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2011/04/30

ようやく1幕終了……か?

 というわけで、オタ話再開です。1幕も大詰め、というか普通だったら2幕も大詰めの場面、舞台中央から上手手前にかけては主役の三角関係が繰り広げられ、上手をうろうろしながらニキヤ殺害のころ合いを見計らうラジャと、下手手前でそれを阻止しようとする大僧正。
 バヤデルカの全幕は、マールイのボヤルチコフ版、ボリショイの……誰だったかなの版のほかは、キーロフ(の時代)のビデオくらいしかみてないんですが、マカロワ版の上手さはこの5人の関係の立体感にあるように思います。……てか、ボリショイの時は天幕のせいで、中の3人(ガムザッティ、ソロル、ラジャ)がほとんど見えなかったのを、いまだに根に持ってるだけのような気もするけど( ̄ー ̄)フン。

 ラジャの命令通りにニキヤを引っ立てて……じゃなくて、婚約式で「祝いの舞」を踊らせるために連れてきた大僧正が、下手奥に現れたところまで、でしたな。ニキヤを中央に送り出した彼は、そのまま上手手前のポジションにつきます。ラジャに対してやや挑むような視線だったのが印象的。ここからの大僧正が「大僧正」であったなあ、と、ぢぶんは思います。

 まあ、今まで後藤さんや武尊くんの大僧正を、この場面でどれほどちゃんと見てたのかは自信がないので(笑)、どこまでが「マカロワ版デフォ」だったのかはよくわかんないんですけどね、実際。「身体の重み」で見せている部分もあるとは思うので。ま、それも含めての「役」ではあるけれど(←いろいろ言ってみる)。

 「思い詰めたような無表情」のままでいた大僧正は、ラジャがニキヤとソロルの様子を見極めている間、ラジャの動向を計ってもいます。彼の視線はむしろラジャに向けられ、ラジャが本当にニキヤをこの場で殺すつもりなのかどうかを注視しているように思えました。そしてラジャがアヤを呼ぶのを見て、控えていたマグダヴェヤを呼び、毒消しを持ってこさせます。それを受け取り、ラベルを確かめ……というかつかのま沈痛にそれを眺め、袖の隠しにしまいこみ、また「無表情」な「大僧正」に戻ります。多分それが、「大僧正」としての顔なんだろうなぁ。1場のニキヤへの求愛の後に、やや自嘲気味に取り繕ったその顔とはまた似て非なるようなそのストイックさが、「大僧正」という立場と位の高さ、潔癖さを思わせて、ファン的にはちょっとウハウハです。静かで冷徹なのに内側るつぼ。

 ……ウハウハはおいといて、アヤが花かごを持って現れた時、その「中味」を知っていたのは、ラジャとアヤのほかには彼ひとりであったろうと思わせるに十分であったのは、ちょっと今までなかったなあ、と。おそらく、動きのタイミングとしてはデフォで決まっている部分が多いのでしょうが、そのニュアンスは、何度もラジャを演じてきた木村さんならではの造型であったように思えたのでありました。東バの場合は、いくつかの主要な役を、幾人かのソリストが入れ子のように演じることが多いですが、同じ演目の複数の役を演じることで積み上げられるものもあるのだな、と思った次第です。

 ま、まるで明後日な方向の告げ口に行っちゃうくらいには世間知らずの坊っちゃん坊さまではあるんですけどね。それでも宮殿から帰ってからは、ニキヤを殺させないためにあれこれシュミレーションしてたんだろうなあというか(笑)。

 薬瓶を差し出しながら、「こんなこともあろうと思って」と言ったかどうかは定かではない(←今日の憎まれ口)。


 ……いや、言ってないですけどね、多分。後藤さんだと「私を受け入れてくれれば」というのがもう少し生っぽいんですが、木村さんだとそこがもうひとつストイックというか。武尊くんだとひたすら一所懸命で、それはそれでいじらしかったりします(^▽^)ワカイ。

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