでいられない、という。3人は門中の山城(加藤嘉)に畑や売り物の野菜を借りて、細々暮らしていた。その山城は、米軍の接収予定の地図を手に入れ、アメリカに留学予定の息子・朝憲(岩崎信忠)に訳させて、集落の接収される半分を見殺しにする算段を始めた。
 ある日、三郎は朋子を青年会の毛遊びに誘うが断られる。その夜、朋子の家に母が帰ってくる。亘の父親の米兵が朝鮮から帰ってきたので、亘を連れにきたのだ。朋子は家を飛び出して毛遊びに行くが、亘が追ってくる。その席で、朝憲の接収予定地図についての諍いが起きる。

 夜中、米軍がやって来て、銃剣とブルドーザによる土地接収が強行される。朝憲は父に「なぜ鐘を叩かないのか」と問うが、山城は「鐘は叩かないことになっているし、叩いても誰も行かない」と答える。
 古堅の家では息子の政孝(杉本孝次)が、何度陳情しても無駄だと父をなじるが、古堅は信念を変えない。学校帰り、政孝と朝憲は、古堅たち「土地を守る会」の一行が、琉球政府の前で三線を弾き、窮状を訴えて座っているのに出くわす。近くの店の人・歌声に集まった人々が涙を流してそれを聞き、店の品物やカンパを置いていく。自分も泣きながらそれを聞いていた政孝は、靴を脱いで古堅らに加わる。

 演習が始まった。三郎と清は演習場での不発弾拾いを始める。父らの運動を支える決心をした政孝がそれに加わり、朋子と亘も小さな薬莢を拾い集める。ある日、米兵に見つかった彼らはなんとか逃げおおせるものの、清が逮捕されてしまった。山城は、畑の多くを接収されてしまったので、朋子のおばあに貸している畑を返せ、と迫る。そんな時、畑にいたおばあは演習機の機銃掃射で殺されてしまう。

 おばあの葬式の場で山城は、朋子の家の墓は演習地の中にあるので、おばあは近くの山に埋める、と言う。朋子は、おばあはおじいの傍に行きたいと言っていたのだから、なんとしても演習地の中にある墓に埋めると言う。三郎たちがそれに加勢し、一同は葬列を組んだ。その途中で清が、ボリビアに行くことになったと告げる。清が逮捕されたことで、両親が米軍のパスを取り上げられてしまったのだ。葬列はゲートを突破し、墓へと向かう。
 

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2016/09/27

術後3週間/手術当日

 昨日で術後3週間でした。排尿痛はだいぶよくなって、最後の方がまだ痛い、くらいのところです。ただちょっと尿漏れするなあ。これは今までつぶれて小さくなっていた膀胱が、圧迫していた筋腫がなくなって大きくなったために、全部を出し切れなくて起きるようです。ひどいと自分で導尿しないとならないみたいですが、そこまでのことではないので、お尻の穴の体操……まあ、これがちょっと傷に響くんだな……。
 そして2週間以上ろくに使ってなかった腹筋が、使えるようになったとたんに筋肉痛ですよ……orz。そりゃそうだ。あと今日は久しぶりに美容院に行ったんですが、シャンプー台で身体が伸び気味になったら、下腹全体が結構に痛かったです( ̄▽ ̄)。これは予想外。

 さて、ここからは手術当日の話。

 いつも通りに起床してバイタル。入院してから血圧の上が140くらいあってびっくりだったんですが(いつもは110あるなし)、この日は生まれて初めて150を越えましたΣ( ̄ロ ̄lll)! やっぱり緊張してるんだな……。前の晩から絶食に入っているので、朝ご飯はなし。水は10時半まで飲めるので、水だけぐいぐい。帰りは自分のベッドで帰ってくるので、回りを片付けておいてくださいね、というので、ベッドのテーブルの上の本やタオルをしまったり。

 午前中に、あらかじめ買ってあったT字帯と、初日に渡された術衣に着替えます。

Ca3k2145_2 こんなヤツね。T字帯。初日に看護師さんとつける練習をしたんですが(服の上から)、帯が後ろに来るようにして腰紐を結び、股間から前に回して内側から紐にひっかけて余った分を前に垂らします。まあ、薄い褌だわな。ナプキンは夜用の厚いのを、これも初日に看護師さんに渡してあって、術後に看護師さんがつけてくれます(多分。なにせ麻酔中のできごとで)。身につけた物ではずせる物はなにもかもはずして、T字帯と術衣だけを着て待機。看護師さんが来てから、これも初日に渡された弾性ストッキング(膝下)を穿きました。サイズを正確にしないといけないというので、入院時に足首とふくらはぎを計ったらなんとSサイズ(・_・)! いやー、穿きにくいわこれホントに。

 着替えたあとで、点滴開始。自分、左腕の血管が出ないタチで、以前大腸ファイバーで点滴麻酔を受けたときも医師と看護師さんと2人がかりで20分以上格闘したあげく、左の手の甲から入れるというメチャクチャ痛い目にあったんですが、今回も麻酔科と病棟の看護師さん2人がかりで探しながら下がっていって、ほとんど手首、のところから入れました。ホントは肘と手首の真ん中辺から取るみたいです( ̄▽ ̄)。

Ca3k2159 この辺(笑)。手首を曲げるときにビミョーに当たるので、トイレでパンツ(両方の意味で)を上げるときにたびたび「ばきっ!」ってなりました( ̄▽ ̄)。

 午前の手術が早めに終わったので、13時から手術に決定。病棟の担当看護師さんに連れられて手術室へ……ってとこで、「大事な相棒忘れてるようー」って看護師さん。ツレアイを忘れたかと思ったら、点滴台を連れてくのを忘れてたよ、つながってるのに( ̄▽ ̄)。

 病棟のエレベータの前で、ツレアイはストップ。戻ってくるまでエレベータ前の待合所で待機です。自分と看護師さんはエレベータで2Fへ。つながってる別棟の手術室前でアルコールで手を洗ってから中に入れてもらいます。ここで、病棟の看護師さんから眼鏡ケースとともにオペナースさんにバトンタッチされて、手術台へ。本当は眼鏡も病室に置いてくるのが望ましいんですが、自分は裸眼0.1切っちゃってるんで、手術台までは眼鏡着用だったんですね。オペナースさんは、男性はよく見る青緑っぽい色のVネックの看護服でしたが、女性は大きなアロハっぽい花柄の制服でした。患者が緊張しないようにかな。

