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2011/05/31

アレクセイ、続き

 そろそろ業量も落ち着いて……のはずが、フタあけてみたらパートさん2人休みで、やっぱり残業。油断ならんな。

 さて、「アレクセイと泉」の続き。

 映画は、アレクセイのナレーションによって進められていきます。ロシア語はほとんどわからないのでわかりませんが、プログラムによると、かれのロシア語はとてもやさしい(イージーではなくテンダーの方)のだそうです。
 ……ぱっと見が、ちょっとルダコさんを思わせるんですよ(笑)。たいして似てないんですが、鼻の感じかな……。そういえば彼もベラルーシだったような気がするんですが、ちょっと裏が取れない。映画の最後に村の人たちのクレジットが出ますが、「……エンコ」の人が多かった。グルジアの「……バーゼ」のように、地域性がある名前なのかな。うんとどうでもいいことを言えば、うちの現国の先生は「エグチェンコ」と呼ばれてましてなぁ(本名は江口)。

 うん、まったくどうでもいいな。

 彼は撮影当時30代半ば。「青年」というにはどうかな、と思わなくはないですが、周りはみんな年寄りばかりなので、十二分に「青年」。70を越えた両親と暮らしていますが、村全体の息子のようなもの。力仕事やコンバインの運転など、年寄りの手に余ることはすべて彼が頼り。

 映画の中に彼の誕生日を祝う場面があります。母親は「いいお嫁さんを」というようなことを言いますが、アレクセイ本人は結婚を諦めています。生まれた土地で両親の手伝いをして、役に立つことができる。それですべて。雪の平原で、犬とはしゃぐ彼の姿は、映画の中でたったひとつの「若者らしい」姿かもしれません。

 彼はロシア民話に出てくる「末息子のイワン」を思い出させます。どこかほかのはしこい若者たちとはズレてるけれど、最後には幸せを掴む役どころ。けれど、アレクセイには羽根をくれる火の鳥も、ご馳走の出るテーブル掛けもやって来ない。あるのはこんこんと湧き出る泉だけ。

 実は、彼は自分とひとつ違い。今は40代も半ば。両親も、斧と鋸だけで見事な大工仕事を見せたイワンやワシリーたちも、80を越えているはず。
 水汲みという重労働を毎日繰り返す老人たちに、「泉に水を汲みに来れなくなったら、その時が村を出る時なのかもしれない」と、アレクセイは思う。村を出た子どものところに身を寄せるのか、行政の福祉施設を頼ることができるのか。あるいは村で骨を埋めるのか。どのようにして。

 そして最後に一人残るであろうアレクセイ。村の老人たちを見送り終えた後、彼はどうするのだろう。町にいる兄弟たちの元に行くのか、村で祖先の墓を守って一人で暮らすのか。

 「消された村」の問題は、過疎と高齢化の村の問題でもある。ただ、ここには「未来」がない。帰ってきて「村おこし」をする若者がいない。若者はここでは生きられない。放射能による「緩慢な死」が待つ村と、ほかの「過疎の村」との決定的な違いはそこにある。

 つづく。ちーちゃん話に戻ってくるつもりはあるのだよー( ̄▽ ̄)。

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2011/05/30

アレクセイの泉

 BRBの話も、その前の話も足りてはいないんですが(まだあるのかよ!)、ポレポレ座で追加上映中の「アレクセイの泉」をみてきたのでその話など。1日1回上映(1300〜)で、8割ほどの入り。ポレポレにしては混んでるというべきなんだろうな(T_T)ミンナモットキテ……。

 映画は、チェルノブイリの「風下の村」、ブジシチェ村の生活を描いたドキュメンタリー(撮影は2000年8月〜01年5月)。先日紹介した、貝原さんの「風しもの村」(これ)の舞台となったチェチェルスクよりもさらに東北の村。なにしろチェチェルスクがいちばん近い「町」なのだ。
 チェルノブイリから180キロ離れたこの村が、「厳重監視区域」として地図から消されたのは、「その日」の風と雨とによる。風に乗った「放射能雲」がこの村の上に着た時に雨が降った。チェルノブイリの発電所は、ベラルーシとの国境に近いウクライナ領にあったが、折りからの南風で拡散した放射性物質の7割はベラルーシに降り、国土の30%を汚染したそうだ。

 600人が住んでいたブジシチェ村は地図から消されたが、55人の老人と、青年アレクセイが、村に戻って住み続けている。ジャガイモや小麦を作り、豚やガチョウを買い、糸を紡ぎ、カゴを編み、刺繍をし、ピクルスを漬け……それはもう、代々そうしてきたようにただひたすら日々を暮らしている。ほぼ自給自足で完結しているので、年金をもらっても使い道は多くない。町に住む子どもたちへの仕送りと、たまにくる移動販売車での日用品(塩や石鹸や酒)の買い物に使ってしまう。

 村の中心に泉がある。ジャガイモ畑が10キュリー/平米の汚染なのに対し、泉の自ら放射性物質は検出されなかった。地下水が浸透し、濾過されて沸き上がってくるまでに百年かかるからだ、と村の人は言う。泉は木枠に囲まれて生活用水として使われ、周りには十字架とイコンが、ちょうどほこらのように立てられている。村人は毎日、30キロからあるバケツで水くみをし、女たちは泉の洗濯場で、雪の日も木の道具で叩き、足でふんで洗濯をする。

