« 眠いので | トップページ | たまにはタジン »

2010/05/31

基地との境目

Img_0470

 昨年の2月、佐喜眞美術館の屋上から。
 フェンスの手前、踏み石が続いている部分が美術館の敷地、フェンスの向こうが普天間基地です。

 29日の照屋秀伝さん(権利と財産を守る軍用地地主会会長)の話から。

 ……といっても秀伝さんのこっちゃから、ひとりゆんたくみたいなもんでしたが。えーと、「権利と財産を守る……」というのは、通称「反戦地主会」と呼ばれているものです。「一坪運動」が軍用地を一坪ずつ共有する運動であるのに対し、この「反戦地主」は、そもそも持っていた自分の土地を軍用地として強制収用された人たちのことです。正式名称は「自らの土地に対する権利」と「自らの土地という財産」を守る、という意味を持っています。しかもこれらの土地は、きちんとした収用執行手続きに基づくものではなく(基づいてりゃいいってもんでもないが)、「捕虜収容所に入れられた人々が自分の土地に帰ってきたらもう基地として囲われていた」、あるいは「バラック立てて住んでいたら、米軍に蹴散らされた」式に収用されたもの。沖縄の基地に個人所有の土地が多いのはそのためです。本土の基地と決定的に違うのはその点。本土の米軍基地の多くは旧日本軍の施設を接収したもので、沖縄では接収にまつわる「記憶」の近さがまったく違う上に、それが沖縄戦以降、現在に至るまでの連続したものとして人々の中に記憶されていること。今ある「騒音」と「危険性」と「犯罪」だけが「基地問題」ではないということを押えておく必要があります。65年間にわたる「土地の記憶」の重さ、です。

 さて、本題。といっても「ひとりゆんたく」だからなー。いくつか、箇条書きに。
・日本政府は沖縄の土地は欲しいが、土地の上に乗っている人は欲しくない。土地の上に乗っている人に権利を与えることはしたくない。
・沖縄の負担軽減というが、ほかの県に持っていったところで、それは痛みが分散するだけで、軽減にはならない。全国に痛みが分散するだけ。
・首相は40の県を回ってお願いしたが、どこにも断られたから沖縄でよろしくというが、沖縄だって断ってる。なぜ沖縄だけは断ってもだめなのか。大阪は要請があれば受入れるといっている、大阪にはお願いに行ってないのか。
・テニアンという話もあったが、テニアンは戦前からずっといっしょにやってきた場所だ。
・グアム、テニアンに移転したら、それは(日米)安保からはずれるということだ。安保からはずれたら、思いやり予算はつかない。アメリカは大変だ。お金が続かなくなる。
・抑止力というのは戦争を探す、新たな敵を探すということだ。新たな敵がなければ軍隊は維持できない。

 軽いメモ書きなので、不正確ではありますが。
 テニアンについては、いわれてから「あっそうか」と思いました。ハワイやサイパンもそうですが、テニアンは沖縄からずいぶん移民として行ってるんですよね。沖縄から見れば、自分の兄弟のところに移転させるようなものだ。
 知事会は、ぢぶんもテレビニュースの範囲で見ましたが、大阪府知事については本当にうんざり(それを称賛するキャスターも)。自分のところに来るはずがないと思っているから言えるセリフでしかない。府知事がそれだけ言うということは、伊丹空港に海兵隊を配備するとか、大阪湾にメガフロートを作るとか、そういう覚悟があるのかってことなわけですよ。……まあ伊丹空港は兵庫にかかってるけど。現実的には、信太山でレンジャーとゲリラ対処訓練ってとこですかね。実際、訓練の「分散移転」はもう何年も前から行われているわけですが、沖縄で「負担が軽減された」っていう声は聞かないですけどね。なんでですかね。

 ……てか、秀伝さんの話、ほとんど書いてないやん、ぢぶん。えーと、最後に本当に何年かぶりかで「一坪たりとも渡すまい」を歌いました。秀伝さんの体調が悪かった頃、普天間包囲行動の時に秀伝さんがこの歌い出しが出せなくて、「秀伝さんがこれを歌えなくなっちゃうなんてーー!!(T△T)」と思った記憶が強かったので、何はともあれ一緒に歌えて嬉しかったです。

|

« 眠いので | トップページ | たまにはタジン »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 基地との境目:

« 眠いので | トップページ | たまにはタジン »