 手術台の上でタオルをかけられて、身ぐるみ剥がれて( ̄▽ ̄)。術衣って、本当にするんと脱がされるんだわ。00サイボーグもオッケーなくらい。まずは麻酔医さんの硬膜外麻酔から。事前にもらったプリントでは「犬のように丸い姿勢」ってあったんですが、なぜかここで「上手ですね〜」と無駄に誉められたりして。そして仰向けに戻って、心電図のパッチやらなにやら貼られたり、台から落ちないように拘束されたりして、酸素マスクです。酸素マスクって、飛行機に乗ったときにスッチャデスさんがデモンストレーションでやってくれるあのイメージ……って、最近はアレやってくれないんですけどね。いや、なんかしらんけど、結構楽しみにしてたんですよ、酸素マスク。酸素バーとかあるくらいだし。麻酔医の先生は「鼻や口にぴったりはまらなくても大丈夫ですからね」って言っていたんですが、実際割と雑な感じに( ̄▽ ̄)顔に乗っかってきて、あはは雑っぽいなあ、と思った辺りで、そこから先の記憶がありませんのです。

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2016/09/20

術後2週間/手術までその2

 昨日、19日で術後2週間でした。とりあえず何でもいいから(体重考えずに)食う、ことにしました。というのも一昨日あたりから「寝た状態でめまい」というようわからんことになりまして。いちばん貧血がひどいときでもそういうことはなかったんですが、やっぱ食べんとダメやな……ということで。別に意識して食べてなかったわけじゃないんですが、病院食の量に慣れちゃったらしくて、あんまり入らないうえにたいして食べたい気持ちもおきなくてですね( ̄▽ ̄)。

 しかし「日にち薬」とはよくいったもので、寝る←→座る←→立つなどの動作の時には痛いものの、寝っぱなし、座りっぱなしの時にはさほど痛くなくなりました。落ちてる物を拾うのはまだキビシイなあ。しゃがむのがツライ。

 さて、ここからは入院2日めの話です。

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 朝ごはん。朝は原則食パン。多分10枚切り2枚と思われ。焼いてはありませんが、温めてはあります。左のは「ジャーマンポテト」だったと記憶。毎日牛乳がつきました。
 この日は日曜で特にすることもなく、ごろごろしながら本を読んでました。最後のリュープリンの時に、鉄剤とビタミンC(サワイとハイシー)を2週間分処方されたのですが、おかげで入院時の採血でヘモグロビンが11まで上がってました。2桁行ったのは15年ぶりくらいですよ多分。フェロミアはすっげえじんましん出たし、インクレミンは気持ち悪くなって七転八倒でしたが、フェロミアのジェネリックであるサワイは全然副作用がなかったです。先発薬は大丈夫で後発薬はダメな人も、その逆の人もいるそうで、自分は後者だったようです。それともハイシーのおかげか……。

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 昼ごはんは中華うま煮。つか、中華丼がセパレートになったみたいなもので美味しかったけど、和え物ってどうしてこう不味いんだろね……。

 バイタルチェックのときに看護師さんが、夜に下の剃毛とおへその掃除をするというので、早めにシャワーの予約を入れる。シャワーは1人30分で、ナースステーションの扉にぶら下がってる「予約表」に名前を書いておくと使える。まあ、ペンションとかの「家族風呂」と同じようなシステムですね。中は狭いユニットバスですけど。念入りに洗っておいたので、看護師さんに「おへそ、きれいですねー」と誉められたりして( ̄▽ ̄)。剃毛は、美容室で襟足に使うような小さなバリカン(?)で。全部ってわけじゃなくて、結構アバウトな感じ。

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 夕飯。鶏のなんかしたのとネギ。茄子のあんかけとエノキのお吸い物(これは美味しい)。オレンジ。ここから絶食になります。水は翌日の10時までOK。病院によっては浣腸があるらしいですが、自分が入ったとこではありませんでした。

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2016/09/17

入院から手術まで その1

 さて、最初に手術日を決めるときに「婦人科の手術は月曜日」なので土曜に入院、というふうに説明を受けたのですが、実際はほかの日も同室の人が手術を受けてました( ̄▽ ̄)。もっとも、手術から退院の日程がバラバラだったので、術式やら病気やらがちがったんでしょう。

 つことで、9月2日午前に入院。ツレアイが荷物持ちともろもろの説明を聞くためについてきてくれました。病棟の看護師さんにあらかじめ記入した問診票を渡して、「入院のしおり」(諸注意)と「入院診療計画書」(退院までの日程表)の説明。この病院では最初に一人づつにファイル(パンチ式)をくれて、それにもらった説明書などをはさむようになっていました。で、腕に二種類、名前と血液型を書いたバンドを着けられて、これは退院までそのまま(シャワーで一度取れちゃったけど)。

 差額ベッドは申し込まなかったので、4人部屋でした。一人当たりのスペースが思ったよりも広く、窓際だったのでそこそこ見通しもよく、天気がよければ明るくてすごしやすかったです。もっとも結構暑かったのも窓際だったからみたい。基本的にカーテン閉めっぱなしで、特に同室の人と何か話したりということはなかったです。入ったときはほかにもう一人いらしたんですが、その方は小さいお子さんがお見舞いにくるので、ご本人と多分お母様とが「うるさくしてすみません」と挨拶にいらっしゃいました。こちらも「うるさいと思ってると思われてるのでは」と思うと逆に咳や寝返りもしづらいので、「全然気にしませんオッケーですお互い様ってことで」と返しましたが、こういうことは最初にひとことあるとないとで、お互いに気持ちが違いますよね。あとちゃんと一人に一台テレビがあって、DVDも見られるようになってました(イヤホン必須)。テレビカード(何分だか忘れたけど)1000円で、これはあとで精算機で見なかった分のお金が戻って来ます。

 6時起床、22時消灯。食事は7時半、12時、18時。バイタル(検温・血圧・指になんか挟むヤツ)が6時、14時、19時。検温は自分の電子体温計で測って申告。放送で検温のお知らせがあるんですが、その時間から病室を回り始めるので、実際に看護師さんがたどりつくのは30分以上後になったりしました。で、その時に問診や傷のチェックもする。

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 2日の昼食。自分は魚の脂(特にサバ。あと鮭やサンマの腹側とか)や血合いでじんましんが出る旨、入院時の問診で申告しておいたところ、「サバ抜き」の注意書きがある名札がついてました。これは鮭のホワイトソースがけとあとまあいろいろ。右上はオレンジ。完食。