 原子力発電所なんてものをまるで必要としない彼らの生活が、巨大原発の大事故でふっとんでしまった。いったいこれはどうしたわけなんだろう。

 続く。公式サイトはこちら。今後の上映予定はこれ。逗子、長野、札幌などでの上映が予定されているようです。東中野ポレポレ座はこちら

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2011/05/29

BRB、アシュトン2日めはチーさんの日。

 つうことで、BRBアシュトンプロの2日め。元々は行く予定にしてなかったんですが、やっぱりチーさんのオベロンも観ておきたいなあぐずぐずと思っていたところにチャレンジ・プレオーダーが来たんで、ぽちっと行っちゃいました(笑)。
 でもよかったよ! 3日観た中で今日がいちばん満足度が高かった。というか、チーさんがよかったよ。得チケ、ありがとう……(*_ _)人。

 席は下手のウイング(A席)。座席表でみるとかなり壁際のようだったのですが(自分では買わない場所だなー)、思ったよりは死角が少なかったです。「ダフニス」でいうと、ギリギリで1場ラストのパンが立ち上がるところが見えるくらい。あれが見えないと話にならないよなあ。「真夏」では、オベロンとパックに眠らされたヘレナ&デミトリアスは下半身だけ、くらいです。舞台に近い分、目は楽ですけども。昨日がちょっと引き目の上手側だったから、まあ両側から観られてよかった、ということで。

 「ダフニス」は流れがわかっているので、昨日みて冗長に感じたところもさくっと観られました。パンもカテコに出てくればいいのにな(笑)。あれしか出ないから笑えるんだろうけど(笑うところなのか?)。人妻は昨日のヴァッロの方が軽薄そうで(笑)イメージにあっていたような。

 「真夏」の方。パックは今日はディングマン。昨日のキャンベルが「悪くはないんだけど、もう少しいろんな意味で軽ければなー」だったんですが、ディングマンの方がいろんな意味で軽かった(笑)。身のこなしもあるけれど、小物感といいますか、「悪戯小僧」の「小僧」の部分ね。「うっかり小僧にオベロン大激怒ぉーーー!」って、やっぱりこれがなくっちゃ(≧▽≦)! 昨日はどっちもなかったのよぉ。

 ボトムはカグイオア。ポワントワークが上手すぎて、逆に「ぎこちなさの面白さ」が減っちゃったかも、というくらい上手でした( ̄▽ ̄)。ボトムの愚かさ(ロバだからね)は、断然カグイオアで、ちょっとブラックが入るくらい。昨日のパーカーは割りとお調子者的な陽気さもあって、これは好みが別れるところだな。自分はカグイオアの方が好みでした。幕前のカテコでようやく、彼が「ダフニス」で「踊りで勝負してみればー?」の人だと気が付きました。ちょっと気になっていたのだ、彼。ちゃんと勝者用の月桂冠など用意しているところが実直で笑える(またそれが似合う)。

 いやしかし、今日はちーさんに尽きますね。多分、見た目や踊りの技巧的なところでは、モラレスかな、と思うんですよ。スラリと背が高くて、脚もスラリと長くて、さわやかで。
 ちーさんてばもう、ただ立ってるだけで、「絶対コイツの考えてるのは悪巧み」っていう(笑)。

 ……いやいや、そこもそうなんだけど(笑)。

 ちーさんの踊り方は、パの解析をし尽くした人の踊り方。パだけではなく、仕草ひとつひとつがそう。だから群舞の掴み方とかが、すごく上手い。よく「すべての振りに意味がある」とか「無駄なパはひとつもない」と言う人がいるんですが、きちんとそう踊れる人はそれほど多くはなく(美しく踊る人はたくさんいるけど)、ちーさんはそういう人のひとりなんだと思いましたですよ。「眠り」で初めてちーちゃん(←いいのか、この呼び方)を観た時にちょっとそういう予感があった話は以前書いたのですが、そういう予感が当るのは嬉しいなぁ。
 実際、「和解のPDD」で、本当に「和解していく過程」がパに詰め込まれてるのを観たら、もう目からウロコでした。もちろん、佐久間さんの踊りも併せて、のことなんだけれど。あれって「仲直りした二人のPDD」ではなくて、「二人が仲直りしていくPDD」なんだなぁ……。それだけに、ラストの二人は幸せなんだ。はー、ぢぶんも幸せ。

 で、ずっとうちを読んでくだすっている方はいわずともお気づきだと思うんですが、もうひとりそういう人がいてですね(笑)。振付をすべて自分の「言葉」にしてしまう人。
 ちーさんのNBSのインタビューを読むと、オベロンはダニエル卿から習ったとのこと。もうひとりの方も、インタビューで再三、オベロン初演の際のダニエル卿の指導が転機になった話をしてるわけで、なんというか、意外な(?)ところで兄弟だった、と。そりゃあ……。

 といいつつも、ダニエル卿から指導された人がみんなそうなりゃ世話ないわな(笑)。それを表出するだけのテクニックと、なによりも自分の中に「物語」があるかどうか、がカギなんだろうなぁ。

 というわけで、もう少しいろいろと書きたいんですが、とりあえずこの辺で。

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2011/05/28

BRBのアシュトンプロ

 というわけで、BRBのアシュトンプロの東京初日です。まだ日程も残っているのでさくっと。

 「ダフニスとクロエ」は初見。確かにこりゃ「シルヴィア」だわ( ̄▽ ̄)。「シルヴィア」がバレエ・リュス風に洗練されるとこんな感じになるんだなぁ。
 今回は、助けてくれる神様が、エロスではなくてパン。パンといえば牧神、牧神といえば「アレ」だよねー、ということで、そこはかとなくバクストというか、リュスっぽいモダンなセットなんだけど、神殿(洞窟)は下手奥で、配置が「シルヴィア」。振付の方も、肩を正面に向けるギリシャ壺をモチーフにした、要はニジンスキーのアレを思わせながら、でもアシュトンだから脚の方は大忙し、みたいな感じ。

