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2010/03/26

観客としての快楽

 NBS公式にオネーギンのリハレポ。このメンツでの3組同時リハとなれば、そりゃもうみごたえたっぷりというか、見たいよー(T_T)。すごい光景だろうな。いろんな意味で。
 写真もあがっていますが、文章でていねいに綴られるとそらもう逆に妄想心を刺激されたりもするわけで。
 それにしても写真があがれば、やっぱり田中さんは木村さんとで見たかったなーと思い、美佳さんと木村さんも見たかったなーと思い、何でもいいのかよぢぶん、と思いつつも、今回のヒロイン3人は誰が相手でも……っていうか。

 トライアルの記事の方でも書きたいことがあったように記憶してるんだが、それはそれでもう少し時間ができたら、リハレポ(まだ続きますよねっ♪)と合わせて。

 で、それはともかくとしてですね。2月の前田バレエの「白鳥」で、3幕の本田氏(式典長)について「誰かに似てるー」と言っていたわけですが、先だってテレビを見てたらやっぱりこの人でしたよ。元花組芝居の篠井さん。顔が似てる、ということではなくてですね、佇まいというか雰囲気というか。篠井さんは好きなんですが、「役者」としては見たことがないですよ、気づいてみれば。トーク番組とかばっかりで。うむむ、困ったもんだな。

 演劇ライフにインタビューがありました(これ)。とても面白いです。時代劇の美空ひばりを見て「あれがやりたい」と思ったとか、杉村春子のブランチを見て、女方として役者になる決心をしたとか。

 ついでに同じインタビューシリーズの麿赤児氏のも読んでみたり(これ)。麿さんもね、すごく好きなんですよ。舞踏家としてよりも役者としての方が見る機会は多いんですが。ぢぶんは女性の舞踏は肌が合わないんで、大駱駝艦はちょっと二の足ふむんだよな……。

 で、この演劇ライフのインタビューには「これから演劇を楽しもうと思っている人へ」というメッセージコーナーがあるんですが、お二人とも観劇の終わった後の「観客としての創造行為」(麿)について言及しているところがちょっと面白かったんです。篠井さんの言葉で言えば「見終わって跡形もないものに対する、大きな憧れと思い」。天野祐吉いうところの「誤読の自由」にも通じると思うのだけど、やっぱり(見る側にとっての)「舞台の快楽」というのは、「見ている時の快楽」と「見終わって以降の快楽」が地続きに(極論すれば永遠に)あることだと思うんですよね。ぢぶんは見る一方だけど、見られる側(演じ手)は見る側(観客)と両方やってるわけで(^^)、そこから出てくる言葉はまた別の実感があるな、と。
 遡って、今年のマールイについて「余白が欲しい」(コリッパーにだったかな)と書いたのは、そういう「余白」のことでもあるんですよね。

 ……まあ、だらだらといつまでもレポに至らない言い訳でもなくもないですが。

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コメント

関係ないけど、名前が出たので。龍馬伝の武市半平太役をしている大森南朋さんは麿赤児さんの次男だそうです。

投稿: urasimaru | 2010/03/26 10:50

どうもー。
あ、アルブレヒドおめでとうございます。(次はこれを記念に)
余白。これって日本というかアジアに流れる美意識かもしれないですね。
抽象具象のどちらにおいても余白って必要でしょう?
それを「だよね」ってするっと共感できることや
美として捉えることができるのは、蒙古斑の有無と同じような感じかな、と思ったりもします。
勿論、ロシア人にもある人にはあるとは思うのだけど、日本ほど余白文化じゃないと思うのよねー。

好きな人が見たい役にキャストされるのはとにかく嬉しい!の一言につきる。
私まで嬉しい気持です☆(見ないのは許して・笑)

投稿: 矢羽 | 2010/03/26 22:29

>uraくん
あー、東洋と武市にはそのような行きがかりが(笑)。
でも東洋が暗殺されたら見なくなりそう
(↑ 元々龍馬にほとんど興味がない)。
勝海舟は好きなんだけどね。

投稿: 綾瀬川 | 2010/03/27 02:04

>矢羽ししょー
おかえりなさいまし〜♪
◎◎記念って、だんだん競馬になってきてないっすか。
ふた開けてみるまでわかんない人って意味でも……orz。

余白というかね、見る側の入り込むすき間のようなもの。
ぢぶんの感覚だと、「見る人の想像にゆだねます」というものほど
そういう余白というか、すき間というか、感じないんですよ。
演じ手側の「オレはこうやるんだ!」っていうのがあって
初めて想像力つか妄想力つか、そこが刺激されるのかなあ、と。
中に詰められたものの多い人ほど余白も多いっていうのは
全体のスケールが大きくなるってことなのかいね?

サニー話、楽しみにしてまっせー♪
ビリィがオレンジだったらサニー記念でしたな(^^)。

投稿: 綾瀬川 | 2010/03/27 02:35

うん。そうだと思う。
きっちり「自分はこう」というのがあるほど
見てる側は、さらにそれを好きなようにできるっていうことだよね。
あー(TヘT)←色々思いだし中

投稿: 矢羽 | 2010/03/27 11:00

あ、思い出してる、思い出してる(^^)。

で、それは役の軽重よるのではないよね。
「自分」がきっちりあるから心に残るし
心に残るからそれをいじくることもできる、と。
そんな気がするのでありますよ。

投稿: 綾瀬川 | 2010/03/28 03:52

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