 手術室付きの看護師さんがきて、手術前後の手順の説明。麻酔医の人が来て、麻酔についての説明。あと研修医の人が毎日回診にきました。といっても、バイタルチェックの看護師さんとあまり変わらない問診と傷チェックくらいかな。あと婦人科の主任の先生がばたばたっと来て、「卵巣も取るんだよね?」と確認だけして帰っていきました。
 それから看護師さんと外来に行って、手術をしてくれる先生の診察。内診とエコーで、予定通り開腹で取る決定。手術の時間は、午前の手術の終了時間次第で13時か14時、となりました。

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 ブレちゃったけど夕飯。あげてない飛竜頭みたいな寄せもののあんかけ。ここ、あんかけだけは妙に美味かったなあ。完食。


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2016/09/16

術後はやくも10日

 あっという間に退院して6日です。家にいれば何か書くかと思ったけど、もうただぐうたらしてます。術後でいうともう10日経ってるのに、まだ寝た状態から起き上がるのがよくわからない( ̄▽ ̄)。毎回「……どうするんだっけ?」ってなってます。一度、「痛くない方法がわかった!」ってなったのに、次のときにはもうその方法がわからない……orz。

 今のところ、いちばんつらいのは排尿痛です。こちらのエントリがわかりやすかったんだけど、要するに筋腫でつぶれてた膀胱と尿道がいきなり解放されて今まで使ってなかった場所を使っているので痛い、と。尿道が筋肉痛になるなんて思ってなかったよ( ̄0 ̄)! 確かにホース(とは言わないか)の口径が倍くらいになった感じといいますか、いきなり音止めの滝かよ、という気はいたしましたです。最初のうちはいいんだけど、終わるに従って「きゅーー」って縮んでいく感じに痛くなっていって、終わったときがいちばん痛い。これはもう尿道様と膀胱様に早いとこ慣れていただくしかないので、1〜2ヶ月は我慢、という。

 あとンコですね。下の話ばっかりで恐縮ですが。こっちはそれ自体が痛いわけではないんですが、うまくいきめないうえに、上記のごとく、すでに「きゅーーー」って痛くなってもう心が折れちゃう、みたいなところからがんばらないとならないので、すんごいキツイ。でもためちゃうと腸閉塞の恐怖がーーー 。・゚・(ノд`)・゚・。、固まんないうちに出さないとーーーー 。・゚・(ノд`)・゚・。、というわけで、これはこれで大変。とりあえず、術後3日めから出始めて、量はさておきなんとか1日1回をキープしてます。しかしこれも、トイレに好きなだけ時間をかけられるからできるんだよな……。出勤してたらこうはいかん。

 それにしても体力はがた落ちでした。手術以降、あんまり食べてない、というのもあるんですけども。入院中は、出されたもののほかにはのど飴と水だけで過ごしてまして(むしろ食べきれなくて残してた)、退院してからもツレアイがいる間はなんのかんので食べてたんですが、一人になったら特に食べたい気持ちもないし、起きるのも会社に行くときほど早くはないので、0.5食+0.5食+1食、おやつ特になし、みたいな感じでいたら、入院中に1キロ、退院してから1キロ減りました( ̄▽ ̄)。まあ退院後に減ったのは、入院中に食べてなかった分だという気はしますけども。今日ちょっと知人の通夜があったので、隣駅のお寺さんまでトータル1時間半くらい出かけてきたんですが、もうくたくた。やっぱ食べないとダメなんだな。

 ええと。あとは四十肩ですね。入院中、全然痛くなかったので「仕事しなければ治るんじゃーん( ̄▽ ̄)」って思ってたら、単に鎮痛剤が効いていただけだったという……orz。自分の悪いのは左上腕なんですが、いつも左腕でベッドの手すりをつかんで身体を左に振る反動で起き上がっていたので、すっかり痛くなっちゃいまして。ほかにも枕の高さのせいか、首肩周りがゴリゴリだったので、朝、整骨に行ってきました。入院前に先生に手術の話をして「うつぶせにならずに首肩だけできるか」を相談していたので、横向き寝と仰向けで、胸から下は触らずにやってもらいました。痛いのは上腕だけど、腕の付け根のところが凝り凝り。だいぶラクになった〜。

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2016/09/10

退院しました。

 入院前にもらった日程表では、術後8日めに「退院できます」とあったのですが、その予定よりも2日早く、今日の午前に退院できました。心配くださったみなさん、ありがとうございましたm(__)m。初めての入院&手術で、いろいろかってがわからなかったりしましたが、とにかくなんとかなりました。看護師さんたちにずいぶんお世話になりましたですよ……。いろんな看護師さんがいて面白かったな。

 手術は「腹式単純子宮摘出術+両側付属器切除術」。付属器というのが卵巣+卵管です。お腹の一番下、高さでいうと太股の外側の付け根よりもまだ下の部分を横に13cm切りました。リュープリンの効果で、7cmの筋腫が5cm、3cmの筋腫が2cmに小さくなってたそうです。さすがに物は見せてもらえずに、一応手術の後で写真は見せてもらいましたがなにせもうろうとしてて( ̄▽ ̄)。今、病理検査に出ていて、月末の検診のときにその結果を聞くことになっています。

 手術時間。開腹だと1〜2時間というふうにものの本には出ていますが、午後1時に手術室に行って(病棟から歩いて)、戻って来たのは4時でした。もっとも手術に3時間かかったわけではなくて、麻酔が醒めてから手術室を出るので、その時間がかなりあったんだと思います。よくドラマで見るようなストレッチャーに乗せられて戻ってくるのではなく、病棟の自分の可動式ベッドが手術室に運ばれてきて、それに(麻酔がかかってるうちに)手術台から移されて、そのままごろごろ病室の元の位置に戻されるという( ̄▽ ̄)。手術台→ストレッチャー→ベッドより1工程少ないから合理的ですな。帰ってきたらベッドの高さがかなり高くなってたのはそのせいだったのな〜。
 ちなみにツレアイも、ドラマでよく見る「薄暗い手術室前の廊下のソファ」ではなく、病棟のエレベータ前の待合所で待たされておりました。まあ同じエレベータ(建物自体はつながってる別棟)の別階なので、すぐといえばすぐの場所。