 自分は「シルヴィア」を先にみているから、「ダフニス」の中に「シルヴィア」を観るけれど、初演は「ダフニス」が1951年、「シルヴィア」が52年なので、「シルヴィア」の方が「ダフニス」の拡大版(エスカレート版?)というべきなのかも。

 ……あれの面白さって、無意味で壮大などんちゃん騒ぎ、ってところにあるんだなぁ( ̄▽ ̄)。

 「真夏」の方は、お目当てだったモラレスが、期待通りに好みでありましたーヽ(´▽`)/。いいなあ。ほかの演目でも観たかったなぁ。ブルーバードでも何でもいいから。
 デメトリアスのローレンスがオールバックに口ひげでびっくりしたよ! あの衣装は軍人さんだから正しいけど、一挙に年齢が上がった感じ。最後にヘレナの「あっち!」に引っ張られるのはどうするんだろうと思ったら、そもそもその演出がなかったような。
 「ダフニス」でパンで「デカッ」と思ったロジャースは「真夏」ではライサンダー。「眠り」の方では狼でしたよ。

 なんとなく、全体に「するするするするっ」といっちゃった感じはあるんですよねぇ。誰かのせいで何度も観てる演目だし、「ここのギャグが好きさっ」というところが、ぽん、っと抜けちゃってたりして。まあそれでも十二分に面白かったんですけども。スケルツォのモラレスがさすがだったなぁ。

 妙に既視感の多い演目が重なって、いらん飢餓感を触発されちゃったのは自分のせいだけどな( ̄▽ ̄)。

 あ。そうそう。牧神といえば「アレ」なので、専用の紗幕が「ほーらほーら」ぽい。いや、そういうわけではないんだと思……ったり、思わなかったり(笑)。

 とりあえず。

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2011/05/27

ギエムプロ/チーさんちょこっと

 検索ワードのトップに「モストヴァヤ」が来てるんですが、多分、マールイのモストヴァヤのことではなくて誰か別の人なんだろうと思うんだな。誰だろ……。

 ということはさておき。10月のギエムプロの詳細がNBSに上がった件は、もうあちこちで出てるからいいかな。実質、ギエム&ムッル+東京バレエ団公演になったようですが、実際問題としてもう誰が来れるかどうかなんてわからない現状が片方にあり、もんじゅの後始末を含めて今後の見通しが立たない状況があり、いまだダダもれし続けている放射性物質と、それによる食品(だけでないけど)汚染があるとすれば、現実的な構成だろうと思います。もんじゅの作業に6月いっぱいかかると思いますが、安全・着実を最優先に進めた結果、予定より長くかかってもしょうがない、と。これが無事にすむまでは、「わー、来てくれてウレシイ♪」なんて気持ちにはとうていなれないからなぁ。

 ま、個人的には文句のない、といいますか、「K村さんのマズルカキタ━━━(゚∀゚)━( ゚∀)━(  ゚)━(  )━(゚  )━(∀゚ )━(゚∀゚)━━━!! 」なので、ええまあ(笑)。ニコラガラでやるはずだった「白の組曲」がこんなところに来ちゃったのね。いやもうだって、ひさしぶりの「ふんわりブラウス+白タイツ」ですよ。わーいヽ(´▽`)/。ツアー、どれだけ踊るかなぁ。久しぶりにハルサイも踊ってくれるかなあ。Bプロに全然出ないと、ぢぶんのお財布的には楽かもしんないけどさ……。Aプロの未定演目(東バなのか、ガラで来るであろうゲストダンサーなのかとか、いろいろと判然としなかったりもするけど)、「白組」全日だともう1演目は踊ってくれないかなあ。「火の鳥」だって「鳥」だってそのほかのサプライズだって全然オッケーなんだけどなぁ。

 というわけで、チーさんの話がどんどん先送りされていくよ……orz。

 えーと、チーさんについていちばん感じたことだけちょこっと。ツァオ・チーが踊るのを生で見たのは初めてだったんですが、テクニックについてはいうことなしです。特に、ジャンプの着地のやわらかさときたら、そりゃもう素晴らしい。上体がいちばんキレイだと思ったのは、実は城に向かっていく際の、カラボスにちょっかい出された時だったりしますが、そういうちょっとした場面でキレイに動けるというのもいい。

 そして何よりもこの人は、観れば観るほど好きになるダンサーだろうな、と思いました。なんというのかな。彼の持っている身体言語というか、踊りや仕草の中にある、彼自身の言葉や感情というものが、何度も観ていくうちにどんどんわかっていくというか。観る側の中にある「アンテナが育つ」タイプのダンサーだという気がします。ある時ふっと「言葉が聞えてくる」を超えるような。もちろんどんなダンサーでも相性はあるから人によるのでしょうが、自分はそんな感触を持ちました。

 ではでは。

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2011/05/26

気になる新刊いろいろ

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 だから、残業して寝落ちしてゲラ読んでたら、気力が果てたのー(ノ_-。)。書くこと、たまってるのに。

  「Miyakoレッスン 吉田都のエッセンス・バレエ・クラス」 新書館、がんばるなー(笑)。26日搬入だったと思うので、会場売りは出るでしょう。クロワゼの本の都さん版みたいな感じ。

