2017/04/22

ふたりのイーダ その2

 まあそんな感じで。

 原作では確か、ゆう子の背中にほくろがないのを確認した椅子がばらばらに壊れ、東京に帰った直樹のところにりつ子から、実は自分がイーダだったという手紙が届いて終わったと記憶。つまり、椅子が広島に向かう後半が「つけたし」なわけですね。映画ではイーダは死んだことになっているけど、2歳で孤児になったりつ子=イーダを子どもを亡くした夫婦が育て、しかし2歳ではもう被爆前のことは(椅子のことも家のことも)覚えていなかった。そして白血病を発症したりつ子は病気と闘う宣言をして終わる。

 これが1969年から76年という「歳月」であるわけです。2歳だったりつ子は26歳から33歳になって、「近所のお姉さん」から「お母さん」の歳になる。時間は流れている。人も、人の記憶も、人の心持ちも動いている。人々は原爆から背を向け、明るく楽しい「瀬戸内の若者」の記事を読む。しかし例えばそれは62年の「その夜は忘れない」に現れるような、ひりひりした目の背け方とはまったく違う。

 とはいえ、美智をイーダにしてしまうと、祖父母があの廃屋に住んでいたことになってしまうので、そうもいかない。じゃあイーダは結局どこにいるの? ってことでああなったんだろうなあ。椅子はファンタジーの住人、直樹は現実の住人。同じ日の広島で椅子は死者と出会い、直樹は(子どもなりに)自分のルーツと祖母の悲しみを見る。そして河口という「広島の出口」で2人は再会し、自分たちの世界に帰っていく。

 美智はシングルマザーだけど、前夫というか、兄妹の父親については全然触れられてません。離婚なのか死別なのかも含めて。両親が再婚に反対するのは「被爆者だから」だけど、美智が自分が被爆者であることを認識したのは最近の健康診断の結果だから、それが理由で別れたのではないのかもしれない。りつ子の抱いた健康への不安は、二世である直樹への不安となって美智に引き継がれる。観る者は、直樹の発熱は椅子とのやりとりでのショックが原因だとわかっているけど、美智には自分の健康不安が払拭された直後の新たな不安となって淀んだままとなる。

 構成としてはそういうとこだけど、とにかく直樹役の上屋健一くんがすっごくいいんですよ( ̄▽ ̄)! 当時どれくらいなんだろうなあ。10歳より上には思えないんだけど。ちょっと「ケンちゃん」ぽいのは時代の流行りもあるんだろうと思うんですが、動きも表情もほんとにいいんだこれが。セリフは多少回りきらないところもあるけど、そりゃ「演技」じゃなくても普通に子どもはそんなくらいだよね、っていうくらい。椅子相手のとっくみあいみたいな難しい動きもがっつり。特に最後の海水浴の場面、流されてきた椅子の部品を見つけてから組み立てるまで、椅子を傷つけてしまったことへの深い後悔からくるテンションのバカ高さが好きだわー( ̄▽ ̄)。直樹はきっとあの時、椅子さえよければ、イーダじゃないけどゆう子の椅子として連れて帰るくらいのことは思ったんじゃないかな。
 ゆう子はもう可愛いからいいです( ̄▽ ̄)。あの年齢だからね。ほくろ確認のところ、原作の「背中にむしむしついてる」「いやあ」ってワンピース脱がすの好きだったから、そのやりとりがなくなっててちょっと残念。

 美智が広島でお坊さんに原爆の話を聞かせて欲しい、って頼むときに、坊さんが「天皇陛下だって戦争だからしょうがなかったっておっしゃってる」って言って振り払う場面が。もちろん坊さんの方は、若いモンが興味本位で聞きやがって、って思ってるからで「しょうがなかった」なんて全然思ってないわけで。その後自分でマッチを擦って、火の中に自分の指を突っ込んで、「お前もやってみろ。みんなこうやって焼かれたんだ」(大意)って言う。美智は坊さんの剣幕と火の恐ろしさに逃げ出してしまうけど、こんな風に天皇発言が出てくる。

 多くの子どもをトラウマに落とし込んだらしい椅子は宇野重吉。自分が原作を読んだときは、椅子ってこう、ナンバ歩きみたいに前後の脚をいっしょに右側、左側、ってカタカタ歩くと思ってたんですね。したら、座面を下にぐーっと下げる→前後に脚が開く→座面を上げる→脚がすぼまる力で前に進む、っていう、尺取り虫的な(ちょっと違うけど)歩き方でびっくらしましたよ。確かにその方がリアリティがあるような気がする( ̄▽ ̄)。
 
 祖父の森繁は農業試験場みたいなところで現役(嘱託?)勤務。小学生の孫がいるならそれくらいの年齢かな。仕事中だってのに、雨が降ったら気象台へ「孫が虫取りするのに雨止むのか」って難癖みたいな電話するし、虹が出たら家にかけて「外に出て見せろ」っていうし、ちょっとは仕事しろよ( ̄▽ ̄)っていう。高峰秀子の祖母がきれいでねえ。2人が孫のために年甲斐もなく捕虫網振り回してチョウを追い回す場面は、物語的には「むだ」かもしれないけど、すっごくいい場面なんだよなあ。こういう「むだ」をきちんと入れられたのが、この頃の日本映画でもあって。そういえば最初の「黒い水」だけは解決を忘れられてたみたいだな。

 でまた、ところどころが大林宣彦でねえ( ̄▽ ̄)。直樹が熱を出したときにみたコラージュによる悪夢とか、川底でイーダの横顔がどーーん!!っと出てくるとことか、そりゃ「ハウス」だろ、っていう。電気笠かぶったクンフーみたいなのも出てきたな。イーダが76年、ハウスが77年なのでハウスの方が後なんだけど、ある種時代の流行技術みたいなものもあるのかしらん。

 でね、映画や漫画や本による子どものトラウマってね。大概は「トラウマ」なんてもんじゃなくて「怖くてしかたなかった」くらいの意味だから。それはあった方がいいんです。断然いい、と自分は思います。

