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2008/08/09

広島に行かない夏

 書類整理をしながら開会式を観る。選手入場の辺りで眠くなる。日本が入る前に少し寝る。起きたらまだどこかの国が入場している。もう少し寝る。次に起きたら中国選手が入場していた。テレビつけっ放しで寝たり起きたりというのは、完全にオヤジだなと思いながら(エコじゃないしー)、片づけの続きをする。事前番組で聖火リレーの最終ランナーについてあれこれ憶測していたが、アナのひとりが「パンダじゃないですか」「いや、十分ありえますよ、パンダ」というので、万一を考えて、とりあえず最終ランナーまで見てから風呂に入ることにする。
 ……パンダじゃないだろ、そりゃ。

 初めて8.6の広島に行った95年から13年。広島にも長崎にも行かなかった夏は、去年と今年の2回だけじゃないだろうか。6日の朝、ベッドの中からテレビをつけるなり聞こえてくる妙法寺さんの団扇太鼓の音に、「そこにいないこと」の違和感を思う。

 去年は自分のウツ気がひどすぎて、どうしても行けずに直前でキャンセルした。今年は社内のゴタゴタで消耗もしてたし、なにより自分の中身が準備不足過ぎた。この2年ほど、「半休養宣言」をして、いくつかの事務局を事実上降りている。自分の中の運動基盤なしに広島へ行くのは、自分としてはツライ、というのを痛感する。

 反面、広島のドーム前こそが自分の原点だとも思う。祖母の家から広島までは、山陽本線で2時間ほどだった。4歳(多分)の夏に初めて、ドームに行った時のことはうっすらと覚えている。今はっきりと思い出せるのは、ドームの周りの石畳と平和公園の売店ばかりだ。そこで父が幾枚かの絵はがきを買った。その中の1枚に有名な「人の影の染みついた石段」があった。そんなものを買ったら怖いからイヤだ、と思って泣きそうだった。東京に戻ってからも、父のいない隙に机の引き出しの中のその写真を確認しては、また埋めもどすということを繰り返していた。なぜだかはよくわからない。ただ、小学校2年の時だと思うが、ゴヤの「自分の息子を食う巨人」の絵についても同じようにしていた記憶があるので、何か自分の存在を脅かすほど恐ろしいものについて、ある種の儀式的なもので切り抜けようとしていたのかとも思う。

 自分自身ではそんなうっすらとした記憶しかないのだが、母によれば、ドーム前ですさまじく泣いたらしい。「げんばくがおちてくるからかえる、いまおちてくるからかえる」と泣きわめいてきかなかったそうだ。元々いわゆる「癇の強い子」で、幼稚園に上がる頃まではしょっちゅう引きつけを起こす子だったので、さもありなんと思う。「資料館にも行くつもりだったのに、あんたがあんまり泣くから入れなかった」と、何か関連のニュース番組を見ながら母が言っていた。

 事前にどういう話を聞かされていたんだか覚えていないが、多分、ドームという「現場」が自分をそこまで揺さぶったんだろうな、とは思う。
 怯えて泣いている子どもの自分が、カツドウカとしての自分の原点にあるのだろう。広島なり長崎なり、「その日」にいることが、自分のメリハリというか節目というか、「行かないと調子が出ない」というか、そういうものだということを、この2年でしみじみと感じる。

 来年は背筋を伸ばしていけるよう、少しずつでもリハビリしなくちゃな。残業してる場合じゃないんよ>課長。

 2006年の広島を「写真館」にアップしてあります。特に「平和公園にて」は自分でも割と好きなので、よろしければどうぞ。

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コメント

初めまして
鬱病と闘いながら最近夜の銀座ホステスになった紅といいます。
また遊びにきますね

投稿: kurenai | 2008/08/11 18:21

kurenaiさん、こんにちは。
お仕事の役にはまったく立たないと思われるサイトですが
(まして女磨きの役にも立ちそうもないですが)
気晴らしにでもしていただければ幸いです。


投稿: 綾瀬川 | 2008/08/12 00:01

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