 「朝日新聞縮刷版 東日本大震災 特別紙面集成2011.3.11~4.12」 これは大変便利です! 新聞の切り抜きをする必要がない(笑)。3.11以降の朝日新聞の震災関連記事ページ(ページごとです)を網羅して縮刷版に。ま、縮刷だから字は小さいけども。ぜひ東京新聞にも出して欲しい。

  堀江邦夫の「原発ジプシー」は、どういうわけか2種類が復刊に。会社で「おや?」と思ったもののつかまえそこなっちゃったんで(配本は現代書館版の方が遅かったかと)、Amazonの「版元コメント」を見るしかないんですが、要は「手軽に読みたければ文庫版」「きちんと読みたければ現代書館版」てとこでしょうか。文庫版の方は「ダイジェスト」だと思って読むとかね。それでも読まないよりは読んだほうがいい。自分は20年前の文庫で読んだけど、そりゃもうびっくらこきました。

 「隠される原子力・核の真実―原子力の専門家が原発に反対するわけ 」 1月発売だったんで、もう読んだ/持っている方も多かろうと思いつつ、一応。ツイッター辺りでの小出さんの評価をみると「時代が変わったなー」的な感慨もありますが、何より「創史社の本が増刷に!Σ( ̄ロ ̄lll)」(←失礼な)と。創史社という出版社は、この手の出版社にありがちな「社長一人」体制。社長のOさんは、小さい集会にも店売に来て、講演やシンポジウムの中味もきっちり聴いて本造りに活かし、人脈も作り、という、本当にマジメで腰の低い「足で稼ぐ」タイプです。自分らはもっぱら沖縄/基地関係でのツキアイが多かったんですが(ダンナが時々写真使ってもらってます)、出版を志した原点は原発(たしか六ヶ所問題)の人。地道な学者と地道な編集者のコラボレーションが生んだ「名著」になるやもしれん。そんなわけで、売れるとウレシイ(経緯を考えると嬉しいといってもいられないんだけど)ので、ご紹介。

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2011/05/25

写真のつづきのつづき。

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 体調の方はいいんだか悪いんだかなんだけど、ひたすらに眠いので、写真埋め。全部14日の丸木美術館近辺です。これは美術館の庭からみた都幾川。

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 へびいちご。自分が小さい頃きかされていたのは、「へびが食べる」ではなく「食べるとへびになる」でした。食べてましたけどね(笑)。味はたいしてありませんが、マズイわけでもなく、なんとなく「あれば喰う」的に。ま、巳年だし。

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 空は夏。
 田中さんが、カザンのヌレエフ・フェスティバルでガムザッティを踊るそうです! 東バ公式によると、ソロルとニキヤは韓国のダンサーで、ということは全幕なんですね、多分。ヌレエフ・フェスティバルだとヌレエフ版だったりするんだろうか。それともやっぱりマカロワ版なんだろうか。本格的な客演は初めてだと思うから、すごくいい体験だろうな。がんばれー♪ 舞台度胸強いから大丈夫! 

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 ニセアカシアの雨の降る時。


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2011/05/24

原発関連映画いろいろ

110522_17080001 写真は日曜日にうちの近所で。いつのまにかガクアジサイが咲き始めました。今年は季節のめぐりが早いような気がするのは、自分に余裕がないからなのかな。

 まだ調子はよろしくないんだけど、残業は山盛り。4月からなくなる部署がある一方で、うちの取り扱い範囲が増えたのが主原因ではあるんだけども、「震災特需」も結構あったりする。ふー。誰だよ、紙がないから本が出ないなんて言ったヤツは。まあ部数が減って件数が増えれば、うちの仕事は増えるわけだが。

 とかいいつつも、週末にはイ誌の映画レビューも送稿したんですけども。そんで今日帰ってきたのを読んだら、まるまるワンパラグラフ日本語になってないよ……orz。ダメだ、もう。そもそもの〆切が月末だったから、まだ間に合うな、うん。ゴメン、Sちゃん。

 で、今回のお題だった「100000年後の安全」なんですが、まだやってます。アップリンクだとこちら。いまのところ6/4までやるようですが、1日の上映回数ががんがん増やされています。アップリンク始まって以来じゃないのか(笑)。全国上映はこちら。この手のドキュメンタリーで、苫小牧だの那須塩原だの石和だのって、滅多にないような気もします(委員会方式の自主上映会以外では)。東北地区では、青森、八戸、仙台、盛岡に福島でも。大体、マイカル板橋でやるってアンタ……(←近所)。劇場ラインナップを見るだけで、ちょっと興奮してしまう。それだけ原発に対する関心が高まってるということではあるな。義援金つきの上映になっているところもたくさんあります。赤十字通しになってないところにアップリンクの矜恃を感じるな(^▽^)。

 映画は以前ここでも取り上げた通り、フィンランドにおける原発の高レベル廃棄物最終処分場についてのドキュメンタリー。原発を、事故なし・完璧に運用したとして発生する/し続ける廃棄物をどうすればよいのかという、根源的な問題をフィンランドがどう解決しようとしているか、です。原発を止めても、今ある廃棄物の最終処分はしなくてはならない。動かし続けていれば、その間廃棄物は増え続ける。「トイレのないマンション」のトイレをどうすればいいのか。

 編集のSちゃんからのメールでは、「この映画を見た友人が2人ほど、立ち直れないくらい落ち込んでるんだけど大丈夫でした?」ってことだったんだけど、まあ落ち込みはしなかったな。途方にはくれたけど。