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2017/04/21

ふたりのイーダ その1

 映画「ふたりのイーダ」は1976年公開。公開時は小学生で、公民館で上映があって見たかったのだけどどういう具合か見られなかったので、ずっと気にはなっていた、という作品。昨年来何度か名画座の特集上映にかかっていて、昨年新文芸坐で観たのだけれど何か書いている暇もないままにしてしまって、今回、ラピュタにかかったのを失業中を幸い、観てきました。当日は客席にプロデューサーだった方がいらしていて挨拶をなさいました。山田洋次監督のお嬢さんが「映画にして」と監督にお願いして、一度は山田監督と松谷みよ子さんとにそういう約束があったとか。しかし松山善三監督からの申し込みがあって、ならばと山田監督が「脚本協力」という形で入ったとのことでありました。

 原作は自分も好きだったのだけど、そんで探せば文庫があるはずなんだけど、かなり忘れてました(笑)。原作の「現在」1969年から7年後の「現在」。幼い頃に被爆したのは「近所のりつ子おねえさん」ではなく、兄弟の母という年齢になり、椅子はさらに長く待たされたという。

 雑誌記者の美智(倍賞千恵子)は取材のため、子どもの直樹(上屋健一)とゆう子(原口祐子)を広島郊外に住む父母(森繁久弥・高峰秀子)に預けることに。早速チョウを追いかけて飛び出した直樹は歩く椅子(宇野重吉)を見かけ、後を追って廃屋にたどりつく。逃げ帰った直樹だが、翌日、いなくなったゆう子を探しに廃屋にいくと、椅子とゆう子が遊んでいる。椅子は「この子はうちのイーダ」だと言って直樹を追い払う。直樹は恐怖と不安からその夜熱を出す。

 一方、美智は広島で、「友達」のカメラマンの広岡(山口崇)とともに「瀬戸内の若者」の取材を続ける。途中、住職を訪ね、被爆経験について取材しようとするが、追い払われる。そんなことを取材してどうする、という広岡に、美智は自分が被爆者であり、今回の取材は原爆病院での検査を兼ねてのことだと打ち明ける。

 直樹が廃屋から持ち帰ったカレンダーを見た祖父は、直樹にその日付けが原爆が落とされた日であること、原爆の被害の様子などを写真集を見せながら語る。廃屋に住んでいたおじいさんとイーダも広島で亡くなったんだろう、と。
 椅子は相変わらず、ゆう子をイーダだと言ってきかない。苛立った直樹は椅子に写真集を見せながら、イーダは死んだ、あれは妹のゆう子だ、と言う。椅子は「イーダだという証拠に、背中に三つほくろがある」と言うが、直樹がゆう子のワンピースを脱がせると、そこにほくろはなかった。動かなくなった椅子に、直樹は後悔する。
 その夜、帰ってきた美智は、両親に広岡と再婚すると告げるが、両親からは被爆を理由に反対される。椅子はイーダを探しに広島に向かって歩き出す。

 8月6日。家族の名が刻まれた墓石をさすりながら泣き崩れる母。それを遠くから見守る広岡に、母が「あの人にもお線香をあげてもらいなさい」と言う。灯籠流しが始まり、母・美智・直樹は灯籠を流す。ゆう子を抱いた父がそれを眺めながら、広岡に家に来るように言うが、広岡はあらためて正式にプロポーズに伺うと答える。
 苦労の末に広島にたどりついた椅子は、イーダを見つけることができず、しかし何があったかを理解した。川に落ちた椅子は川底で死んだイーダと出会う。川底の死者たちは椅子に、自分がここにいる、骨を拾ってくれと家族に伝えてくれと口々に頼む。

 美智の検査結果は「異常なし」だった。親子3人は河口に近い砂浜で海水浴をする。美智はふと直樹が熱を出したことに不安を覚える。直樹は河口で打ち上げられた灯籠の中にバラバラになった椅子を見つける。直樹は椅子を組み立て直すが、椅子はそのまま海の向こうへ流れていくことを選ぶのだった。

 

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2017/04/14

不忍のカモメ

 4月13日に芸大美術館の「雪村展」を見に行ったので(すごく面白かった!)、その時の写真を少し。

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 桜は概ね散りつつある、くらいのところ。でも平日の日中なのに結構な人がいたりして。まあ海外からの観光客には、土日平日関係ないですもんね。4時すぎになると制服の高校生?くらいの子も結構いたりして。


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 新緑がきれい。桜との取り合わせも楽しめる時期です。

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 どこもかしこもシャガの花盛り。シャガって日陰に生えるような気がしてたよ……。

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 不忍の蓮池。カモ類もオオバンもまだちょっといるけど、概ねユリカモメ。あとカイツブリがちらほら。


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 換羽期の若鳥かな……。

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 こちらはほぼ夏仕様。不忍ではあんまり見なかったような気がするけど、そういう時期に自分が来てなかっただけかも。


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 換羽期ぽよぽよまつりかよ〜( ̄▽ ̄)。かわいいよう。


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2017/04/13

2月のボレロ

 もう2ヶ月近く前になりますが、インザナイトについてはこちらに書いたので、ボレロの方をさくっと。

 オーレリのボレロ。初日は2階後方だったのもあって、ちょっと詰まった感じの体型に見えて。まあギエムとか水香ちゃんとかのフォルムを見過ぎたような気もするんですが……と思いつつ、なんか「あれ?」「あれ?」てな感じで誤差調整に忙しい感じで見てました。久しぶりに違う系統のメロディが台に乗ってる、っていう感じかな。水香ちゃんや弾くんだと、台の上下で掌の角度とかが「ぴっ!」って合うんだけど、上と下とでテンポそのものが微妙に違うような感じで。まあこの日は第1ソリスト以外のリズムはいろいろ配置転換もあったりして、出欠を取るのに忙しかったりもあったりしつつ。

 2日目はそれほど違和感なく。オーチャード前方のA席だったのでちょっと見上げる感じになりまして、ああ昨日体型が変に見えたのは上から見たのもあったんだなー、と思いました。オーレリのファンなんですけどもね、一応。
 で、前方上手のA席。オーチャードですから、ぼちぼちと前の人々の頭で視界が切れたりもします。その合間からすっげーばっちしかんかんで見えるのは杉山くんと中村(ゆ)くんで、これは誰得な……というか、ぢぶん以外に得なヤツおるんかいっ( ̄▽ ̄)! ちうわけで、がっつり2人を楽しませていただきましたです……。中村(ゆ)くん、何気に好きなんですよねえ……。めんどくさいからもう祐司くんでもいいですかねえ(しばらく前に中村(え)くんが増えたので。そういえば岡崎も2人になったんだった)。

