清水版コッペリア最終回。
さて、世の中で起きてるいろんなことについてはツイッターの方でちょっとぼやいたりしてますが、こっちはこっちで終らせないと落ち着かないから行きますよ。
男性がガンガン踊るところまででしたな。コッペリアって全幕見る機会があまりなかったから(これの前は3回くらい?)、「何の踊り」の曲ってちゃんと覚えてなかったんですよ……残念。曲順も多分変えた場所があると思うんだけどな……。
で、どんどん激しくなっていく踊りに、突然コッペリウスが後ろから割って入って、みんなびっくらこ。コッペリウスは、あまり踊りが激しくなるので、みんなまた戦争に行くのではないかと思って「そんなことはいかーん!」と泣いて止めに入ったということで……まあこれもあらすじを読んでないとちょっとわかりづらい。設定がフランス革命の前年なので、戦争というよりは一揆というか、そんなものなのだと思いますが。
そして泣き崩れてしまったコッペリウスを、三美神が「だいじょうぶですよ」と慰めて踊ります。この三美神というのは、前もちょっと書きましたが、娘さんたちの中からお祭りの「女神」に選ばれた、というそういう理解でいいようです。ジゼルがぶどう祭りの女王に選ばれるみたいな感じで。それでも主役級投入ですから、とても美しかったです。
そしてGPDD。フランツのヴァリの音楽が「何か違う大きなものが跳んでるようなー」と思ったら、アミンタのヴァリの音楽でしたよ( ̄▽ ̄)。振付はアレではなかったですが。
鈴木さんは、体系的には一世代前のダンサーですし、いわゆる大技タイプではないですが(←というか松山にそういう人はいない)、軸がすごくしっかりしていて、どんな時でもブレないんですよね。だからバランスでも回転でもカプリオーレなんかでも「正統派!」な感じできれいなんですよね。その意味でも清水さんのDNAを正格に受け継いでいるなーと思いつつ、天真爛漫な印象があるのは天性なんでしょうか。
森下さんとの息もぴったりで、減点するようなところはなにもないのですが、やっぱり「清水さんと森下さん」のようにはいかないなーというのはまあしょうがないやね。普通にいえばすごく素敵なPDDだったんですが、清水さんとの時のような特別な幸福感まではいかなかったな、という。佐藤さんとの時の方が頼もしい感じだったような。
森下さんも、年末のくるみの時よりもずっと踊りも多く、激しい踊りもあったと思うのですが、最後まで疲れを感じさせずに物語を牽引していきました。すごいなあ。スピードや高さなども年末よりもずっとあったと思うので、その意味では森下さんにも調子の善し悪しはあるんだなあと思ったり。
ただ個人的な好みで言えば、佐藤さんの回の方が満足度が高かったです。森下さんのようなカリスマ性はないんですが、むしろだからよかったような気もするんですよ。難しいですな。
さて、一同のギャロップで大団円となった舞台ですが、一度閉まった幕の間から、人々がイスやら机やらを楽しげに運びだしていきます。中にはコッペリウスの家のテーブルとかその場になかったものもあったような……( ̄▽ ̄)。そしてトリコロールのタスキを付けたスワニルダが赤ちゃんを抱いて登場! 早っ! もちろんフランツもコッペリウスもトリコロール付き。もう一度幕が開いて、そこはトリコロールの洪水というか、個人的にはちょっと付けすぎっぽい気もしましたが、翌年の復興祭りは革命祭り! というわけですな。そして一同、もう一度亡くなった人たちを偲んで幕。
フィナーレのカテコはいつも通りですが、一巡りした後に、黙祷とまでは行かないですが、静寂のひとときがあったのが印象的でした。
さてさて。以前も書きましたが、男性群舞は垰田さんがセンター、フランツが入る時は垰田さんと刑部さんが両脇、その脇を成田さんと橋本さんが固め、後ろに若手がつく、という態勢になりました。長身の二人が前に出てヴィジュアル的にもかなりアップです( ̄▽ ̄)。刑部さんはまだペース配分とか振りのタイミングが違っちゃってたりしますが、いい踊りをするようになったなあ。いわゆるイケメンではないようにも思いますが(けして悪くはない)、表情がすごくいいんですよ。今回、フランツとコッペリウスはトリプルでキャストが組まれていたのが、結果的にシングルで通したようですが、むしろダンサーを入れ替えることで群舞の位置を変えるのが大変だったから、というような気もします。かなり見ごたえ出てきましたよ。そしてセンターの二人がへばり始めても、ベテラン二人はびくともせずに最後までガンガン踊っていたのであった。ヌレエフ版で鍛えられてるのか……。
しかし、清水さん、自分で踊るつもりで作ってないよ、多分。
さてさてさて。最初の構想を読んだときには、ドリーブの能天気な曲に合うのかどうかちょっと疑問だったのですが、元の場面と踊りと音楽とを上手く換骨奪胎……ていうのはほめ言葉じゃないのかな。とにかく清水さんの演出手腕に感心しきりでありました。一人娘のコッペリアの死を受け入れられなかった老人が、その肖像画を一度水に流され、それを水から助けてもらうことでようやく娘の死を受け入れる。その「否定」と「受容」の物語はまた、舞台上にはいない「コッペリア」をタイトルロールにすえるに十分であったように思います。ただこれが「被災地」ですんなり受け止められるか、というと、それはまた別の話のような気もします。「祭り」のあり方もそうだし、清水さん「天の声」とか好きだしな……。
やれやれ。これでひとまずは終わりということで。
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