 雪が降り積むフィンランドの映像は、とにかく美しいです。映像的には工場萌えの人にもオススメ(笑)。

 ポレポレ東中野では、本橋成一さんの「ナージャの村」「アレクセイと泉」の追加上映中(こちら)。どちらもチェルノブイリの「風下の村」での暮らしを撮ったドキュメンタリー。写真集は見たけど、映画は見てないのさー。見たいのさー。
 ついでにポレポレのレイトショーは大野一雄特集です。31日は慶人さんがゲストなんだよねぇ。うーん。

 新文芸座でも、6月は核関係の特集上映です(これ)。幕開けは「ゴジラ」(初代)と「太陽を盗んだ男」ってのがなんとも( ̄▽ ̄)。そしてついに東京でも「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」が! なんとしても行かなくちゃ! あああああ、行けるのか、ぢぶん。東中野で見損ねた「脱原発元年」もーーー……orz。

 鎌中さんの「ミツバチの羽音と地球の回転」も、ユーロスペースでの追加上映が決定(全国日程はこちら)。ダンナから「六ヶ所村……よりずっといいからちゃんと見ろ」との指令が来てるよ……。どうするんだ、日程……。


 高木さんや小出さんを含めた原発関連の本が今売れているのも、こんな風に原発/核関連の映画が話題になってたくさんの人が見るのも、長く関わってきた人間として、嬉しくはあります。けれど、「こんな事態」のために関心をもたれるようになったという経緯を思う時に、それは本当に口惜しい。高木さんだって、こんなことで読まれるようになったからといって喜びはしないだろう、むしろ原発がなくなって、自分の本が必要とされなくなるような世の中を望まれていただろうと思うとやりきれない。

 でもだからこそ、こうなってしまった以上、せめてたくさんの人に見て欲しい、読んでほしいと思いもするわけです。福島からあがる煙を(テレビで)見ながら、口惜しくて口惜しくて泣いたあの日から、もう2ヶ月が経ちます。


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2011/05/23

BRB、四人の王子まで。

 というわけで、続きです。なんかもう、いろいろ限度に来てるのは、1名で申請してあったパートさんの欠員補充に3人もあてがわれたあげく、水曜から研修をしなくちゃならないってことが理由だというのがわかってるんですが、もうほんと会社行きたくないよ……orz。

 ま、愚痴はそれくらいで。

 プロローグの補足といいますか。なにかこう、せかせかした、せわしない気がしたのですが、オケがかなり速かったですね。もちろん、指揮者がそのように振っているので、バーミンガムとして正しい速度なのかもしれないけれど、全体にせわしない。それがカラボスが出るともう「ばーん!」とね(^▽^)。かっちょええよぅ。
 で、王様がまたいいんだよな、風格があって(上司としてはサイテーですけども)。重厚な衣装がばっちり似合って。こういう人がBRBには何人もいるわけで、やっぱりシェイクスピアの国は違うよなー、と。平幹二朗クラスでないと太刀打ちできないんじゃないかと思っちゃうもんなぁ。カタラビュットはマイケル・オヘアだけど、カラボスにカツラをむしられちゃった途端にどっと老け込んだようで大笑いでしたん。

 1幕は、幕前の編物のくだりはカット。場所も王宮の庭ではなくて、プロローグと同じ広間。なんとなくせかせかした雰囲気もプロローグと同じ(^▽^;)。ガーランドワルツは人数少なめでちょっと物足りない。確かにこのセットの中で踊るには、これくらいの人数が適性だし、すごいメイクの子役さんがわらわら踊るのが好きかっていわれるとそれも困るんだけど。

 4人の王子は……すんません、途中まで気づきませんでしたo(_ _)oペコ。出て来ないなー、出て来ないなー、偉そうなおっさんたちは増えてるけどなーと思ったら、王子たちでした。いや、考証的には正しいと思うし、謎のアラビア人とか隣のインド人とかがわらわら踊るのが好きかっていわれるとそれも困るんだけど。うんまあ、甲冑パ・ド・カトルよりは正しいよねぇ。はしゃぎすぎてコールドにぶつかるヤツとか、百年経っても寝癖がついてるヤツとか、オーロラが倒れた後に交通整理してるヤツとかもなく。節度あるユーモアがそこはかとなくイギリス正統派って感じで、正しい「4人の王子」とでもいいますか。

 ……って、ぢぶんの「4人の王子」のイメージって何。

 そうこうするうちに、オーロラの登場です。佐久間さんは出だしはちょっと固かったかな。どんどんほぐれていって、2幕・3幕に向かってぐっといい感じになりました。チーさんとのパートナーシップもあるんだろうな。「この人たちのだれかと結婚するんだよ」ってパパに言われて恥じらうのが、固いぶんだけ可愛い気も(←オヤジか、自分)。

 ローズアダージョは、楽士さんたちがいないので、ひとりパンシェ。2回ある4人の手を取るバランスは、「無理にアンオーにせずとも、相手の手を取っちゃえよ!」と思ったりもしたのですが、軸のブレなさとアチチュードに上げた足の揺らぎのなさが見事でした。まあそういったテクニック的な見せ場もさることながら、その「恥じらい加減」といいますか、結婚話にリアリティを感じてない無邪気さと、初めて殿方たちと踊るちょっとしたときめきの加減がなかなかによかったです。その後のソロが好きなんだけど、そこもカワエエ♪

 とりあえず。

 