 って、相変わらず何見てんだか、って話ですが。

 神奈川は安定の水香ちゃんボレロ。オーレリが割と「素」なイメージのボレロだったせいか、水香ちゃんも割に「等身大」なボレロでした。アグレッシブというか、挑戦的(チャレンジングじゃなくて挑発的に近い感じの)な本性が剥き出しになっていくOLさん、みたいな(なんじゃそりゃ)。でもまあやっぱり10年踊ってるだけのことはあるなあ、とも思いますです。10年でこちらも目が慣れたと言いますか(悪い意味でなく)、ワクワクというよりは安心感というか。まあ、誰がメロディの時でも、割とリズムの方を見ちゃってることの方が多かったりしますけども。

 つことで安定の第1ソリスト陣は前上手からぐるっと岸本・杉山・永田・森川。まだ4人のところで、移動距離の関係で永田くんに加速装置がつくところが毎回好きだったりしますが( ̄▽ ̄)、森川にも加速装置が必要なところがあったんだなー(←今更な発見)。あとこう、若手と混ざるときなんかに、杉山くんが以外とパイセンぶりを発揮してることがあって、いやーそうか杉山くんもパイセンだもんなあ、などと感慨しておりましたら、今年度安田くんが退団しちゃって 。・゚・(ノд`)・゚・。、現役男性は木村さんの次がいきなり杉山パイセンというオソロシイ事態になっちゃってどうすんのー、杉山くんはずっといてくれえええええええ 。・゚・(ノд`)・゚・。、ワシの老後の楽しみなんじゃーーーーーヽ(`Д´)ノウワァァァンとかええまあいろいろ。
 
 まあそれはそれでそれなんですけど、見慣れたリズムの第1ソリストの踊り。杉山くんも「ポジションが人を作る」的なところもさておき、第1ソリストを踊るようになってから踊りが強くなったな−、と。強さも出たし、身体もしまったし、ボレロの時は特に男っぽくというか大人っぽくというか、いつも気合いパンパンだし。で、今回、杉山くん見てて、「あ、リズムもメロディを踊ってるんだな」と感じるところが多かったんですね。一般に、「メロディ」が台上でメロディ(パート)を踊り、「リズム」が回りでリズム(パート)を踊る、とやや雑に解説されることのある「ボレロ」なんですが、リズムもまたメロディであるという、言われてみりゃ「そりゃそうだ」な話ですが、久しぶりにそういう杉山くんの踊りを見て、たいそう楽しかったんですよん。
 

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2017/04/04

春から失業中

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 ながらくご無沙汰になってしまってましたが、無事に失業いたしました( ̄▽ ̄)。23年勤めた会社がなくなるというのは不思議なものです。だって、そんなに長いことひとつのところに通うってことは、そうそうないじゃないですか(一度移転してるけど)。背景に出版不況があるのは確かですが、10数年前に親会社からの圧力で会社が分裂したときから、まあこんな風にいつかは切り捨てられるんだろうなあという感触はありました。その意味も込めて「よく今までもったな」という気はします。分裂した(というか追い出された人たちで作った)会社はまだありますし、そちらに移った人もいるのですが、そこもそこでいろいろあって、まあとにかく自分は失業しています。そして業界不況なのはやっぱり確かなので(笑)、もちろん今と同じ仕事で正社員にはつけませんし(大概派遣か契約社員の仕事になる)、それでなくても50過ぎての転職はきっついわー( ゚∀゚ )ハァーハッハッ!! いやあ、つぶしがきかんきかん( ̄▽ ̄)。

 つことで、しばらくは時間ができるので、少し今までの分もアップできるのではないかとかとかとかと……(エコー)。
 公演は多分、東バ以外にはあまりいけないんじゃないかと思います。特に平日の公演は(万一就職できたときのことを考えて)ギリギリのチケット獲りになりそうです。自分が(なるべく近い業界で)見てる範囲の求人だと18:00終業のところが多く、上野18:30開演に間に合いそうな所、というわけには全然いかない感じ( ̄▽ ̄)。さすがにそこまで贅沢は言えないからねえ。

 まあそんなこんなですが、引き続きごひいきのほどを。写真は去年、浜離宮で。

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2017/03/13

インザナイト

 つことで、もうなにがなんだかわからない状態なんですが、とりあえず東京2公演+横浜へ行って参りました。横浜が休みの土曜でよかった……。
 で、役人についてはちょっとおいておいて。初日は2階正面から、2日めは1階前方のA席でした。

 初演の「イン・ザ・ナイト」。何かのガラで見たような気もするんですが。
 沖+秋元、川島+ブラウリオ、上野+弾の3組のPDDが1曲ずつと、3組での踊りが1曲。ショパンのピアノ曲で、今回は生演奏でしたが、それほどいい演奏ではなかったかな……(特に最初の曲。あとはそれほどきにならなかったけど)。

 最初の沖さんと秋元さんの組。秋元さんは誰とでも合わせられる人だけど、沖さんとの相性もよいのではないかな〜。秋元さんはまさにシンフォニックで、クラシックまたはネオクラシックが本筋なんだな、と(実は秋元さんの由良之助は全然感心しなかったのだワタクシは)。沖さんも流れるようなムーブメントで、まさに今日この夜会で出会って恋に落ちたばかり、という幸せ溢れるPDD。欲を言えば、秋元さん側がもう少し、沖さんのドラマを受けられればなあ、とは思ったり。

 2曲め、川島さんとブラウリオの組もどんぴしゃな感じ。ブラウリオはさすがに東欧っぽい(チャルダッシュなんですかね?)衣装が似合うなー、と思ったけど、よく考えたらラテンの人だよな……。背景幕も1幕の星空から、上手の端にシャンデリアがついたのだけど、あれは幕にLEDか何かが仕込んであるのかな? ぐっと大人の雰囲気で、貴婦人とおつきの騎士のようでもあり、人目を忍ぶ恋人たちのようでもあった。

 3曲目は鉄板ペア。水香ちゃんがツンデレ( ̄▽ ̄)。勝ち気なお嬢さんに振り回されるちょっと気弱な青年、といった風情でしたが、2日めは近くから見たせいか、わがままを言って相手を試さずにはいられない、そういうお嬢さんのようでもありました。まあ弾くんは大概眉毛が困ってるし、水香ちゃんは基本ツンデレだしな……。スライディングを多用した難しい振りをぐいぐい見せていくのはこの二人ならでは。