 今は、じっとしてる分にはたいして痛くありません。ただトイレでいきんだり、中がたまったりすると結構痛い。歩くのも、かなり歩けますが歩幅が小さいので結果として遅いw。あと前屈みが痛いですね。なので階段も降りるのは問題ないですが、昇るのが痛い(歩幅が必要なのと、もも上げになるのが痛い)。寝た状態から起き上がるのは、ベッドの手すりに手を掛けて手の力を使って起きてます。座ってるところから立ち上がる時は斜め前方に。総じてとりあえず、鎮痛剤でなんとかなる程度の痛みです。むしろ寝っぱなしで腰の方が痛いんだけど、当分整骨に行けないのがツライ……(TーT)。

 血栓と腸閉塞の予防のために、退院したらよく歩くようにと、産業医にも外来の先生にも言われていたのですが、入院直前にばったり、会社のOGでやはり子宮全摘した人に会いましたら「どうせ重い物なんて持てないんだからね、日に3回、スーパーに行くのよ!いいわね!」と、非常に具体的に指令をいただきましたので( ̄▽ ̄)、しばらく彷徨することになりそうです。

 

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2016/09/02

いよいよっす。

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 いろんなものをもう少し書いてから入院するつもりがなくはなかったんですが、結局このままで、明日入院です。5日に手術の予定です。8日〜10日間入院して、術後1ヶ月検診までは自宅療養になります。手術自体は簡単なものだそうですが、お腹がくっつくまで時間がかかるのは一緒だからねぃ。

 病院にPCは持ち込みますが(許可済み)、病室にWi-Fiが来てるとは思えないので、しばらくはネット環境もガラケーからの貧弱な感じに。でもまあ開腹……じゃなくて回復してくれば暇になると思うので、ついったーの方でいろいろと経過などはツイしていくかと(こちら)。

 そんなわけでよろしくお願いします(何を?)。写真は実家に行った時に撮った、西調布駅近くの馬蹄観音。小学校の「わたしたちの町」の授業で必ず習うヤツです。

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2016/09/01

王子さまってば!

 ということで、十日のアヤメは承知の助で、王子ガラのつづき。

『タンゴ』よりソロ
 ピアソラのタンゴに合わせたシクリャローフのソロ。ここまで5本ソロのみってのも珍しいガラだねえ( ̄▽ ̄)。黒タイツに黒のふんわり袖のシャツ。どうしてもいつまでも「ネタ王子」だった頃のイメージが忘れられないので、何度見ても「大人になったなー」とか思ってしまうのですが、いや本当に脚がきれいになって! 短かったのがもったいなかったなー。倍くらいあってもよかった。

『同じ大きさ?』
 今回はこれがいちばん面白かった! シュツットのガラに行けなかったので初見。シムキン、サラファーノフ、カマルゴの3人がばたばたとコミカルに踊るんだけど、3人の個性がバラバラなのがいい。特にサラファーノフの生真面目なコミックが楽しすぎ。特に好きでもキライでもなかったサラファーノフ株が一気に上昇しました。特に3人でその場駆け足みたくするときの、生徒会長が無理無理コントやってる感じがたまらん( ̄▽ ̄)。シムキンはもう「変顔王子」だな。

『マノン 沼地のPDD』
 コントのあとにこれ? と思ったけど、そこはワトソンとサラ・ラム。ありゃ、と思う間にすっとマノンの世界に連れていかれてしまいました。実はこのPDDってそんなに好きじゃなかったんだけど、演じる人によってこんなに違うんだなー、と。ワトソンが意外にも(でもないのか)「育ちの良い、しかしいざというときに頼りにならない」感を振りまいていて、いつもなら「瀕死のマノンをそんなに踊らせてーー」みたいに思うところが、「どうしていいかわからなくて右往左往するデグリュー」と、「そんなデグリューを求めて追いかけてしまうマノン」(←ダイブのとこ)に見えて、自分にしては珍しくうるうるしてました。沼地で泣く事ってなかったんですよ。そんで、最後に倒れたマノンのまくれたスカートをさりげなく直してあげるワトソンは王子さまだわー、というか実際自分の頭の中では「メイドと駆け落ちしてきた王子さま」の話になっておりました。マノンなのか、それは。

『エチュード』
 男性プリンシパルが3人の変則体制……だったんですが、シクリャローフはシルフの場面だけの登場でした。でもまあそれだけでもいいか( ̄▽ ̄)。コチェトコワが可愛かったなあ。
 東バの方は竹組の体制。しかしその分、黒の方に小川さんや伝田さんがいて妙に豪華だったり( ̄▽ ̄)。女子はやっぱり政本さん、崔さんに目が行くなあ(ふたりとも大好き)。男子も以前プリンシパルを踊った松野くん・入戸野くんが何気にコールドにいたりしましたが。高橋くん、中村(え)くんはやっぱり上手いな。うう、松組も見たかったよう。

白の舞踊手(ソリスト):吉川留衣、河谷まりあ
白の舞踊手:金子仁美、中川美雪、秋山瑛、高浦由美子
二瓶加奈子、三雲友里加、政本絵美、崔美実
男性:宮川新大、岡崎隼也、松野乃知、吉田蓮、入戸野伊織、
和田康佑、宮崎大樹、河上知輝、海田一成、高橋慈生、中村瑛人、古道貴大

 さて余談ながら、「王子さま」のタイトル。TWの方だったかで、「テニスの王子様」のもじりという説を見て「ぽん!」と膝を叩きました。自分としては「王子」というのは単に「旬のイケメン」くらいの意味にしか考えてなかったので(なので「旬のイケメンが出るガラ公演」くらいに思ってた)、文字通りというかクラシックバレエ的な「王子」にこだわる人が多かったのが実はかなり意外でありましたのん。それだけバレエにおける「王子」のイメージが固まってるってことなんでしょうが。というか、クラシックバレエの王子って、むしろダメンズばっかじゃん……( ̄ー ̄)ニヤリ。気品溢れるダメンズの群れ(上の句を誰か)。
 

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2016/08/28

リュープリンてば

 さて、手術まであと1週間、入院までは5日という押し迫った時期にもかかわらず、風邪っぴきです。あと2日で治さねば、手術延期なんてばかな話になりかねないので必死です。鼻詰まりで麻酔とかいうわけにいかんのだろうなやっぱり……。