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2011/05/22

BRB、プロローグにて。

 いやー、やっぱり「眠り」の体調ではなかったな。例の目の奥から歯に抜ける頭痛(←去年、Kさんのヒラリオンすら断念したアレだ)。持病みたいなもんだから諦めてるけど、やっぱキツイわー。席が近くてよかった。オペグラなしでいけたから3時間コンタクトでもなんとかもったよ(^▽^)。

 つうわけで、昨日の即レポは断念。朝方地震で目が覚めて、思わずチーさんの「ふふふ、オレの体験した本震はこんなもんじゃねぇぜ!」みたいなのを妄想してみたりして( ̄▽ ̄)。雨男ならぬ地震男か。4月のマシューくんもだけど、地震にあったことのない人って、世界にはたくさんいるんだろうなぁ。

 さてソワレ。佐久間さん&チーさんです。BRBの「眠り」はライト版。ライト版は場面が王宮の広間固定で、1幕のガーランドも庭ではなく同じ広間。プロローグの幕を開けていくのは侍従頭で、いわゆる「額縁」が絵本を開いていくようでなかなかいい感じです。衣装も装置も総じてシック。妖精たちはもう少しそれぞれわかりやすくてもよかったんじゃないかな。二人でる乳母の片方が阪井さんだったような気がするけど自信がない。カタラビュットがオヘアですよ! うひゃー♪ 王様、王妃、カタラビュット、リラ、カラボスと、主要人物がみんな素晴らしくてですね、いやー古典はこうじゃなくっちゃ、と大満足でしたがな。

 ……一方、妖精の方。「お、サレンコかっ!」と一瞬思ったのはヴァッロだったりするんですが(似てるのは大きさだけか?)。見た感じで「カナリア要員だろうなー」と思った二人が二人とも違ったりとか、まあいろいろと意表をつかれつつ、上手端の人の踊りがクテポワだったり(容姿がクテポワじゃないのがまたなんとも……)、うーんやっぱり「竹組」だったなー……orz。そもそも3時間の大作をマチソワでやろうってのが間違ってるのかもしれないけどもなぁ。全体に、優雅というよりもメリハリの効いた感じの踊りだったような。振付もあるのかもなぁ。リラが「踊らない役」なので、最初のヴァリを踊った人がリラのヴァリも踊ったのだけど、彼女は上手かったな。しっとり系ではないけれど、ハツラツとした明るさで気持ち良かった。

 リラのジャオ・レイがまた素晴らしかったですよ。カラボスは変更があって、マリオン・テイト。あの会場でオークションにかけられているタイターニアの衣装を着ていたとは思えないよ(^▽^)! 

 ……まあ「またか」と思われるのを承知で書けば、4月の大僧正を見ながらですね(ああまたか)、「踊らない役」というのはないんだな、と思ったんですよ。それはマイムが美しいとか、所作が美しいとかいうことではなくて、ダンサーがそこに立つ限り、そしてそのダンサーが身のうちに「音楽」を持っている限り、どんな役でもそれは「踊る」なんだな、と。それがダンサーあるいは演じ手の「音楽性」ということではないかと。

 というようなことを、今回のジャオのリラ、テイトのカラボスを見ながら確信したわけです。正直、プロローグの妖精たちよりも、あの二人の方が「踊って」いたな、と。

 とりあえず。1幕以降は夜にでも(主役の二人もよかったよ!)。

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2011/05/21

写真の続き。

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 まだちょっと体調がよろしくないので、14日の写真で埋める(笑)。

 こちらは美術館の向かいにある休憩所。いつもいつもお世話になってます。ここで風に吹かれながら、下を流れる川を眺めたり、おにぎりを食べたり、定点観測的に写真を撮ったり。
 余談ですが、西部池袋の地下にあるおにぎり屋の玄米塩がすごく美味いです。もう中毒(笑)。カツオ旨煮も大葉味噌(シソの大葉ね)も美味い。でも玄米塩がいちばんだな。美味い米は塩むすびがいちばんnだよね。

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 被爆アオギリ2世も大きくなりました。知らないと見過ごしてしまうくらい何気なく植わっています。

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 カラスノエンドウも花はほとんど終わり、実がなっています。自分が育ったのは野川からすぐのところで、両親が結婚したばかりの頃は、台風で野川が溢れ、床下浸水したこともあったそうです。今は水量が少なくて全然信じられませんけども。その野川の土手はまだコンクリ整備されておらず、カラスノエンドウだらけで、よくその中に寝転がっておりました(小さい頃から寝てばかりだな)。小さい豆のさやはとても可愛くて、それで遊びながら佐藤さとるのコロボックルのことなどもよく考えてました(小さい頃から妄想ばかりだな)。

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 バス停そばのムラサキハナナ。バス停は日が当って暑かったので、向かいの日陰でバスを待っていたら、美術館からの帰りの車がバス停前で停まって時刻表を読んで、また走っていきました。バスまでは5分足らずだったのだけど、もししばらく来ないようだったらピックアップしてくれるつもりだったのかな? だとしたらありがとう。

 明日(21日)は豊田兄ぃの福島の取材報告があります。自分はソワレでちーさんを見るので行かれないけど。美術館のブログに先週の本橋さんのトークの話などいろいろ出てます(これ)。
 チェルノブイリ展に併設されて、館長でもあった針生一郎氏の追悼展が行われています。粟津潔や滝口修造の絵に、針生さんが書いた解説文が付されています。美術評論家の回顧展にはこういう方法があったんだなぁ。富山妙子さんの木菟の絵がいい。佐藤忠良の絵も。

