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2007/06/23

テチュリという村

 ルグリの白鳥の、NBS当選分のチケットが来ましたー。早く東バ分のキャストが出ないかな♪

 今日はセンパイのところの講演会。韓国の米軍基地拡張反対運動について、ドキュメント映画「テチュリ村の戦争」上映付き。

 映画についていちばん詳しそうなのはこちらかな。韓国の平澤(ピョンテク)というのは、在韓米軍再編の要となっている地域で、ものすごく簡単にいうと、ソウル近郊のいくつかの米軍基地を返還する代わりに代替地にまとめて新基地をつくるというその「代替地」(概要はここかな)。テチュリというのはその平澤の中にある村(リ=里=村で「テチュ村」)で、もう一つの村とともに、村全体を基地建設地として収用されるところです。無茶だよね。100%収用の村が二つだよ。しかも「平澤米」といえば日本でいうところの「魚沼産コシヒカリ」。韓国でも有数の大規模農業地帯です。

 都市部でサラリーマン生活してるとぴんと来ないかもしれないんだけど、その土地からおいそれと移れない職業ってのはあるんですよね。その代表が農林業と商売。農地っていうのは面積だけじゃなくて土壌の問題だから、本質的に「代替地」てのはない。テチュリの場合は元々祖父の代に日本軍に土地を接収されて、そこが父の代にそのまま米軍基地にされて、それでもいつかそこへ帰るんだということで基地周辺で農業やってたところ。海の近くで塩害がひどかった土地を、干拓して改良を重ねて大規模農業ができるまでにしたわけですよ。そこを丸ごと接収しよう、っていうんだから、反対闘争が熾烈になるのも当然の話。彼らの闘争スローガンは「来年も農業をやろう!」。

 先頃返還された射爆場のある梅香里の闘争でもそうだけど、農民のおばちゃんたちは強いですよ。見ていて「梅香里」のおばちゃんの「あんたたち、何を食って生きている! 恥ずかしいと思わんのか!」という怒鳴り声を思い出しました。機動隊にせよ軍隊にせよ、畑に一歩でも入ることは許さん、そこは「食物」を作るところだ、という。今日の映画でも踏み荒らされたトウガラシ畑を泣きながら片づける場面があったけれども、「食物をつくる」ということに自分たちはものすごく無頓着になってるんじゃないか、と思いましたです。

 そういう場所です。いよいよ強制執行が始まって、大きな木が切り倒される時に、ひとりのばあちゃんが泣きながら突っ込んで行くんですよ。武装して、何重にも並んだ機動隊の列の真ん中にですよ。「夫が小さい頃からずっと一緒だった木をどうして切り倒せるか」って。

 そういう人たちを「国を守るためだからしょうがない」とか「被害者乙プゲラ」とかいうのは簡単なんです。多分、何の痛みもなくそういうことを言える層というのはもはや多数派であろうと。だけど、そういう木を一本持っている人と、「プゲラ」と言える人とでは、自分はどちらの人生を選ぶだろうな、とも思うわけです。「国家」と「個人」というのは常にそういう矛盾を持っていて、「個人」の「何か」を守るために「国家」にそれをさし出さねばならないのだとしたら、その「何か」は結局守れないんですから。自分の土地を守るためにその土地を国家に奪われるなら、国家は自分を守ったことになるんだろうか? 自分たちは土地を「私有している」と思っているけど、国の一存でいつでも接収できるなら、それは「私有」じゃなくて国から「借用している」に過ぎないんじゃないか? それは「資本主義」だの「自由主義」だのからみるとどういうことになるんだろ?

 とまあ、40分がところのビデオを見ながら思いました。講演の話がなくなっちゃったな(笑)。久しぶりにちょっと元気が出たよー。
 

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