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2007/07/31

小田さんの訃報

 小田実さんが亡くなりました。以前から病状については知らされていたので、「ついに」という思いです。

 私の最初の師匠は小田さんの盟友のY川さんでした。東京のY川、関西の小田が両輪となって88年にスタートした「意見広告運動」で、私のキャリアが始まりました。以来、本職の仕事/転職や結婚/離婚などの一方で、今のミニコミに移籍(?)するまでの7年半をその事務所で過ごしました。小田さんとの直のつきあいはその7年半でしたが、その後も様々な形で関わりはありました。
 あの人のテープはホントに起こしにくくて困るわ、とか、どうしたらあんな読めない字が書けるんや、とか、実務畑の私にはそんな想い出ばっかりです(笑)。いきなり何か思いついて回りを慌てさせる一方で、若い人への面倒見もよくて、私もあれこれお世話になりました。

 朝日の訃報記事を読みながら、「アンタ自分で考えぃ!」という小田さんの声を思い出しました。集会などの質疑の時に必ず「どうしたらよいでしょう」という特効薬的な回答を求める発言が出ます。その時々によりますが、小田さんは「自分で考えろや、そんなこと」と答えることが何度もありました。「そんな特効薬あったら、とっくにやっとるわ」という気持ちとは別に、「アンタらが自分で考えるための話を自分はしたんや」「自分で答えを出さんかったらなんの意味もない」という思いもあったのだろうと思います。
 多分、私がいちばん小田さんの影響を受けたのはそこではなかったかと思います。他人の意見や分析は聞くけれど、最後の答えは必ず自分で出す。いくら相手が偉い人でも、「どうしたらいいか」は自分で決める。

 折しも、龍平当選のニュースと入れ違いの訃報。関係のないことはわかっていても、こうして世代が変わっていくんだ、という思いがよぎります。今月はベトナム戦争中に日本で米軍を脱走したテリー・ホイットモア氏も亡くなったとのことです(彼についての自伝「兄弟よ、俺はもう帰らない 新版―ベトナム戦争の黒人脱走米兵手記」と90年代に彼を迎えて行われた日本での集会報告集「帰ってきた脱走兵」)。私もこうやって、近しい人を送る時間に入ったのかと、そんな気持ちもしています。いつか来る時ではあるけれど。

 小田さんの告別式についてはこちらの「News」から。

 

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