 ……と思っていたのですが。

 神奈川では、沖+秋元組は据え置き。ブラッシュアップされているように思ったけれど、印象は同じ。
 2曲目はブラウリオと崔さん。崔さんはちょっとガムザッティ的な権高姫といった感じ。川島さんとの時ほどスムーズではなかったのがセカンドっぽいけども、キャリアも違うから仕方ないかな。ひと味違うイメージで、成る程これもアリだなー、と。

 そしてそして3曲目! 水香ちゃんがボレロなので別キャストだったんだろうけど、川島さんが2曲踊るなら他の人でもよかったのでわ? とかいう疑念と、前の2曲がぶっとびました! こ、これは川島さんだわ……、2曲どころかなんなら1曲目も踊って、どんなドラマが出てくるのか見せて欲しかったよ( ̄0 ̄)! 弾くんとのパートナーシップは、出だしはさすがに水香ちゃんとほどではなかったけれど、途中からもうぐいぐいでした。ドラマチックな許されざる恋。見ながらどんどんどんどん胸が締め付けられていって、もう半泣きでした。弾くんの身体をぽんぽんと触れて行きながらひざまずいて手を上に向けるあのシーンは、水香ちゃんは弾くんへの「ごめんなさい」のようだったけど、川島さんは離れられない想いに絶望してるようでもありました。その関係性は3組で踊る4曲目にもきちんと持ち越されていて、ある意味無邪気な2組と向き合っていたたまれないような、そんな雰囲気もありました。

 もうね、ここまでドラマチックダンサーになるとは思わなかったのだけども、こうなったら絶対にタチアーナを見せて欲しいですよ! イン・ザ・ナイトを見てタチアーナ踊れ、って、なんかそれだけでもえらいこっちゃな気がしますけどもね。

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2017/02/26

雲の上団五郎一座

 初映画は新文芸坐の喜劇特集。「南の島に雪が降る」との2本立て。有名なのに見る機会がなかったんだよなあ、2本とも。

 地元の親分(藤木悠)と団員との女のトラブルで興行先を追い出された雲の上団五郎(榎本健一)とその旅回りの一座。次の興行先へ向かう船で乗り合わせた「新しい演劇運動の精神」を熱弁する演出家の酒井(フランキー堺)と、その教え子で興行主の娘はるみ(水谷良重)と組み、「悲劇ラブミー牧場」を上演する。そのあまりの出来の悪さに興行主(花菱アチャコ)は倒れてしまうが、レコードのかけ間違いのトラブルが客に大受け。酒井は舞台をそのまま喜劇に転換、連日大入りにしてしまう。
 困ったのはライバル興行師で、自分のところの女剣劇には全然客が入らない。女剣劇一座は一計を図り、団五郎一座の中心の役者(由利徹ら)を飲ませて出演できないようにしてしまう。困った酒井は自ら「勧進帳」の弁慶を熱演。ついに大阪の大劇場から興行の依頼が入る。大阪でははるみのカルメン、酒井の闘牛士、団五郎の隊長による「カルメン」を初演、大当たりをとるのであった。

 懐かしの新喜劇大集成!(当時は「懐かしの」じゃないんだけど)みたいな映画。冒頭の小坊主(道成寺の扮装)とヤクザたちの墓地での追いかけっこギャグから始まって、あったあったこんなネタ!が満載。なにせ原作が菊田一夫だもんねえ。大阪の興行主が高島忠夫、倒れた興行主を診る医者は藤田まこと。三木のり平、八波むと志、佐山俊二と当時の喜劇人総出演。
 フランキー堺演じる演出家の酒井は、ことあるごとに「演劇の精神とは何か」と熱弁をふるう。もちろんこれは「演劇運動」のパロディなんだけど、酒井の「演劇の精神」は、「観客を喜ばせること」に収斂されていく。「大衆が求めているものはなにか」を誇らかに提示するところに、監督や脚本演出まで含めての「喜劇人」の矜持を見るわけだな。由利徹らが女剣劇一座に飲まされて劇場に来ず、酒井が自ら弁慶をやる、と言ったときに、団五郎らは止めるわけですよ。セリフも入ってないでしょう? それを酒井が「精神だ、精神があればできる!」と言って舞台に出て行っちゃうんですな。もちろん、セリフは字数だけを合わせたメチャクチャな、元祖ハナモゲラ語とでもいうようなもの。演出家だから段取りはわかってるんだろうけど、縦横無尽にグランジュテまでやってみせながら走り回る酒井に観客は大喜び。遅れて戻って来た由利徹らに団五郎は「何やってんだ、先生は精神だけで勧進帳やっちまってるぞ」ってね。ここまでくると、最初は高尚なはずだった「精神」そのものがもうパロディになってしまったともいえるし、逆に本来の演劇の精神に目覚めた、ともいえるのね。なにせ、最後のカルメンでは牛役の二人が「先生、この牛の精神はなんでしょう」って大まじめに聞きにきて、酒井をきょとんとさせるくらいで。カルメンの闘牛士の歌う「牛殺しの歌」も好きだなあ。

 それにしてもフランキーの弁慶は本当に必見。すごいよ。

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2017/01/15

熱海梅園(ほかの巻)

 正月3日に行った熱海梅園のうち、梅でないものいろいろ。

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 河津桜は有名ですが、こちらは熱海桜。ちょっと検索したら「カンヒザクラとヤマザクラとの雑種と推定」されてるそうで。まだぽちぽちでしたが、駅前でも咲いてました。


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 ソメイヨシノよりもちょっと色の濃い寒桜系の桜が好きですね〜。


 熱海梅園の中にある韓国庭園。

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 こんなんあったかな? と思ったら、2000年の熱海での日韓首脳会談のあとに作ったんですな。熱海市のHPによると2002年に「日韓の友好と世界の平和が永久に続くことを願い、朝鮮時代の伝統様式と手法を取り入れた庭園を整備」とある。

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「韓国庭園は日本の庭園のように限定された空間で完結するスタイルを取らず、自然景観の結びつきを大事につくられ、庭園空間を「内庭」とし、それを支える外部の空間を「外庭」として空間構成されています」とのこと。なかなか興味深い。