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2011/05/20

春から初夏へ

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 5月14日の丸木美術館裏。4月と比べるとすっかり夏です。

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 藤が咲いていた木。すっかり花は落ちて、よくみると藤の葉が。

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 菜の花も種が育って、カメムシ(?)ががんばってます( ̄▽ ̄)。

 東バのブログも更新。森川くんがロットバルトデビューです。学校公演ですが、また本公演でみられるとよいね。

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 空はすっかり初夏。


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2011/05/19

チーさんのトーク&バレエ系新刊2冊

 つうことで、プレオーダーについていた、「小さな村の……」の上映会+ツァオ・チーのトーク、に行って参りました。火曜の段階では絶対無理、という業量で、「さよならちーちゃん……(ノ_-。)」と思ってたんだけど、まあなんとか行けましたよ。バレエの神さまでもついてるんでせうかねぃ(^▽^)。それとも他所で使うべき運をここで使ってるのかな……。

 てなことはさておき。

 NBSのツイッターに写真があがってますし、そのうちサイトの方にもあがると思うのですが、ツァオ・チーは青の開襟シャツに黒のジーンズ。前回の来日時に見損なっちゃった自分は、初の生ちーです。いやあ、入ってくるなり「さわやか好青年」満開だぁ(笑)。

 トークは20分ほど。進行の長澤壮太郎さんという方は自分は全然知らなくて、NBSにこんなイケメンの人がいるんだーとびっくりしたんですが、モデル/俳優の方だそうで(笑)。「バレエについては素人だけど、縁があって」とおっしゃってましたが、こちらもなかなかに好感度の高い人でした。長澤さんから質問→通訳の方がチーさんにこそっと通訳→チーさん回答→長澤さんが通訳、という形式。最初にチーさんの挨拶があって、長澤さんが「長すぎるからもう少しセンテンス切って……」みたいなやりとりがあったのに、その後もチーさん長話(笑)。

 以下、記憶だよりなんで間違いもあるかもしれませんが、こんな感じでした。ニュアンスなどはちょっと違っちゃってるかもしれません。

 ★鎌倉での公演の感想を。
   非常にエキサイティングな舞台だった。16年もキャリアがあって、舞台で興奮するというのは少なくなってきていたけれど、本当に興奮した。それだけに緊張してナーバスになったりもしたが、成功してうれしい。

 ★昨日のチャリティ公演について。
    小さな子どもが、自分のおこづかいと思われるような金額を入れてくれた。写メをたくさん撮られたりして最初はとまどったけど、年をとって歩くのもたいへんそうな女性がとても大きな金額を入れてくれて、その時に、自分たちのしていることの大きさを実感した。公演が成功してとてもうれしい。

 ★3月の地震の時の話を。
    プロモーションで来日してインタビューを受けている時に本震にあった。最初、揺れてるなと思って通訳の人を見たら「大丈夫」というので、こういうものなんだと思った。1分くらいして大きく揺れてきたので、また通訳の人を見たら「大丈夫」というので、自分は地震の経験がなかったから、こういうものなんだろうと思った。長く大きく揺れているので、通訳の人を見たら「これは横揺れだから大丈夫」というので、こういうものなのかと思った。そのうち周りの人が「これはアブナイ」といって、ドアを開けたり避難したりし始めた。通訳の人が嘘をついてくれたので、地震の経験のない自分はパニックにならずにすんだ。もし今もう一度、あの大きさの地震にあったら、パニックになると思う。
 (どうやら泰然自若だったのはちーちゃんではなくて通訳の人だったらしい( ̄▽ ̄)ナイス!)

 ★今回、来日するに当って不安はなかったか。
    3週間前に、カンパニーから正式に訪日の決定があった時には、自分は不安はなかった。原発の問題などはあったが、自分は本震を経験していたので、あれ以上の大きい余震は来ないとわかっていた。本震の日、ホテルに戻ったらホテルの機能(ファンクション)はすべて回復していたし、家に歩いて帰る人たちの秩序正しさを見ていたので、絶対に大丈夫だと思っていた。チケットを買ってくれた人たちのために、日本に来て公演をするのは当然のことだし、これからもまた来たい。

 ★「眠り」の見どころを。
    BRBは、衣装・装置・演出など、省略せずに伝統にのっとっているところが大きな見どころ。特に、王子がオーロラにキスをして目覚めた後のPDDは、省略するカンパニーが多いけれど、ぜひ見てほしい。

 ★映画について。
    演技の経験がなかったのでとても難しかった。正直、映画なんて2、3行のせりふをしゃべればいいと思っていたけれど、それが本当に難しいことだとわかった。監督をはじめ、すべてのスタッフの人が自分に家族のように接してくれて、よりよい演技ができるようにとモチベーションをあげてくれた。ダンスの場面も、ライブの時は集中力を高めて、この1回に全てを出し尽くすようにするけれど、そうやって集中して全て出した後で「ではもう1回」とか、「今はロングで撮ったので今度はアップで」となるので、「そう言われても」と困った。

 ★映画の中で踊った作品で、もう一度踊りたいものは。
    ドンキなども踊ったが、「春の祭典」はこの映画のために作られた3分ほどのものなので、もう一度踊ってもいい。

 ★最後にひとこと。
    演技は「むにゃむにゃ」ですが、ダンスの場面もたくさんあるので楽しんでください。映画を見て、公演にも来てくれると嬉しいです。

 ……記憶だよりなんですが、概ね、こんな具合だったと思います。違うところがあったらごめんなさいo(_ _)oペコ。自分は英語がからきしだめなのですが、チーさんのしゃべりの間にも会場からは笑いが起こっていました。

