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2009/01/08

ガザの3時間

 UNRWAの学校が爆撃されたニュース(こちらとか)がテレビなどでも報道されていますが、それに関してのイスラエルの「釈明」がこちら
 それでも何かよいことをみつけようとすれば、この爆撃を非難する国際世論の中で、ほんの少し(いつご破算になるかわからないまでも)停戦への動きが実現しようとしているというところでしょうか(こちら)。

 それに先だって、イスラエルが1日に3時間、「人道危機を回避するため、住民が支援物資を受け取れるよう一定期間、通路を設ける」との発表(こちら)。21時間の攻撃と、3時間の「人道的」な休息。21時間の封鎖(救急車両ですらその地域から逃れることのできない21時間)と「支援物資を運び込む」ための3時間。

 想像力が必要です。21時間の攻撃による人道危機を起こしている側が、それを回避するために3時間。

 バレンボイムの中東での演奏会、無期限延期(こちら)。

 「続きを読む」に、アブデルワーヘド教授のメールの続きを入れておきます。1月4日から6日、学校への攻撃が始まったところまでです。


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ガザより(その22) 緊急に!

2009年1月4日 13:12(現地時間)

毎分、爆発音が聞こえる。1回あるいは2回、3回のこともある。
この状態がここ15時間以上続いている。戦車、大砲、戦艦。
UNRWA職員のフサイン・オーダ・アル=アイディ(58歳)が戦闘のまっただ中に釘付け状態にされている。イスラエルの戦車複数が彼の自宅の周りを直径1キロ以上の円を描くように動いている。彼は昨晩、10時半、砲撃を受けた。家族5人が重傷を負っている。だが、イスラエルの戦車以外、誰も彼に近づけない。
彼の家には電気も水も食糧もない。彼の家族たち、母親と彼の二人の兄弟の家族が一部屋にすし詰めになっている。20人以上だ。フセインを緊急に援けなければ、そして怪我人を避難させなければ。

アブデルワーヘド 
ガザ・アル=アズハル大学教養・人文学部 英語学科教授


ガザより(その23,24)ミサイルの雨の中から

【メールその23】
日時 : 2009年1月4日(日)18:15
件名 : フサイン・アル=アイディ、戦闘の只中に釘づけ!

フサイン・アル=アイディはガザ市東部在住のパレスチナ人(58歳)。今の場所に25年以上、住んでいる。自宅は野菜畑の真ん中に位置している。彼はUNRWAの職員だ。彼は今、一部屋に、自分の家族20人と、彼の二人の兄弟の家族たちとともにいる。彼らは、狭い部屋で電気も水も食糧も電話もないまま、すし詰めになっている!彼の周りには何もない、あるのは戦場だけ。昨夜10時半、アル=アイディ氏は戦闘の真っ只中におかれ、砲撃が自宅に着弾、家族5人が負傷した!彼は負傷者を救出するため救急車をよこすよう訴え続けているが、叶わない。負傷者を、そして可能ならば家族全員を救出するために、彼のもとに救急車を送ってくれという訴えはこれまでのところ、すべて失敗に終わっている!周囲1キロ半以上をイスラエル軍が完全にコントロールしており、イスラエル人以外、誰もアル=アイディ氏のもとにたどり着くことができない! この状況は、どこの国でもいい、人権団体が緊急に人道的行動をおこすことを必要としている!

ガザには電気も水もない。食糧もわずかしかない。私は発電機がまだ稼動するのを幸いに、世界に発信している。爆弾が雨あられと私たちの上に降り注いでいる。そして不運にも、アル=アイディ氏は戦闘のど真ん中にいるのだ!

【メールその24】

日時 : 2009年1月4日(日)19:41
件名 : ミサイルの雨と真っ暗闇のガザ

ガザで、私たちは、雨のように降り注ぐミサイルと砲弾の集中砲火の真っ只中にいる!今は完全な暗闇だが、その闇を破って無人飛行機やヘリコプターの唸る音が聞こえてくる。通りは無人だ!ときどき、救急車と消防隊のサイレンが聞こえる!
ガザ北部の市民は自宅からガザ市西部に逃げ、ゼイトゥーン地区の者たちは西部に逃げている!市民にはなすすべがないというのに、彼らのことなどおかまいなしだ! 彼らを守るものは何もない。今日、救急医療士3人が死ぬ。ほかの命を救おうとしているさなかだった。
一昨日も、医師1人と救急医療士が殺された。今夜、携帯の電話網は完全に麻痺している。地上電話は、回線状態は悪いが通話可能だ!夜明け前、ガザの空のいたるところに黒煙の雲があった!わぁぁぁぁぁ、たった今、足元で地面が揺れた!ボーーーーーーン!