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 こういう取り合わせ。金大中の名が出たとたんにツレアイのテンションがあっぷあっぷ( ̄▽ ̄)。森総理(当時)が「友好」、金大統領(当時)が「平和」を揮毫したもの。2人で庭園内を散策して歓談したとか。何の話してたんだろう。

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 こちらは朝鮮人女性飛行家(民間)、朴敬元氏の記念碑。1933年に日本海横断飛行に挑んだ途中、熱海山中に墜落死したのを悼んだもの。こうした地元の人々による救難・追悼というのは、人としての素朴な気持ちの発露だと思うのですが、昨今それが「日本人スゴイ」に回収されがちなことに大きな不安を持っています。ここの碑は、2002年に建立されたこともあってかそういう傾向がなくてほっとしました。そんなことでほっとしなくちゃなんないってのも、本当にどうかと思うんですが。

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 山吹にしては時期が、と思ったら黄花亜麻というのだそうで。中山晋平記念館の前に咲き乱れておりました。

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 臘梅もシーズン。

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2017/01/04

熱海梅園(梅の巻)

 というわけで迎春なのですが、今年はどうなることやら。

 いろいろ積み残しはありますが、とりあえずこの正月、2日に東伊豆は宇佐美温泉に1泊。3日に行った熱海梅園の様子などを。

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 こちらは早咲きの梅が11月下旬に開花し始め、遅咲きのものが3月までと、長期間に渉って梅を楽しめるそうで、早咲きの木はかなり花をつけてました。梅まつりは1月7日からとて、イベントなどはありませんでしたが、正月だからか入園料(300円)が無料に。

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 お天気もよく、暑いくらい。


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 ツレアイによると、沖縄には梅はないらしいんですよΣ( ̄ロ ̄lll)! 梅は北のものらしい。というか、ツレアイの「北」の概念が変わってたよΣ( ̄ロ ̄lll)!

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 正月らしく、紅白で。

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 実家の前が梅林(食用なので白だけ)だったこともあって、桜よりも梅の方が好きだったりします。匂いが好きなんですよねえ。ええ、1年梅組だったこともありましたっけねえ……(*゚ー゚)。

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 梅じゃないものはまたのちほど。

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2016/12/18

東バくるみ3連戦 その1

 もう今年もカウントダウンに入りましたなあ……。今年は廃業と手術とで、ほかのことはあまり手に付かなかった一年でした。って、もう総括してますけど。なんというか、「書く」ことから逃げ続けた年、という気もします。もうただなにもしたくない、という日の方が多かった。

 てな具合に愚痴っていても仕方ないので、東バくるみ3連戦から。

 演出の変更としては、雪のワルツが女性のみになったとこだろうな。男子がジュテで半分まで行ってターンして戻るところは(というかほかに何があったかよく覚えてないんだけど)、女性ダンサーがジュテでいろんなフォーメーションを作るような感じになっていました。いやー初日は「あれそういえば男子は? この音楽、男子のジュテだよね? あれ? 終わっちゃうよ、あれ?」って、あれあれ言ってる間におわりました( ̄▽ ̄)。確かになくても別になんの問題もないというか逆にすっきりするというか。あははは。あの乾闥婆みたいなかぶりものをつけたブラウリオくんが見たかったのにな( ̄▽ ̄)!

 細かい所だけど、最初の招待客が通るところで、ママ友2人がそれぞれ娘を連れてるのにおしゃべりに夢中になってる組、娘に「もう時間が」って言われて「きゃー」ってなるとこ、前は4人万歳だったのが、ちょっと自然な感じの振りになってたような。しかし謎の3人組は相変わらずでちょっと安心。
 しかしあの招待客の行き帰り、女性は大人も子どもも全部パドブレで、あれだけぶつかったり引っ張ったりしてるのにトゥ落ちの人がいないって、何気にすごい気がする。無駄にすごい、という気もしないでもないけど。

 女の子の衣装も新調したのがあったような気もするけどどうだろう。よく阪井さんがきてた水色にピンクのリボンの衣装はまだありました。くるみ割り人形の衣装も、シムキンの日は真ん中に星のない、胸も紺がメインになったものに変更。ねずみとの戦いでのシムキンの衣装もそうなってたんだけど、中日の秋元さんは今まで通りのを着てたと思うので、どういう変更なのかよくわからない。シムキンの自前ってはずはないよねえ( ̄▽ ̄)。GPDDは、シムキンは自前だろうけど、秋元さんの衣装もいつもの水色の入ったやつではなかったような。

 プロジェクションマッピングも、前回から大きく変わったところはないんじゃないかな。序曲でねずみの乗り回す円に50周年の(50)がなくなったけど(当たり前だ)。あのネズミがすごく好きなんだけど、メイドさんがネズミを見つけても「きゃー」とか言わずに、いきなりはたきだかほうきだか持っておっかけてくのがいいよね( ̄▽ ̄)。メイドさんもプロ。
 あとツリーに星をつけたところで、ツリーが緑色に光るのも好き。あの古い幕絵がこんなにきれいに……( ̄▽ ̄)。クララの家の窓の光とか、回りの木に積もった雪とか、派手じゃないけど細かい所でプロジェクションマッピングが使われてて、徐々に色が変わったりするのがまたいいんだよな。古い(愛着もちょっとある)装置を変えずに印象が変えられるのがいいなあ。予算的にも、新しく幕を作ったりするよりは安くすむんだろうか。あれ、以前の白鳥や眠り同様に、例のバレエリュスのベノワの息子の装置と衣装なんだよねえ。白鳥を依頼したときに、最初ちょっと難色を示したけど「チャイコフスキー記念」って聞いて
それは頑張らねば!」と張り切った挙げ句、出来たのがあれ( ̄▽ ̄)、というのを白鳥の昔のプログラム(オクで買った)に載っていたのを読んだ記憶が。あれか、息子のベノワ、親父が前衛すぎた反動でメルヘンになっちゃったんだろうか。
 それはともあれ、全体の雰囲気づくりや、装置の補完、場面転換のつなぎなど、踊りをじゃましない(踊りに直接からまない)構成になっていて、奇をてらったり「映像が主役」になったりしない、センスのよい投影になってます。これは導入して成功だったねえ。

 ちょっとだけだけど取り急ぎ。

 