 リュープリンの話でしたな。
 看護師さんのお話だと、これは皮下組織(ほとんど脂肪)に打って、1ヶ月かけて徐々にじわじわと効くようにするのだそうです。なので「つまみやすいところに打つんですよー」というわけで、腹に( ̄▽ ̄)。「腕のここんところ(いわゆる「振り袖」部分)に打つ場合もあるんですけど、お腹がいちばんつまみやすいですからね〜」……ほっとけ……orz。そして、強い薬なので同じ部位に続けて打つことはせず、おへそを挟んで左右交互に打っていきます。

 初回は注射室というところで(←大きい病院なので注射だけする部屋がある)、看護師さんが丁寧な説明をしてくれました。「……で、まれにですけれども」、とすごい真顔で言われたのでドキドキしながら待っていたら「……内出血することがあります」って言われてつい「( ̄▽ ̄)プッ」してしまってですね。だって注射だもんよそりゃ。
 2回目と3回目は注射室が混んでたので、婦人科外来のベッドに注射室の看護師さんがやってきて打ってくれました。4回目はまた注射室で。毎回ちゃんと「前回はどっちに打ちましたか?」って確認されるので、覚えてないとならない。

 副作用については、すごくたくさんあって(こんなかんじ)、表を見てもなにがなんだか、って感じですが、要は「更年期障害」ぽくなるってことですね。だって疑似閉経状態だし。自分なんかはもともと「ほてり」持ちだったので(←自律神経失調といわれたけど貧血による代謝系ホルモンの異常とか諸説あり)、どれが本当に「リュープリンの副作用」だったのかはよくわからないんですが、ともあれ

 ★ほてり+発汗+熱感 はすごいです( ̄▽ ̄)。クールビズとやらのせいで社内の冷房も温度高め設定なんですが、それにしてもシャツ全体がじっとりするくらい汗をかく。おかげで熱中症になりかけたりしてます。最初の頃はめまいもしてましたが、2回目の頃には落ち着きました。
 ★肩こりは前からですが、明らかにひどくなった。リュープリンのせいかどうかはともかく。あといきなり四十肩になったのはどうなんだろうな。肩こりになるなら四十肩にもなるのかな(←多分年のせい)。
 ★頭痛も前からだけど……。でもやっぱりひどい。
 ★不眠にはならずに、逆にめちゃくちゃ眠いです。もう無理しないで寝るようにしてるんですけど(なのでブログも書けない……ってことで)。なんとなく常に「ぼー」っとしてる感はあります。あと倦怠感といいますか、「なんかやる気出ない」みたいなのはありますね。いや、いつもだろって言われても言い返しませんけども。一応、「肝機能障害」のところに「常に眠い状態」ってあるんですけど、あれ「肝機能障害」なんですかいね?
 ★不正出血 これはきつかった。「大概2回目の注射から生理が止まりますよ」とは言われてたんですが、2回目の注射の後、2週間(通常でいうと排卵期くらい)から通常量の生理が始まり、通常通りに終息すると見せかけて、だらだらと25日間出血し続けでした。10日めくらいからはナプキン1枚の量も出なかったのでたいした量ではないんだけど、しかし「いつ止まるんだこれ」ってのは不安ですからねえ。だって出血を止めるための薬なんだからさ( ̄▽ ̄)。人生最後の生理(予定)が25日間。
 ★体重増加もよく言われますが、これは以前ナサニールという、似たような薬で点鼻薬をやったときは劇的に増えましたが、今回はむしろ減ってます。まあ軽い糖質オフ(昼食の主食をおにぎりから胚芽クラッカーにしたりとかその程度)もしたりはしましたが。

 まあとにかく風邪を治さないとなー。

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2016/08/11

リュープリン注射

 つことで、子宮筋腫の手術のため、術前にリュープリンを4回投与(注射)することになりましてん。これは割とどこでもやっている処置で、筋腫を小さくして(ということは必然的に子宮が小さくなったり子宮内膜が薄くなったりして(大きな筋腫が入ってるせいでびよーんって伸びてるから))、手術の時に出血を少なくしたり出すのを楽にしたりするわけですね。

 5月12日にリュープリンの1回目の投与。ちなみに自分のもらった明細書には「リュープロレリン酢酸塩」とあります。こっちが成分名で、リュープリンが薬の名前。お薬ぶっくお薬ナビにわかりやすい説明があります。「お薬ナビ」によると「この薬剤を使うと、一時的に卵巣からのホルモンは増加しますが、それに伴い増加したホルモンを制御する反応が起こり、下垂体の機能が抑えられ、逆に性腺刺激ホルモンの分泌が低下します。/そして、結果的に卵巣への刺激が抑えられてエストロゲン量が低下し、排卵を抑えたり、閉経と似た状態を作り出すことで、女性ホルモンにより進行する内膜症病巣の進行が抑えられるという仕組みになります」ということだそうです。

 で、強い薬なので月に1度しか打てないこと、続けて6回(つまり半年)しか打てないので、打ち始めたらその範囲での手術になること。2,3日の前後はかまわないけど、基本的に28日置きに打つこと、などの説明がありました。本当は生理(開始日が基点)から5日までに打つ物らしいけど、自分は診察日が6日めで、しかし自分は10日かかるうえに5日めだったらまだタンポン入れてますよ〜? な量の人なので、「出血してるんならいいわー」(←女医さんだった)つことで、その日に最初の注射をしました。

 その後、健保の関係で手術日を1週間遅くしたんですが、看護師さんとその時の外来の先生(←別の女医さんだった)が「いやいや1本目をちゃんと打ってればあとは大丈夫なはず〜」と頭をしぼってくださいまして、6月11日(4週目)に2回目、7月16日(5週目)に3回目、8月6日(3週目)に4回目を注射。4回目から5週目に手術、となりました。4回目はもう1週あとでもいい気がするんだけど、お盆に引っかけないようにしたんだろうか(外来は空いてるけど)。

 さて、「個人差はあるけど、一般的には2度目の注射で生理が止まります」とのことだったんですが、これがちょっと大変だったのはまた今度。

 

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2016/08/07

手術のうちあわせ

 なんと7月は2回しかエントリしておりませんでしたよ。申し訳ない……orz。いろんなことも忙しかったんですが、とにかく寝ることを優先しておりました。今月のイラストはノグチゲラ。高江を象徴する絶滅危惧種です。現在確認されている生息数が500羽。高江にしか生息しない鳥です。