ガザより(その25~29) UNRWAの学校に避難した人々

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【メール その25】
日時:2009年1月5日(月)18:31
件名:2009年1月5日午後6時半

今日、シファー病院の発表によれば、16人の子どもと7人の女性を含む39人の民間人が亡くなった!公式発表の死者数は540人以上にふくれあがり、加えて負傷者は2600人!人々の健康をめぐる状態は耐えがたく、酸鼻をきわめる。市民は逃げ場を失い右往左往している!ガザ市内のシュジャイヤ(人口がとくに過密な地区だ)で、妊娠中の女性が4人の娘とともに砲撃で死んだ。

私の子どもたちは、隣の建物が狙い撃ちされてから、ますます緊張と不安を募らせている。私は努めて子どもたちに話しかけ、できるだけ落ち着かせようとしている。しかし、実際は、航空機、ヘリコプター、無人飛行機が大砲や戦車の砲撃に加わって、私たちは緊張を解いたり和らげたりする暇もないのだ!

【メール その26】
日時:2009年1月5日(月)19:00
件名:ガザ 2009年1月5日

2009年1月5日午後6時。
地上攻撃の今日、イスラエルの戦車部隊はさらに多くの土地を制圧した。イスラエルの航空機はガザ地区の30の攻撃目標を空襲した。気がかりなのは、ゼイトゥーン地区の東部であれ他のどこであれ、自宅にとどまることのできない市民たちのことだ。ゼイトゥーンは農業地帯で住んでいるのは農民たちだ。彼らのうち何百人かは、ゼイトゥーン地区のなかで人口が密集した住宅地の奥に避難することができた。

多くの民間人が、ガザ市の境界地域に対する爆撃で死んだ。電気と水が、ガザの人間すべてにとって依然、主要な問題となっている。発電機はまだ動くので、私はこれらのメッセージを大急ぎで書くことができる!携帯は麻痺し、地上電話はつながらなかったり、聞き取れなかったりすることもあるが、はっきりと聞こえることもある! 数分前、すぐ近くが空襲された。どこだか特定できないが、恐怖におののいた。近所の建物に着弾したのだ!ほんの3軒向こうの建物だ。犠牲者もいる!

イスラエルの航空機が照明弾を投下している。あるいは、なにか軍事目的のための光なのかもしれない。イスラエルは何度か、アル=アクサー衛星放送を妨害して、反ハマースの内容を放送した。また戻ります、そうできるなら!


【メールその27】
日時:2009年1月5日(月)20:13
件名: なし

次から次へとF16による空襲が今。


【メール その28】
日時:2009年1月6日(火)13:36
件名:ガザ 1月6日12:30

昨晩、空襲はますます激しさを増した:30回以上にわたり、ビーチ難民キャンプ東部にある保健センターをはじめ、さまざまな地点が空襲の標的になった。4階建ての建物が1軒、F16に爆撃され、完全に破壊された。何百人もの人々が次々に、戦闘地帯となっている市の郊外から命からがら脱出した。彼らは市内に住む親戚を頼ったり、UNRWAの学校に避難している。

フセイン・アル=アイディと家族(女たちと子どもたち)はいまだに、水も食糧も電話その他いかなる生命線となる設備もないまま、一部屋に閉じ込められたまま動くことができないでいる。家族のうち5人が何かの爆弾の破片で負傷している。アミラ・ハス記者が、イスラエルのヘブライ語・英語の日刊紙ハアレツで昨日、それを記事にし、今日、内容が更新された!

一方、人権のための医師団が介入して、身動きできないアル=アイディの家族のもとにたどりつけるよう調整に努めている。救急車とおそらくいくらかの食糧を届けようとしている。だが、これまでのところ成功していない!戦闘のただなかにおかれて人道的〔措置を必要としている〕ケースはほかにもある。さらに多くの市民が戦場で身動きがとれなくなっているのだ。
死傷者の数も増加の一途だ!

【その29】
日時:2009年1月6日(火)18:06
件名:UNRWAの学校、爆撃

何千人ものパレスチナ人がUNRWAの複数の学校に避難した。
そのうち40人が今日(2009年1月6日)、空からの攻撃で殺された。

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