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2010/09/03

これは是れ、ガスコンの。

 1979年の映画です。かれこれ30年前(!)に一度観たきりの映画。その中で幾度となく繰り返されたこの言葉。「これは是れ、ガスコンの青年隊」。

 映画はこれ。「英霊たちの応援歌 最後の早慶戦」。「東京12チャンネル開局15周年記念映画」ですよ、ああた。テレビ東京じゃないですよ、「東京12チャンネル」。併映は松方弘樹主演の「隠密同心」で、こっちを観にいったんだよな、実際は(大和田獏が若殿役だよ…… 笑)。

 監督は岡本喜八。喜八つぁんにしてはストレートな映画です。文部省の六大学野球連盟解散命令から最後の早慶戦を経て学徒出陣、新兵訓練、特攻、と、早大バッテリーの永島敏行と中村秀和を軸に話は進んで行きますが。

 しかしそれよりも印象に残る役は3人。多分、観ている最中にいちばん目を引くのが、明大落研の部長、山田隆夫。ギャグ担当で、ことあるごとに「罰則」として兵舎のグラウンドを走らされる姿は笑いを誘いつつ、やがて哀しい。もう一人、早大野球部顧問の東野英次郎(←英次郎なりに若い)。ファンですけどね、ぢぶん(ジジイ好き)。そして個人的にはいちばんいつまでも残り続けたのが法政大野球部から劇団活動に入った本田博太郎。いや、正直、今回プログラム(よく残ってたなー)を読み直すまで、演劇部長だと思ってましたが(粗末な記憶)。彼が繰り返しつぶやく言葉が「これは是れ、ガスコンの青年隊」。

 映画をちゃんと見直せばすぐにわかる程度のことなんですが、これが何なのかもう30年来、謎のまんまでうっちゃらかしてあって。思い出した時にいろんなアプローチで検索かけてみたりしてたんですけどね。いやいや、記憶が粗末なことに「青年団」だと思ってたんだよ、ぢぶん。そりゃ引っ掛かるわけないわ。まあね。30年前ですからね。ろーてぃーんよ、ろーてぃーん。

 と、まあ教養ある人には今さらな話ですが、もちろんこれは「シラノ・ド・ベルジュラック」からの引用です。うん、話は知っているが読んだことのない本のひとつだ(笑)。メトードローズだかブルクミュラーだかの練習曲でも弾いたことはあるが。

 「これは是れ、ガスコンの青年隊」。シラノの属する青年隊を讚える歌。アラスの包囲戦に参戦し、飢えに苦しみながら、ロクサアヌが慰問に来たその日に総攻撃を受けて壊滅する「ガスコンの青年隊」。

 演劇という新たな喜びを得ながらも、恋人を残して出征した本田がやや微笑んでつぶやくこのセリフ。もちろん観た時にその意味などはわかっていなかったけれども、自らの部隊を、おそらくとりわけどんな時にもおどけてみせるのを忘れない山田隆夫演ずる落研の正木の姿に、彼は「ガスコンの青年隊」を重ねてみていたわけです。その最後の姿を含めて。芝居と現実はいつか重なりあって、「ガスコンの青年隊」として自分もまた死んでいく。そこにあるささやかな「喜び」が、今思えばやたらと哀しい。だからこそ、わからないなりに子どもの自分にもその言葉は残っていたのかも。

 東野英次郎演じる教師の元に、教え子は一人も帰ってこなかった。敗戦後、地中に埋めておいた野球道具を、彼は一人で掘り出します。緑色の草に、木箱に詰められた真っ白な球が眩しく光る。その白の鮮烈さと、本田のつぶやく「ガスコンの青年隊」。30年を経て、それだけが今も心の片隅に残っているのです。

 ブック某で250円の棚にあったんで、ようやく「シラノ」を読みましたよ、という話でもありますが、9月2日は本来の敗戦記念日(降伏文書調印日)だから、こんな話もよかろうかと。……レンタルででも観とけよなぁ、ぢぶん。

 

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