 さて、子宮筋腫の方ですが、7月16日に3回目のリュープリン注射と術前検査を行いました。検査の項目は、尿検査、血液検査、胸部レントゲン、心電図。病院によっては肺活量の検査とか、ほかにもあったりするみたいだけど、自分の行ってる病院はこれだけ。ただし血液検査は項目がやたら多くて、採血のときにトレーに試験管が5つも6つも積んであってびびったんですが、実際にはすごくでっかいヤツで一気に抜かれましたw(あとで小分けしたと思われ)。

 して、8月6日に4回目(最後)のリュープリンの注射と、検査結果、手術と入院の説明と。手術は最初の予定通り、9月5日(月)に、開腹で子宮と付属器官(卵巣と卵管)の全摘出。筋腫は7cm、3cm、0.7cmの3つの筋層内筋腫で、ぎりぎり腹腔鏡でも取れるかなーーーと、先生(←腹腔鏡手術の免許持ち)が結構悩んでおりました。先生としては、腹腔鏡で切り離しとか諸々の手術をして、取った臓器は(腹腔鏡用に空けた穴ではなく)膣から引っ張り出す、というのを考えていたらしいんですが、未経産婦だとやっぱり膣からは出せないだろう、という結論に至ったようです。腹腔鏡手術でも、筋腫の具合によっては開腹に切り替えることはままあるとどんな説明にも書いてあるんですが、腹腔鏡用に腹に4つも穴を空けたあげくに結局切る、というよりは、最初から腹切っちゃった方がお互いに楽ですからねえ。7cmあるものを引っ張り出すっていうことは、7cmかそこらの口が必要なんだろうし。

 血液検査の結果については、いろいろと詳しく聞きました。検査前の1ヶ月くらい、「1日分の鉄分ドリンクヨーグルト」みたいなものをせっせと摂ったんですが、さすがに付け焼き刃だったらしく、やっぱり貧血がひどいので(でも血色素数が8.9まで上がったんだよう……いつもは7あるなしなんだよう……)、自己輸血はできなくて、輸血が必要になったら赤血球製剤を使うことになりました。まあ、単純な全摘手術でそこまでの出血は滅多にないそうですが、製剤による感染症の確率は0にはならないので、これの同意書が手術の同意書とは別に必要になるんだな。んで、輸血した場合には、2ヶ月後以降に感染症の検査とかがいる、と。やっぱ自己輸血の方が気楽な感じですね。

 あとは婦人科手術の副作用として、血栓症になりやすいので、術後1日は弾性ストッキング(貸与。こんなヤツね。結構なお値段)を穿いて、離床できない間もせっせと脚を動かすように、とのことでした。手術の説明書を読むと、骨盤から下肢に血の塊ができやすくなるとあるので、そこいらの手術につきもの、なんですかね。寝たまま足首を立てたり寝かせたりみたいな運動だけでも予防になるそうです。
 
 そんで、開腹といえば腸閉塞、なんですが。師匠がガンの手術のあとに(しかも膀胱、胃、大腸と原発性のを3つもやりましてん)、むしろ腸閉塞頻発で散々苦労してるのを見てたうえに、先日、知人(82歳)が腸閉塞で入院中に亡くなったりして、こいつの方が怖かったんですが、筋腫手術でなることはほとんどないそうです。ほっ。

 んで、手術前に貧血を治すべく、例に寄って鉄剤を処方されました。いや、貧血を治すために手術するんですよ(・_・)?

 しかし、今の病院は担当医制ではないので、先生によってビミョーに見解が違ったりしていいのかなー、とも思っていたのですが、ひとつの病院でセカンドオピニオンが取れてるようなもんだからまあいいか、と思い直してみたりもしたのでした。
 

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2016/07/18

王子さまってば。

 どうもこちらではご無沙汰いたしておりますですはい。いろいろ貯まっておりますが、とりあえず16日に「王子」ガラに行って参りましたので、その辺りから。席は下手のすごい前のはじっこの方でした。シビックの前の方なんて座ったことなくて(笑)、首が痛かったよ。あと、前の人の頭も多少気になるところが(前の人の大きさによるだろうなあ)。しかしまあガラ向き(というかソロ向き)の席ではあり、見え心地(?)としては悪くなかったです。ただエチュード向きでは全然なかったな( ̄▽ ̄)。

 オープニングはノヴィツキーの振付。各自がこれからの衣装を着て、さわりを踊ったり、意識し合ったり、ちょっとコミカルな感じで。シクリャローフが昔と全然イメージ変わっちゃって、最初分かんなかったよ。割に最近「愛の伝説」で観てるのにねえ。

 『バレエ101』(シクリャローフ)
 男性ナレーターの指示通りに1番からポジションを取り、5番のあとも延々100番まで勝手に(?)ポジションを作っていく。途中で「それ、何番と同じだよ?」とかツッコミも入ったりして。100番まで行ったら、ナレーターの「何番」「何番」っていう指示通りにそのポジションをつなげていってアンシェヌマンみたいに踊っていくんだけども、どんどんその指示が無茶ぶりになっていって、最後「ヽ(`Д´)ノウワァァァン!」てやけくそになって、飛行機が急降下するような音とともに爆発、暗転後にバラバラになったマネキンが配置されて、「101番」っていうナレーション落ち。
 んー、すごく面白いんだけど、このオチは好かないなあ。マネキンだよりだし、具体的には思いつかないけど、ナレーションに一矢報いるというか、返り討ちにするようなオチだったらよかったのになあ。
 といいつつ、これシムキン、サラファーノフと3人で日替わりでやったらそれもまた面白かったかもね(さすがにワトソンにやれとは言わない( ̄▽ ̄))。

 『水に流して』(サラ・ラム)
 黒のスリムなワンピースを着たラムのソロ。『水に流して』はピアフの中でも大好きな曲なので、それをサラ・ラムがイメージぴったりに踊ってくれてとても満足。

 『ファイヤーブリーザー』 (カマルゴ)
 黒長パンいっちょのカマルゴのソロ。超絶技巧満載だけども、どちらかというと超絶筋肉を堪能したような気も(あんまり筋肉を堪能する趣味はないんだけども)。シンプルな上からの照明が、筋肉くっきり陰影を印象づけるというかですね(笑)。しかしまあカマルゴ、本当に超絶だけども、素直な超絶というか、イヤミがなくて、さわやかな超絶というかええと、本当に好青年であるな、と。