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2016/11/27

術後2ヶ月と3週間め+尿漏れのお話

 全然何も出来てないですが、とりあえずなんとかやってます。このところ急に寒くなってますが、冷えると確実に腹にきます。「腹を切った」傷は眼で見えるのでどこだかわかりますが、腹の中の切ったところはどこだかわからないから、痛いのが傷なのかどうなのかイマイチわからない。先日の雪の日には、腹の外側の傷から逆三角形にキリキリ痛かったので、これはモロに「切ったところ」だったと思われ。

 退院してから2度ほど、転げ回ることもできないくらいの激痛に見舞われました。へそ下から腹の前半分が、それこそギリギリ痛くて、身体真っ二つに折って耐えるしかない、て感じの。はじめは腸にきたかと思い(開腹すると腸閉塞のリスクがあるので)、トイレに座って真っ二つに折れてたんですが、なんの解決にもならず、夜遅めだったこともあって、布団に入って寝てました。
 2度目の時は風呂にお湯を張っている最中だったので、とにかく風呂に入らねばという貧乏性が功を奏したといいますか( ̄▽ ̄)。風呂に浸かっている間に徐々におさまっていったので、ああこりゃ冷えてたんだなあ、と。以来、寝る時は靴下、街頭行動の時は短いレギンスを穿いたりと気をつけてはいますが、ホットフラッシュといいますか「ほてり」との兼ね合いもあって難しいところです。

 そのホットフラッシュ、卵巣も両側全摘してるのでバンバンきてもおかしくないところですが、これはむしろ手術前よりも減っています。もっとも、単に外気温が下がったせいかもしれません。全然なくなったわけではないので、今年もセーターいらずになりそうです。食事の後に体温が上がっていた(←2度くらい平気で上がる)のは、貧血による代謝系ホルモンのがんばりすぎでは、という説もあったのですが(健保の内科医の説)、これはなんとなく落ち着いている感じです。

 排尿痛は一月くらいでおさまり、今はなんともありません。その代わりというわけではないですが、どうやら「過活動膀胱」というものになっているようです。泌尿器科の診断は受けてないので、ものの本診断みたいなもんですね(←本当はよくない)。ものすごく雑にいうと、膀胱がまだいっぱいになってないのに「今出さないと漏れちゃうよう」と言い出すような感じで、実際に「切迫性尿失禁」(もうちょいでゴール、というところで起きる尿漏れ)が起きたりします。自分も、退院直後は尿意で目が覚めて、起き上がったところで「ぴゅ」ということがよくありまして、1ヶ月検診の時に先生に言って、抗コリン剤を処方してもらいました。対処法としては、尿意を抑えて膀胱をコントロールする訓練があります。「さっき行ってから間がないから、まだいっぱいになってないよ!」と言い聞かせるわけですな。

 あと、これはまた違う原因のような気がしますが、排尿の後に立ち上がったとたんに「ぷにゅ」みたいに出る/出そうになることがあって、トイレに何度も立ったり座ったりを繰り返すことがありました。ちょうど、蛇口を閉めてもホースの中に残ってた水が、はずみでちょろちょろ出てきちゃうみたいな感じですね。これは自分で出口をぱこぱこして中を抜く技を開発しまして( ̄▽ ̄)。しかし、ちょっと急いでたりすると、今でもやっちまったりすることもあります。

 そんなこともあって、最初は余ったナプキンを、それからいわゆる尿漏れパッド(今は「吸水ケア」という名前で売られていることが多いみたい)の小さいのに切り替えて、2ヶ月めくらいまで使っていました。ナプキン型とライナー型とありますが、なかなか快適です(こんなヤツ)。やっぱり専門品にまさるものはないな。ナプキンと同じ売り場で同じようなパッケージで、値段もそれほど変わりません。
 今は、夜中に2時間おきにトイレに行っていたのも4時間おきくらいになりましたし、かなり落ち着いてきたので、何かで長いことトイレに行けないかも知れないときや、がっつり寝そうな休日前の夜とかだけ使っています。あとは念のために1、2枚、ポーチに放り込んで持ち歩いています。

 それと、実は2年くらい前から、咳き込んだり吐いたりするときに「ぴゅ」っといく、「腹圧性尿失禁」というのはあったんですね。最初のエコーで「筋腫で大きくなった子宮が膀胱を圧迫してる」とわかったときに先生に「トイレ近いでしょ?」って言われて、「年のせいかと思ってました( ̄▽ ̄)」って言ったんですが、ついでに「咳き込んだりして尿漏れするのも治りますか?」って聞いたら「それは年のせいだから治らない」って答えでして。しかし、きれいさっぱり治っちゃいました( ̄▽ ̄)。
 こちらの原因は主に骨盤底筋という、骨盤の下で子宮や膀胱を支えてる筋肉の衰えなんですが、経産婦さんの場合は出産でその筋肉が伸びちゃってたりするので、若い人にも多いそうです。

 ことほどさように、子宮と膀胱まわりは密接な関係にありまして(お隣さんだもんね)。子宮筋腫の手術も年齢だけではなく、膀胱の具合をみて判断する方向になりつつあるそうです。最近では「婦人泌尿器科」という外来もあるとかで、もっと普及するといいなあ、と思います。

 あ、あとお通じがすごくいいです。前から詰まる方ではなかったですが、ほとんどいきまなくてもするするいくように( ̄▽ ̄)。臓器が減って、腹の中に余裕ができたのかしらん。

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2016/11/16

入院グッズその1

 入院の時に何が必要かは、病院でいろいろ指示してくれますが、それでもやっぱり迷いますよね〜。自分も入院前に経験者の方のサイトをあちこち見て買いそろえました。
 ということで、ここでは自分が使ったもの、あればよかったものをリスト化してみます。

【病院から指示があったもの】
 ・パジャマ  病院によって指示がいろいろなので、結構悩むところです。自分のところは「TシャツでOK」だったので、下着なしでも透けないような濃いめの色のTシャツを予定日数分と、スウェットの下(家でもパジャマにしてるもの)1枚、寝間着にもできるが外にも着て出られそうな薄いデニムの長キュロット1枚を持っていきました。Tシャツは朝起きたら新しいのに着替えて、夜はそのまま寝る、というサイクル。9月初めでまだ暑かったのと、前から寝汗がひどかったのでそんな感じで。下は、寝る時はスウェット、朝起きたらキュロットでなんとなくメリハリをつけてみました。ただ、麻酔だの点滴だのの管がついてるときにTシャツに着替えるのは意外と難しいので(からまって看護師さんにレスキューしてもらった ( ̄▽ ̄))、術後すぐは前開きの方がいいです。自分は、ちょいと羽織る用に持っていった厚めのデニムのシャツをつなぎに着てました。
 病院でも貸し寝間着があって、1日100円でした。毎日は洗濯してくれないみたい。

