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2011/01/02

どんな生活にも人生は。

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 正月の草津温泉の湯畑です。国内の伝統的温泉場は空いてるだろうと思って油断してたら(だって12月の20日過ぎで宿が取れたしー)、結構な混雑でした。特急草津号からの接続バスがガンガン増発されてましたよ。スキー客も多いんだろうなぁ(←ぢぶんがやらないから考えてなかった)。

 さて、正月早々ですがブログタイトルが変わりました。変わったというよりも「復活」が正しいのかな。ブログにする前の日記ページのサブタイをタイトルに上げた、ということなんですが。

 このタイトル自体は「どんな人生にも雨の日はある」のパクリですが、ぢぶん、選挙のたびに(そうじゃない時もだけど)出てくる「生活者」ってことばがダイキライでして。まるで「スーパーで買い物して家事して育児してる女だけが生活者」っていうあの物言い。

 どんな人にだって生活はある。生きている限りは。家から一歩も出られなくても、その家すらもなかったとしても、「生活してない人」なんていない。どこにも。どんなに無意味な、あるいは浮世離れした人生のように思えても、生活だけはそこにある。だれかが「一般的」だと思っている「生活」だけが「生活」じゃない。公開された日記は、思考も志向もジェンダーも、大概の場面で「マジョリティとマイノリティの隙間の斜面」を生きてきたぢぶんの、ひとつのアンサーでもあったわけです。

 それをもう一度持ち出すことの意味は、実のところほとんどないような気もしますが、去年あたりから確実にやってきている「何か」にもう一度対峙するだけの「こちら側の何か」がないと、早晩自分自身がもたなくなるな、という「予感」のようなものでしょうか。そして今度の相手は「『yes』という名の『不寛容』」だと、大雑把にいえばそんなものであるような気がしています。

 まあ、単純に身辺雑記が多くなってきた、ということでもあるんですが(笑)。書く内容が変わるというわけでもありませんので、今後ともよろしくお付き合いください。


 ……むしろもう諦めて「東バとタジン鍋」とかしちゃったほうがいいんじゃないか、って気もするんですけどね(小声)。

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