 『予言者』(ワトソン)
 衣装がカマルゴとかぶった( ̄▽ ̄)。ワトソンは顔の長さに比して肩というか全体に幅があるんだな(顔が細いともいう)。カマルゴの爽快な身体コントロールとはまたちがう、しかし指先の先までコントロールされたしっとりとねばっこい動きは「これが観たかったの!!!」という。あああ、満足。こういうのがベテランの妙技なんだよなあ。若い人は若い人でいいとこいっぱいなんだけど、自分が年取ってくると、こういう「静かだけど熱がある」みたいなものが良くなってくる感じ。

 とりあえずここまで。

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2016/07/04

シャンブルのライモンダ

 シャンブルのトリプルビルの最後はライモンダの3幕。日本におけるライモンダの全幕初演は牧(1979年)なのだそうですが、その時のライモンダが川口さんだったそうな。今回は川口さんはライモンダは踊りませんでしたが、まだ踊ろうと思えば踊れるんだろうからなんかすごい(プログラムの写真は川口さん)。

 今回はライモンダは松村里沙さん、ジャンは橋本直樹さん。確か牧の衣装もそうだったと思うけど(NHKでやりましたね〜)、男性がぱっと見キルトみたいに見える格子柄なのは謂われがあるのかな(ハンガリー風とか)。チャルダッシュが男女ペア+女性群舞、マズルカは女性6人。チャルダッシュは普通に面白かったけど、マズルカの方は曲が長くてちょっとゆっくりめだったのかな……(あまりライモンダを見る機会がないのでよくわからない)、ちょいとばかり眠かったりもしました。

 松村さん、橋本さんは、松村さんの方が堂々としてて、橋本さんの方がちょっと軽めのキャラの印象。演目のせいもあるんだろうな。ライモンダのヴァリは、手を叩いたときに「ぱあん!」と大きく音を出すタイプ。自分はこっちの方が(音を出さないより)好きです。でもこれ、曲調による部分もあるけど、結婚式の新婦のヴァリというには貫禄が過ぎるというか、その意味では難しい踊りだよねえ。松村さんもちょっと怖かったけど、でもそれくらいじゃないとつまらないし(好みではありました)。松村さんは主演だったので特に、ということもあるのかもしれませんが、顔を残して首筋からボディを白く塗るのが松山の塗り方と似ていて、川口さんと森下さんは同世代同門だし、あの塗りも様式というか、ガイドライン的なものがあるのかな。

 グランパクラシックの要員として、宮本くんが再登場してました。カトルを踊る方の要員ですね。技術的には落ちてない、というよりも前よりも上手くなっていたようにも思いますが、団にいた頃の「宮本くんらしい」感じはあんまりしなかたな……。よそのカンパニーの群舞のお仕事(ソリストではなく)だから、そういうものなんだろうなあ、と。オーダーされたことはきちんと(上手に)こなしているけど、それ以上のものは求められないというか、むしろ邪魔になるのかもしれないな、という。ソリストならまた別でしょうけども。カトルは正木さん、染谷さん、土方さんとで、団員・外部半々でしたが、違和感なく、ユニゾンもきれいでした。そういうことの方が求められてるんだろうな、とも思いました。

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2016/06/23

時雨西行

 シャンブルのトリプルビル、目当ては「時雨西行」でした。以前は清里のフィールドバレエでもやっていたんだけど、その時は日程が合わず、最近はかからなくなっちゃったし、ようやく……だったんですが、まあいろいろと。

 西行(中村梅玉)が時雨の中、一軒の家に宿を乞う。二人の新造(橋本尚美、深沢祥子)からは「遊女の家だから」と断られるが、江口の君(川口ゆり子)に招き入れられ、互いの身の上を語り合う。やがて目を閉じた西行は、自分の心(逸見智彦)と踊る江口の君が普賢菩薩となるのを見る。夜が明け、西行は普賢菩薩に送られてまた旅に出る。

 梅玉さんの踊る日舞の部分を藤間蘭黄氏、バレエの部分を今村・川口両氏が振り付けたもので、日舞とバレエのからみもかなりあるのですが、そこに違和感はなく、うまく組み合わさって、踊り自体はとても面白いです。西行を導く笹の精のコールドが「カブキ」の竹の精っぽかったり、西行の身の上話で武将として斬り結ぶ四人の「影」がかぶり物のない忍者みたいだったり、まあいろいろと( ̄ー ̄)ニヤリとしなくはないけど、それも含めて面白い。

 前述のように今回は2階席から見たのですが、照明がなあ……。どこのホールでも持っている「地模様」なのかもしれませんが、例のテトラポッドみたいな模様が床一面に映し出されるヤツ。あれが多用されているのですが(多分、家の外と中との場面を示しているのだと思う)、踊りに全然合っていないというか、もうただ「うるさい」だけで、踊りを殺してしまってました。1場面だけとか、スポットみたいに部分的に当たるくらいならいいんだろうけどなあ……。前の「あやとり」とは逆に、1階で床に映る照明を気にせずに見られたらよかったかも。フィールドバレエだったら後ろの闇が借景になって、面白かったろうなあと思うのですよ。

 音楽が宗次郎の「大黄河」というのもまた( ̄▽ ̄)。オカリナだけなら、あるいは場面によってはとても合っているのですが、例えば梅玉さんの踊りに8ビートが乗るとすごく軽くなって(しかも「軽み」ではない)、なんか「勿体ないな……」という気持ちになっちゃうんですね。そしてメインテーマが来るんじゃないかとひやひやしながら聞くという……(←これは世代的にしょうがないのか)。

 メンバーを見ればわかるように、踊りは素晴らしかったです。4人の影たち(東バにいた宮本くんが混ざってました)は、着地でも全然足音のしない忍者だったし、新造さんたちのユニゾンも見事だったし、逸見さんは美しかったし(出番は少なかったけど)、川口さんの品のある(老いた)遊女は確かに菩薩だったし、梅玉さんは踊りも立ち居振る舞いも風格たっぷり、いうところはなかったんですよねえ。

 初演は98年で、写真では梅玉さんの髪も黒々としてましたが、作られたその頃だったらまた違ったのかといいますか。逸見さんのパートは今村さんからの引き継ぎなので違和感がないですが、梅玉さんの風格が宗次郎の音楽や柄物の照明に合わなくなっちゃったし、川口さんは遊女の姿のままで菩薩を体現してるので、(ちょっと小林幸子的な)菩薩の拵えが逆に邪魔になるし、思うに年が経って、ダンサーが作品のつくりを超えちゃったんじゃないかな……。
 でも清里でやるなら、やっぱり見てみたいとは思いますね。

