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2007/11/24

リトビネンコ事件の映画

 下の「ベジャールの訃報」エントリに、「東京新聞」と「日経新聞」を追加しました(ダンナが帰ってきたので、新聞をもらった……というか取り上げたというか。「切っていいから!」と言われたというか)。さすがに産経とスポーツ新聞はチェックしなかったんですが。新聞って、記事の具合を立ち読みしてから買うわけにいかないのが不便です。自分も学生時代はコンビニでバイトしてたんで、それをやられると困ることになるのはわかってますけどね(^^)。

 さて、23日はリトビネンコ事件から…というか、毒を盛られたリトビネンコが亡くなってからちょうど1年ということで、集会が持たれました。一応「追悼集会」と銘打ってはあったけれど、「追悼」というよりは「事件究明」でしたね。まあ、私も「追悼せい」と言われても困るな、とは思いつつ、だったんですが。

 初めに情報を。映画「踊れ、グローズヌイ!」ですが、アムネスティの上映権が今年いっぱいで切れるというのは、以前書いた通りです。が、チェチェン連絡会議になるのか、映像作家の岡田さんの事務所になるのかは聞き逃しましたが、来年の上映権が取れたとのことです。勧進元(^^)は変わりますが、上映会は来年も続けられそうです。DVDの販売もできるかも、とのこと。

 もうひとつ。24日の朝8時からの日テレ「ウェークアップ!ぷらす」で、リトビネンコ事件の特集をします。タイトルは「映画から考える リトビネンコの死の真相」。朝8時というと、寝てるか、忙しいかどちらかという時間帯のような気がしますが、番組終了後にサイトの「特集」のところで、それなりの内容が読めるようです。林克明さんが生出演とのことです。……こんな時間にアップしてちゃ、見てくれっていったって間に合わないよな(自嘲)。

 さらに。この事件を描いたドキュメンタリー映画「暗殺・リトビネンコ事件(ケース)」が、12月22日から渋谷のユーロスペースで公開されます。公式サイトはこちら。監督はタルコフスキーの助手をしていた人なんですね。

 さてと。初めに10分ほどの、リトヴィネンコのインタビューが上映されました。この頃はまだ頭が動かなくて(←ベジャールの後遺症)、何も覚えてません(うーむ)。リトビネンコといえば、あの死の間際の、脱毛し、衰弱した姿が思い浮かぶけれど、元気な頃の彼は、ちょっとミーシャに似てるかもしれない(似てないか)。

 その後、「追悼/A.リトビネンコ」の上映。1時間足らずのドキュメントで、「踊れ、グローズヌイ!」のプッター監督によるもの。ユーロスペースでやるのとは別物です。「オランダ公共放送」の制作というと、テレビ用だったのかな。これはとても面白かったです。面白いというと語弊があるか。でも「興味深い」というより「面白い」なんだな。interesting? 
 生前のリトビネンコのインタビューがかなりの分量入っています。ほかに、妻のマリーナ、父のワリテル、彼の棺の右側を担いだ4人=異論派作家のブコフスキー、事件中にスポークスマを務めたゴリドファルブ、チェチェン独立派(亡命中)のザカーエフ、映像作家ネクラーソフ(「暗殺・リトビネンコ事件」の監督)のインタビュー。そして生前のアンナ・ポリトコフスカヤ。それらと、プーチン大統領をはじめとする、ニュースなどの公的映像とでこの映画はできています。

 長くなるので折畳み。ネタバレもあるけど、見る機会自体がないだろうしなー。

 リトビネンコの父親がとてもいいんです。「いい」といういい方も変だけど。リトビネンコ(サーシャ)はとても優秀な長男で、軍隊に入ってKGBに配属された時も「自慢の息子」で、けれどその息子がベレゾフスキーに対する暗殺指令を拒否して当局を告発する記者会見を行ってロンドンに亡命しても、やっぱり彼には「自慢の息子」なんです。
 彼はサーシャの死後、チェチェン独立派のリーダー、ザカーエフと義兄弟になります。二人でインタビューに臨んだ際、彼は言うんです。「プーチン、俺を殺してみろ! 俺は過激派でテロリストだ」。そして別の場面(同じインタビューだけど)では、興奮してしまったザカーエフの手をしっかりと握って、(死ぬ前にムスリムに改宗していた)サーシャは、キリスト教徒とムスリムをつないでくれた、と言うんです。自分はキリスト教徒でザカーエフはムスリムだけど、俺たちは兄弟だ、と。
 このお父さんは、本当に息子を愛していて、息子のことを理解して(理解しようとして)いて、息子がしようとしていたことを自分がしようとしているんだなあと、それがとても強く伝わってくるんです。印象的な場面はいくつもあるけど、いちばん心に残ったのはそのことだな。

 彼が飲まされたポロニウムは、α線のみを発するために検出されにくく、実際に検出されたのは死の翌日の24日だそうです。本来、5日くらいで死んでしまうはずだったのに23日間も生き続けたのは、彼が軍隊出身で肉体が頑強にできていたのと、情報将校だったために、体調が悪くなってすぐ解毒剤を飲んだり自分で胃の中のものを全部嘔吐したりと、「処置」が的確だったためではないかとのこと。そうでなければ、プーチンの声明の通り「死因不明」ですまされてしまった。そして彼が飲まされたものがどこで製造されたポロニウムであるか(多くのポロニウムはロシア製だそうです)、イギリス当局は掴んでいるはずだということ。

 映画そのものは、リトビネンコの人となりを描くためのものというよりも、リトビネンコの調査活動と事件を通じてプーチン政権とFSBとが、どのようなテロ(暗殺を含む)事件に関与してきたかを検証する、というもの……だと思います。そもそもリトビネンコはFSBの出身だし、プーチンの政敵ベレゾフスキーから資金提供を受けていたし、MI6とも無関係ではなかった。彼を「正義のヒーロー」のように扱うのは違和感があるけれど、しかしこの事件を見る場合にそのことは「本質的」なことではない。必要なのは「国家による殺人」−−それが暗殺であれ、テロであれ、戦争であれ−−をどう捉えるかということ。彼がもし「犯罪者」であるなら、プーチン(政権)は、彼を逮捕し、裁判にかけ、その結果としての判決に従わなくてはならない。暗殺というのはその経過をすっ飛ばして、いきなり「死刑」が行われることだ。ロシアはそれが合法化された(される?)らしいが、合法であれば許されるというものではない。そして政権の腐敗や国家犯罪の告発は、「犯罪」ではない。はずだ。

 とりあえず、こんなところで。彼に関する映画は、アメリカでも2本(うち1本はジョニー・ディップがらみ)製作が予定されているようです。こちら
 

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コメント

 興味深く拝読しました。私のブログ「ぼちぼち、いんぐりっしゅ」でもポロニウム事件の海外記事をまとめて収録してます。よろしければご覧下さい。

投稿: おのころ金造 | 2007/11/25 12:07

おのころさん、コメント&トラバ、ありがとうございました。
後ほど、ゆっくり拝見させていただきますね。
この事件がスキャンダルとしてセンセーショナルに扱われるのでなく、きちんとした調査報道がなされればいいが、と思います。

投稿: 綾瀬川 | 2007/11/25 17:29

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