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ゴルスキー版の……というよりも赤尾さんの文章について、だろうか。もう少しだけ。
評判の悪かったという20年のダンチェンコとの共同新版ですが、これは通算で5回しか上演されなかったそうです。そこまで評判悪いんなら観てみたいよーー(^^)、というぢぶんの悪癖がちょっと頭をもたげたりするんですけどね(笑)。あまのじゃくというよりはキワモノ好きというか。
しかしこれは「史上初のハッピーエンド」です。白鳥といえば悲劇、その頃の結末が「どのような悲劇」だったかはわかりませんが、『バレエ101物語』によると、最初のプティパ=イワノフ版の台本では、二人の心中によって悪魔(と悪魔の城である廃虚)が滅び、二人が黄金の船に乗って昇天するアポテオーズがあったらしい。
多分、20年版というのは、当時の観客にとっては「ジュリエットが墓で嘆いてたらロミオが息を吹き返した」とか、それくらいのインパクトがあったんじゃないかと思うんです。
……いや実際、そういうロミジュリもあったらしいんですけども。あとですね、うちにあった「フランダースのいぬ」のマンガは、アロアとコゼツだんながネロとパトラッシュを発見したときにはまだかすかに息があってですね(笑)、ネロはコゼツだんなの養子になってアムステルダムだかの絵の学校に入るんですけどね。ええまあ、余談ですけども。
で、それくらいのインパクトであったろうと。「なに考えとるんじゃ、うりゃーーっ!!」てな具合で。
それにしてもどういうハッピーエンドだったんでしょうね? 王子と悪魔の闘いが導入されたのが37年版からだとすると……(ちょっと妄想してみる)。……どういう……。悪魔の自損? 「嵐の場面」としかないのでよくわからないんです(ロットバルト、飛ばされちゃったのかー?)。
「101」の方によると、23年にメッセレルが現在の「男女が協力して悪と対決する」という「社会主義的リアリズム」のハッピーエンドを導入したようだけど、これは37年改訂版と同じ結末ということなのだろか。その37年改訂版は、こちらは好評とか、レニングラードでは不評だったとか。
で、ですね。「101」の方を書いている上村くにこさんもそうですが、37年版式(セルゲイエフ版もそうですが)の、オデットと王子が悪魔と闘って打ち破る型を「社会主義」「革命思想」という風にするっと書いちゃうんですね。それはそれでもちろん正しいだろうとは思うんですが、ぢぶんは赤尾さんの指摘が新鮮だったんですよ。つまり
「当時の欧州は二度目の世界大戦の不安が燻る一方で、ソ連国内では粛正の嵐が吹き荒れていた。そうした殺伐とした時代だったからこそ、現世でオデットと王子が結ばれる明るい結末が求められたのだろう」
ということなんです。もちろん当時のバレエの観客といえば、それなりの富裕層と官僚層だったとしても(だからこそ、かな)、やはり劇場という非日常の空間の中で、日常を忘れたい気持ちはあるだろう。そうしたときに、「二人の恋人が絶望的な状況から戦って勝利を勝ち取る」というラストは、わかりやすい「勧善懲悪」であり「革命的」である以上に、人々に愛されたかもしれないよなあ、と。ある意味では「社会主義的リアリズム」といういい方は、観客を無視したいい方かもしれないな、と思って、ちょっと眼からウロコであったのですよ。
ちなみにぢぶんは「やるなら徹底して」というタイプでもあるので、東バの現行版(64年版)は好きなんですよね(笑)。王子が「も、もうダメだぁーー」になったところで、何の役にも立たないコールドの白鳥がわらわらわらわらっ! と助太刀に出てきてあっという間にやられちゃうとか、それを見た王子がいきなり発奮するとか(笑)、最後に勝つのは団結の力だったり。「ソビエト的だなー」と思うと同時に、「仁侠的だよなー」という気もして、……ええまあ、求めるベクトルが間違ってる気はしないでもないんですが。
……セルゲイエフ版の「最終兵器オデットバズーカ」はあんまし好きじゃないんだよ……コソッ。
ボヤルチコフ版の方に戻ると、これはアポテオーズのないプティパ型。二人の心中によって悪魔が滅びる方。ぢぶんはこの版の「二人が悪魔を滅ぼそうと思っていない」ところが好きなんですよ。引き裂かれても引き裂かれても、なお寄り添おうとするその純粋な想いだけが期せずして悪を滅ぼすってヤツ。それだけに主役の二人がよほど想いを寄せ合わないと、何が何だかわかんなくなっちゃう難しい版でもあると思うんです。そのかわり、それが見えたときには本当に美しい。アポテオーズがないところも好き。
……で、アポテオーズですね。「船に乗って昇天」的な。あれは悲劇なんだろうか、ハッピーエンドなんだろうか。ぢぶんはあれは「ハッピー」な気がしてるんですよ。死んじゃってるから悲劇、といういい方はもちろんあるけど。それ以前に「船」が気恥ずかしすぎて、どうにも居心地の悪い事が多くてなー。ボーン版のように、ただ二人が天上で寄り添うようなイメージのは好きなんですけども。
今回も便利なネタ本。とりあげる演目の選定基準がいまひとつわからなかったりもするが。「白鳥の湖」の項は上村くにこさんの執筆。
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