 
 

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2016/06/20

シャンブルのトリプルビル「あやとり」

 えー、ロイヤルのRJは、ムンタギロフとラムの回に行きましたが、とりあえず19日のシャンブル・ウエストのトリプルビルの方から。もうネタはたまりにたまっているので、書きやすいところから行かないと。
 場所は八王子のオリンパスホール。初めて行くホールでしたが、2階のサブセンターの中よりの席、例によって「通路の前だけ高い手すり」が設置してあって、これがギリギリ舞台にかぶるというやや悲しい席でした……orz。行ったことのないホールはこれがなあ。まあ、前方にほんとギリギリという感じだったので、「あやとり」や「時雨西行」といった、部分照明の多い作品では気にならなかったんですが、オープニングの総踊りと最後のライモンダの3幕という、舞台全体が明るい作品ではやはり気になりました。安全のためだというのはわかってるけど、なんとかならないのかなあ。設置するときにちゃんとあちこちに座って検証するとか。

 ま、それはさておいて。トリプルビルですが、前述のようにオープニングの総踊り(とはいっても後の演目に出る人は出てないわけですが)が別についていて、事実上4演目。ビゼーの「シンフォニーインC」を使って、男性3人と女性たくさんによる……ええと、振付は書いてないけど今村氏かな。黒のビスチェに緑のベル型の衣装。特に何か特徴的な感じはしないけども、いきなり「あやとり」から始まっても困惑するような気もするし、これはこれで、という。男性(正木さんほか2名)の脚がすらっときれいだったなあ。
 男性は、シャンブルの団員リストに載っていない人が何名かいたけど(宮本くんも出てた!)、キャスト紹介が載っていたのはジョン・ヘンリー・リード(と別扱いの中村梅玉氏)だけで、あとは群舞要員としての出演だったようです。

 休憩なしで田中祐子さん振付の「あやとり」。タイトルがぴんと来なかったのであまり期待はしていなかったのですが(失礼な)、振付もダンサーも舞台装置や照明、選曲など、どれもがとてもよくて、これは嬉しい誤算でした(失礼な)。自分は、牧はたまにしか見なかったのですが(しかも民代さんがいた頃……)、女性ダンサーでは田中さんがいちばん好きだったので、その意味でも嬉しい。
 事前に見た記事では「認知症の母と介護のために結婚をあきらめる長女」がテーマだとのことでしたが、プログラムにあるインタビューでは、八王子出身の作家である篠田節子の「長女たち」がモチーフだそう。

 真っ暗な中に、白の糸(実際はテープのような)があやとりを思わせるように何本か張られ、それが落とされる。中央に白のワンピースで、カーニバルで使うような、鼻から上を覆う仮面の「母」(吉本真由美)と紫のワンピースの「長女」(斉藤菜々美)。上手には観葉植物をあしらった大きなカゴ(庭を模している)に、天井から砂時計のように砂が落ち続けている。下手の奥には透明アクリル(多分)の箱があり、そこで眠っていた子どもの頃の長女と次女(黄色のワンピース)が出てきて、母と3人になりながら思い出を踊る。途中から男の子が姉妹の踊りに加わり、やがて妹の方とPDD。男の子が妹をだっこしてくるくる回りながら上手袖に入ると、そのままぐるっと回って出てきたかのように、大人になった妹をフィアンセがだっこしてくるくると出てくる。二人は結婚して家を離れ、いつか長女もその場を去って母がひとり残される。

 一人になった母の前に3人の白いドレスの女性(「コロス」プログラムによると「痴呆になっていく過程を示す旅先案内人」)が現れ、母の仮面をはずす。4人の踊り。いわゆる「空の巣症候群」を思わせるような場面。母が3人と一緒に捌けるんだったかな。長女とフィアンセ(土方一生)のPDD。触れるような触れないような繊細な踊りで、この場面がとても好きでした。そして戻って来た母は認知症になっており、長女とフィアンセは母をなだめようとするが、母は二人のこともわからずに暴れるばかり。長い格闘の末に、フィアンセは母を抱いて、子どもたちが入っていたアクリルの箱の向こうに横たえ(施設に入れたことを暗示?)、長女は舞台中央でうつろに座り込む。

 子どもの年齢がわからないのでアレですが、子ども時代の姉妹が小学生、男の子が中学生くらいでしょうか。すごく上手い子役さんたちでまずはびっくり。ユニゾンもぴったり決まってますが、次女と男の子のPDDはマクミラン的な結構難しいリフトやキャッチもあったのに、「しっかり確実に」といった感じにこなしていました。それにも増して、場や流れを途切れさせずに、きちんと作品世界の一部になっていることに感心しました。
 全体にユニゾンが多いのですが、それがどのダンサーの組み合わせでもぴったりときれいに合っていて、特に最終場面での長女・フィアンセ・母のトロワでは、母がほかの二人と同じ振りを踊りながらも壊れてしまっているのが荒々しくも痛ましくて見事でした。女性は全員裸足だったかな。それから長女のフィアンセを踊った土方さん。初めて見た時は「わー、ヤンキー」みたいな印象だったのに、いいダンサーになったなあと(たまにしか見てないので申し訳ない)。話の流れからいくと、母の介護に明け暮れる長女を捨ててしまうのかと思ったけど、最後まで献身的にと積極的にというか、長女を支えてというよりもむしろ同等くらいに母と「格闘」し続ける、いいダンナ(フィアンセだけど)でありましたよ〜。

 壊れてしまった母も、好きな人と結婚した妹も、格闘の末に施設に入れる決断をする(多分)フィアンセも長女も誰も悪くないんだよな。悪くないんだけど、「幸せ」はこない。

 こういう創作ものをあまり見ないので語彙が少ないんだけど、自分の引き出し的にいうと、佐多さんの(OFCでない)作品にイメージが近いかな? 音楽はピアノを主体としたあまり強すぎないもので、母のパートのところだけボーカル入り。時折、あやとりの糸を思わせるような細長い長方形が交錯するのが照明で床に描き出され、ほかにもセットは少ないけれど照明がそれを補いつつ、上手後方の砂が落ち続ける庭(を模した一角)が印象的で、全体に過不足なく調和した「世界」でした。 
 

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