 ・パンツ 腹を縦横どちらに切るか決めてなかったので、縦切りでもよいようにへそ上ゆるゴムのを持っていきました。結局横に切ったので傷がゴムに当たることはありませんでしたが、術後びっくりするくらい腹(へそ下)が腫れてほぼムーミンになったので、あまりぴったりしたものでない方が安全な気がします。サニタリーショーツ指定のところもありますが、自分のところはありませんでした(割とフリーダムな病院でした)。どちらでも、術後何日かはナプキンを当てることにはなります。

 ・ブラ 実は術後はほとんどしてませんでした( ̄▽ ̄)。婦人科病棟だから、男性は医者と面会者だけだし、自分の面会はツレアイと女友達しか来なかったしなっ。

 ・靴下 冷えると腰にくるので、寝る時含めて大体履いてました。

 ・サンダル これも病院によっていろいろなようです。日頃愛用している無印良品のサンダル(すごく履き心地がいい)のを、新調していきました。

 ・タオル&バスタオル これはまあ適当に。

 ・風呂/洗面用品 シャワーが浴びられるので、旅行用の洗顔フォーム・ボディシャンプー・リンスインシャンプーと身体を洗うタオルないしスポンジ。あとはヘアブラシ・歯磨きセット。旅行用ボディシャンプーがなかなか売ってなかったのが意外。結局コンビニにあったけど、ドラッグストアにはないものなのなー。ドライヤーは洗面所備え付けのもの意外は使用不可でした。入院中は基本メイク不可ですが、退院するときに使う人はそれも。

 ・電子体温計 これは院内感染の予防のために必須になっているところが多いようです。

 ・マグカップ的なもの 廊下の給茶器が使えました。タンブラーが便利という方がいらしたので、保温タンブラーを持っていきました。確かに便利でしたが、給茶器にちょっとつっかえた( ̄▽ ̄)ので、あまり背が高くないヤツの方がいいみたい。フタは必須。自分は暑かったのもあって、水ばっか飲んでました。術後すぐはストローもあった方がいいかも。

 ・箱ティッシュ これは病院から指示がありました。実際、結構使います。持っていくのは面倒だったので、病院近くのコンビニに寄って買っていきました。

 ・生理用ナプキン 「夜用の薄型でないヤツ」との病院からの指示。手術前にひとつ、看護師さんに渡しておくと、手術後の麻酔がかかってる間にT字帯にセットしておいてくれます。術後、尿はカテーテルで抜きますが、ほかのものは翌朝まで垂れ流しになるので、「夜用の薄型でないヤツ」が要ります。というか紙オムツの方がありがたかったような気もします(病院によってはオムツらしいです。あと事前に浣腸するところもあるみたい)。翌日からは出血の具合次第。自分は全摘だから新しく買って余ってもなーと思って、手持ちのナプキンを(昼用から夜用、コンパクトタイプまで)詰め合わせて持っていったら、看護師さんが「いろいろあるわね〜」と笑ってくれました( ̄▽ ̄)。全摘の場合は子宮と膣を切り離した傷を縫ったところから出血してきますが、自分はたいした量ではなかったです。結局翌日は(大事をとって)夜用薄型1枚、以後は昼用薄型1枚×日数ですみました。

 ・T字帯&腹帯 T字帯はこちらのエントリにある通り。腹帯は「開腹の場合」と書いてあったので、腹腔鏡だと要らないのかな。どちらも病院の売店で買いました。ちなみにT字帯432円、腹帯(フリーサイズ・マジックテープ式)1458円(税込み)。

 ほかに、印鑑、現金、健康保険証、限度額適用認定証、各種書類(同意書など)が要ります。入院保証金は10万円(健康保険の場合)で、クレジットカードが使えました。退院時精算でおつりが来ましたよ( ̄▽ ̄)。ちなみに同意書ですが、うちのツレアイは「事実婚の上に別居」という法的にまったく他人なんですが、問題はありませんでした。

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2016/11/14

「あれぐろ・こん・ぶりお」が閉鎖になりました

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 全然頭が回らずに、こちらの方は更新できてませんが、いやまったくもうどうしたらいいのやら。

 こちらの「本館」となっていた「あれぐろ・こん・ぶりお」のサイトですが(誰か覚えてるんだろうか……)、Niftyのホームページサービスの停止に伴って、閉鎖となりました。2004年2月29日の開設以来、沢山の方にお世話になりました。映画や本などのログは大体、格納庫(こちら)の方に移行したのですが、バレエの関係は量が多いこともあって、あんまり移してないんですね。ただ、ログは全部落としてあるので、……えーと、いつ作業するんだそれ。

 これから3月に向かって、仕事の方はひどいことになりそうです。3月末日をもって会社そのものが廃業することになり(というのは今年早々に発表になっていたんですが)、50名ちょっといた正社員も40人を切りました。人が辞めても補充ができない状態で年末/年度末の修羅場を乗り切らないとならないことになります。まあ、いきなり手術に踏み切ったのもそういう理由もあったんですな(健康保険があるうちに全部終わらせないと、ってことで)。

 そんなわけで、こちらもまだしばらくはあまり更新できないかも知れないですが、できればもう少しなんとかしたいとは思っています。「失業日記」とか、やだなー。

 写真は神保町シアターのゴジラ特集で。

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2016/10/28

手術当日(術後)

 いやー、光陰矢のごとしてかなんてか、術後8週目になろうとしています。もう膀胱回り以外は大体平常運転です。まだちょっと、傷そのものよりも傷の上(腹の出っ張ってる辺り)の硬くなってるところに何か当たると痛いですが、「すごく痛い」というほどではなく「いてっ(-゛-メ)」くらいのところです。硬い部分も小さくなったし。

