「文書館」に「ていこうせん」をアップ。最初の連載の原稿ですね。98年の4月、ってもう7年も前の原稿だわー。でも書いていることはあまり変わってない(笑)。
イラクで起きている事態について、何かコメントすべきなのだろうけど、何をどう言えばいいんだか、情けないことにさっぱりだ。全くあり得るというか、確率的には起きてもなんの不思議もないような事件であるのは確かだけど。ちなみにファルージャでの包囲・掃討戦が行なわれたときの口実とされた「殺された民間人」というのも、米国の同じ様な、退役軍人中心の米軍請負会社の社員らしい。確かに「民間人」だけど、例えば旅行者とか医者とか宗教者とかと同じようにカテゴライズされるのが妥当か、という問題はある。軍人−軍属−請負社員、となるのだろうけど。ともあれ、殺されずに帰ってくるのが一番だということに変わりない。
連休だったもので、日頃見ない朝のワイドショーなどを見たりしていた。で、ホント、うんざりというのは例の尼崎の列車事故報道なのだけど。いや、確かに宴会やったりゴルフやったりは非常識だし、遺族や関係者が怒るのはいいのよ、つうか怒るでしょそりゃ。けど、あの「鬼の首を取ったようにわめきまくるマスコミ」っていうのはほとほとうんざり。何様だ、って感じ。報道しなくちゃ行けないのは、誰がどこで宴会してたかじゃなくて、実際はどういう具合に脱線したのかとか(これは大分出てきたけど)、ダイヤに無理はなかったのかとか、当初問題になっていた「再教育」が事故を誘発したのじゃないかとか、「再教育」システムに代表される体質はどうしてできたのかとか、そういうこと。自分たちがそういう取材ができないもんだから(思いつかないのかも知れないけど)、不祥事を探してるように見えるだよ。あれだけマスコミにプレッシャーかけられたら、オーバーランだって頻発するでしょ、そりゃ。
特に「再教育」問題は、きちんと取り組んで欲しい。「不適格教師」研修がまさにそれだし、普通の企業だって多かれ少なかれ同じようなことがあるわけだから、そういう方法がいかに社員の心をむしばんで、企業にとっても得策ではないかということは、この際きちんと検証してみせなさい。そういう地道だけど面倒くさくて、相手先に嫌がられるレポートはせず、「遺族」という一番安全な場所に自己同一化してみせるマスコミってなんなのさ。どんな事件でも必ず「遺族」に同化してみせるのに、その「遺族」からは「吸い殻の始末もしない」とか苦情を言われたりしている。マスコミは「被害者に寄り添う」ことは必要ても、同化してはいけない。それはもはやジャーナリストとは呼べない。というより「人としてどうよ」という気がする。とりあえず、「そういうことは今取材してるから、もうちょっと待ってちょ」ということを願うけど。
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