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2010/12/05

久しぶりに山海塾

 昨日歯医者で出してもらった抗生物質が効いたのか、だいぶマシな感じ。しかし、食後に歯医者の薬3錠(痛み止め+化膿止め+胃薬)、食前に漢方1包ってなぁ。そんなこんなで1年ぶりの山海塾を観に、相模大野まで。

 いや、相模大野ってば前にマールイの夏ガラを観にいったと思っていまして。駅のこっち側に補給廠があってね。で、この辺りで昼飯食べたな、とか。で、相模大野で降りてみたら駅構造も駅周りもまるで違うし、うんでもあれから何年も経ってるから駅ビルも変わるよね、とか、ホールもまるで違うみたいに立派だけど最近リニューアルしたかなー、とか、いろいろ不審に思いながらも家に帰って確認してみたら、前回行ったのは相模原市民会館でしたよ( ̄▽ ̄)。最寄り駅は相模原駅。だみだ、ぢぶん。

 演目は「時のなかの時−とき」。2005年の作品ですが、久方ぶりの再演だったようです。緞帳を使わないので、ホールの中に入った時から舞台装置が見えてワクワクです。半円形に立てられた7つのモノリス(←アフタートークの中でも「モノリス」だったなー(笑))と、吊り下げられた銀のリング、その中心に銀の細い棒。上手手前から下手奥へ敷かれた一枚の長方形の板。山海塾のサイトに写真がありますが(これ)、それでは板がまっすぐに敷かれています。構成が変わったのか、劇場の奥行の関係なのか。でもそうすると板の上での天児さんのソロや走り出てくるところなどはだいぶ見え方も違うだろうなぁ。

 バレエを観る時は割りと「絵解き」的な楽しみ方をすることも多いですが、山海塾を観る時にはそうではなく、舞台からやってくる空気にすっと入り込むというか。舞台を観るというよりも、舞台を「感じる」ように思います。その空気を味わい尽くすというか。自分の中ではマリファントの作品を観る時と比較的近い気がします。

 冒頭のアンサンブル、中央の4人(何気に凄い腹筋!)が胎児のようでもあり、蓮の花のようでもあり。2場(というのか?)に入っていくのにその4人が板の四隅に着くのがまたカッコいいんですが、その板に立ったときの天児さんのあの圧倒的な存在は何なんだろう。彼が舞台の中央(物理的にではなく)に立った瞬間に、空気がぴん、と緊張する。いわゆる「カリスマ的な」というのともまた違う。「存在感」を通り越して「存在」になっちゃったような。
 剃髪・白塗り・裳(というか)という姿も相まって、自分にとって天児さんは「大阿闍梨」を思わせるんです(時々清盛 ^^)。今回は三島の「中世」などもちょこっと思い出したり。ベテランの肉体の持つ重みというのはもちろんあるんですが、一筋縄ではいかない凄みというか。……書けば書くほど違うような気がしてくる。うーん。

 今回は後半に行くに従って(中盤のアンサンブルあたりから)、なんだか宇宙的なものを感じたなぁ。モノリスのせいかもしれないし、中空のリングのせいかもしれないし、上を見つめるような振りが印象的だったせいかもしれない。

 剃髪・白塗りという段階で、肉体は個というよりも抽象としてあるのだろうと思うし、その中で個別どうこうというものでもないのかもしれないけれど、ぢぶんが識別できるのは、天児さんと蝉丸さん、市原さんくらいです。ほかの人も個体識別はできるけど、名前が一致しない(笑)。中盤のアンサンブルの後、鏡像になる二人の下手側の人の動きが好きだったなぁ。多分、若い人。動きも肉体も「端正」ということばが思い浮かぶような。あと、アンサンブルの時のいちばん下手側の、これも若い(多分)人が「放心した美少年」のようだった。自分の席が下手寄りだったこともあって、二人とも後頭部と背中がほとんどだったのがちょっと残念。そしてどうでもいいことだけど、カテコでいちばん上手よりだった人が、武尊兄ちゃんに似てるような気がした(←本当にどうでもいいことだな)。

 まだいろいろあるけど、とりいそぎ。
 

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