 さて、2日のエントリに続き、術後当日のお話。

 「気がついた」時のことは全然覚えてないんですが(それは「気がついた」といえるのか)、ベッドに移し替えられた記憶はないので、すでに手術台から可動式ベッド(病室据え付け)に移動されていたのだと思います。ベッドに乗ったままゴロゴロと移動し、エレベータに乗ったのはなんとなく覚えてる。エレベータから出たところで、ツレアイ(エレベータ前の待合所にいた)と合流して、病室の定位置に戻されました。そこで、担当医の先生から取った子宮の写真を見せられつつ手術の経過も聞いたのですが、朦朧としてて、あ、輸血はしなかったんだな、というのだけしか覚えてないし、一緒に聞いていたはずのツレアイも、後できいたらほとんど覚えてなかったような( ̄▽ ̄)。仕方ないので、これは後日、検診の時にいろいろ聞き直しました。

 まあとにかく朦朧としてるんですが、13時に手術室に行って、帰ってきたのが16時頃。麻酔はガンガンに効いているので、下腹部全体がどんより痛い、みたいな感じでした。点滴はまだ入れっぱなし、硬膜外麻酔も背中に入りっぱなしです(テグスみたいな細い管で、背中にテープで留めてある)。あと尿道カテーテルが入ってましたが、翌日抜くまで存在すら気づいてなかったという( ̄▽ ̄)。痛くなったら背中の痛み止めが追加で入るボタンと、ナースコール用のボタンを手元にもらって、とにかく寝てました。あと、口がすごく渇くんです。口からの麻酔の副作用的なものらしいのですが、翌日まで飲み食いは厳禁。看護師さんが、水を飲み込まないように口に含んでみて、と紙コップに濡れたガーゼを入れて持ってきてくれましたが、絶対飲んじゃうなあ、と思って唇の周りや歯を拭くのに使いました。それだけでも冷たくてすごく気持ちよかった。その後、夜の看護師さんにうがいをさせてもらって、だいぶさっぱり。起き上がれないので、横向きに寝た口元に容器をあてがってもらってのうがいです。

 しかしなんといいますか、本当によく寝た(笑)。消灯前に看護師さんが「痛みで眠れなかったら痛み止めと睡眠剤を……」と言いにきたときに、すでにがあがあ寝てたという( ̄▽ ̄)。それでも夜中に吐き気で目が覚めて、看護師さんを呼んで吐かせてもらいました(うがい同様、容器をあてがってもらう。食べてないのでほぼ液体)。点滴で吐き気止めと睡眠剤を入れてもらって、あとは朝までぐっすり寝ました。

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2016/10/23

法村友井バレエ「バヤデルカ」

 大阪の老舗、法村友井バレエ団。一度観たいと思ってはいましたが、シヴァコフがゲストでソロルを踊るというので、重い腰を上げて行ってきました。
 いやー、まるまる3時間越え、久しぶりにフルサイズのバヤデルカ。自分がわかった範囲では、「なかった」のは、3幕冒頭の阿片を吸うソロルを慰めるために踊るマグダヴェーヤの踊り(マールイだとヘビ踊り)くらいでした。あとは全部盛り! 婚約式の入場でのソロルの象までちゃんとありました! 

 ニキヤはもちろん法村珠里さん。小柄で古典的な雰囲気の人ですが、やはりプリマだな〜と思うことたびたび。ガムザッティは今井沙耶さん。若手ホープとのことですが、1幕のニキヤとの対決では珠里さんに全然負けない気迫でした。ちょっと幼い感じもするガムザッティ(エフセーエワの時みたいな)でしたが、本当に若かったんだな。

 折角法村を観るんだから圭緒さんも観たかったなあ、と思いながら行ったのですが、ラジャで観ることができました。踊る役ではないけれど(そしてちょっと若作りのラジャになっちゃったけど)、お得な気分。ここのラジャも娘ラブで、「国中の若者がうちの娘と結婚したがってる」と信じて疑わないタイプですなー。まあもう、娘のためなら一服盛るくらいなんつうことはないですよ。しかし、セットを作る時に例の「ソロルの肖像画」をその時のソロルだった法村さんで描いちゃったらしく、こいつがまた法村さんそっくりで( ̄▽ ̄)。「さあ、あれがお前の婚約者だよ」「お父さま!」って( ̄▽ ̄)。なにそのパパの見果てぬ夢は。その後もニキヤが「だってこの人は私に愛を……!」とか、なんかもう妙な感じになっちゃってましてね。あれ、ソロルに似てなくて「おいおいw」ってなることが多いんですけど、なんかいいアレはないんですかね。
 そういえば、2場のテーブルの上、上手側はチェスだけど、ガムザッティやラジャが座ってジャンベを観る下手側は果物が置いてあって、果物ならナイフがあっても自然だなーと思ったのに、ニキヤが上手側のチェス台の方からナイフを持ちだしてきて「ありゃー?」ってなったり。

 大僧正は井口雅之さん。線の細い、女性的な感じのする僧正でした。女性的というより女形的かな。公家の系統というか。「復讐してやる〜」といいつつ、「ラジャに女癖をチクる」止まりという小者感がよく似合ってました。

 セットも衣装もなかなかに豪華。婚約式も女性群舞が扇とオウムの両方ありでした。男性ダンサーがゲストが多かったので、男性の入る群舞になると、ちょっと合わせきらない感じがありました。壺は子役さんが4人に増量。影の最初の群舞はやっぱり大変なんだなあ、と。
 最後の寺院崩壊の場面は、ペトゥホフ(父)が今回新しく演出したとのこと。ニキヤ、ガムザッティ、ソロルで、ラコット版「ラシル」のオンブルのようなトロワがあって、その途中でソロルが「こんな結婚は受け入れられない」となったところで(特に大僧正との対決とかはなく)、崩壊となりました。岩石の書き割り(?)のついた紗幕が途中まで降りて振り落とし、それともう1枚振り落としの幕があって、なかなか豪快。最後はマールイのラストシーンと同じ、飛んでいくニキヤのヴェールを大僧正が追いかけて終わり。

 シヴァコフは、やはり以前に比べるとジャンプが重いなー、とは思いましたが、日バ協で白鳥を踊ったときと比べると、だいぶいい感じでした。影の王国のヴァリはよかったなあ。全体に、相変わらずエラソウでしたけども。上司が話してるときに腕組んじゃだめだよ( ̄▽ ̄)。腕づかいはきれいでした〜。1場で最初に呼ばれて出てきたマグダヴェーヤが佐助みたいだったよ( ̄▽ ̄)。

 

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