 さて、新刊を2冊ほど紹介。
 「吉田 都 一瞬の永遠」 篠山紀信による都さんの写真と都さんのエッセイ。あまり厚いものではありませんが、写真の方が重点かな。ロイヤルの舞台、リハ、スナップなど。ハイライトはやはり日本でのロミジュリの最終日の舞台でしょうが、ぱらっと見た感じでは、自分はリハ写真が好きだな。店頭搬入は20日くらいだと思いますが、版元が新書館ではなくて世界文化社なので、会場売りが出るかは不明。

 「ピルエット!」 こちらは新書館。「クロワゼ・バレエレッスン・シリーズ 1」とあるように、「クロワゼ」で連載されている実技コーナー(っていうのか?)のピルエットについてをまとめたもの。これから「ジュテ!」とか「アラベスク!」とかも出るのでしょうか。誌面通りに分解写真などで解説されています。横長の長いほうが21cmの並製ですが、薄いのでちょっと見つけにくいかも? カラー口絵はマラーホフ&ケントや、オシポワやサラファーノフといったスターたちのピルエット。で、ふんふんと眺めていたら、いきなり木村さんがっ!!……(ノ゚ο゚)ノミ(ノ _ _)ノ いや、回ってるのはコジョカルですけどね(マラーホフの眠り)。仕事中にいきなり、頭っから机に突っ込んじまったよ……。なじょしてコボーじゃなくてK村さんなんだ、そこ。どうする、その1枚のために1200円払うかっ、払うのかっ、ぢぶんっ! なんか最近試されてるんじゃないかと思うことが多いなぁ……。以前ダンマガに載ったのと同じ写真かと思って探してみたけど見つからない……orz。コジョカルとじゃなくてヴィシとだったかな、あの写真は。うーむ。こちらもぼちぼち店頭に出る頃かと。
 

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2011/05/18

大僧正の逆襲

 以前、ホワイエで友人と話をしながら、「自分は物語を見たいのだと思う」と言ったことがあります。純粋なダンスとしての美しさや超絶テクニックはそれだけで心を動かしますが……っていっても、テクニックにはあまり心は動かないな。スゲェ止まりだな……、それ以上に、ダンサーや演出家が描く「物語」、それをどう見せるのか、どう料理するのか。古典の場合は特に。

 さて、昨日たどりつくはずだった結末へ。

 その前に、フラワーガールの高村さんが可愛くてねーヽ(´▽`)/。高村さんに似合わない衣装はないのでないかと思ったりするくらい、この衣装が似合うんだわ♪ しかもコワイの。カワイくてコワイ。カワイイからコワイ。フラワーガールって、どっちの味方かわからないもんねぇ。

 ガムザッティをうっちゃらかし、ニキヤの亡霊を追う中央やや下手寄りのソロルに対し、圧倒的な音量(になってくれるとウレシイ)のラジャのテーマがかぶり、両袖からキャンドルガールだの僧侶だのが湧いて出て、ソロルを追いつめます。その頭上から畳みかけるように覆いかぶさるのが真打ち、大僧正のテーマです。文字通り、頭上から出てくるからね。しかし、こんなふうに圧迫感を持って出るとわ。

 進退窮まったソロルはガムザッティとともに大仏前の階段を上がり大僧正の前に出ます。そしてガムザッティとともにひざまずく……ことはせず、ニキヤへの誓いをもう一度立て、大僧正は挙げられたソロルの腕を掴んで降ろし、二人の手を取らせると。

 木曜のゼレンスキーも、土曜のマシューも、ここは割りとすんなり、大僧正に手を降ろさせられておりました。さかのぼれば、高岸さんも後藤さんもそうでした。「さっ!(挙げる) がっ!(掴む) ばんっ!(降ろされる)」くらいのテンポ。
 5人の中で一人だけ。「さっ! がっ! うぬぬぬぬぬぬぬぅーーっっっっぬううううううーーーばんっ!」だった人がいましてねぇ。いやもう、大僧正だった後藤さんは「なんだよなんだよ、おろせよ、おろせちゅーとるやろおらあっ!」になっちゃうし、もう音に間に合わないんじゃないかとハラハラするし(笑)。なんなんだ、その抵抗は。

 で、「あー、やっぱりフツーはあんなに抵抗しないもんだよなぁ」と思いながら土曜までは眺めていたのですが、最終日のゼレンスキーがここを「うぬぬぬぬぬぬぬぅーーっっっっ」くらいには抵抗しておりまして「あれれ」と。

 というよりも。この一瞬ともいえる「対決」に、ぢぶんは「大僧正」をみたような気がしました。ああ、これは大僧正の、ソロルへの復讐劇だったんだな、と。1場の最後、ニキヤと逢引するソロルを目撃した大僧正の激しい嫉妬、王宮からの帰りに肖像画に見せた憎しみは、結局ここへ帰結したんだ。

 ソロルを失脚させようとして讒言したものの、逆にニキヤの生命を危うくし、結局は殺させてしまった大僧正。彼にとって、ニキヤを奪ったのは、自分の邪心でもラジャの権力でも王女の怒りでもなくて、ただただソロルその人だったんだろうなぁ。婚約式でソロルを監視しながらニキヤ殺害の可否とタイミングを計るラジャ。そのラジャの動向を見定めつつ、ニキヤを助けようとする大僧正。実際にマカロワ版では、ニキヤは一度は大僧正の差し出した薬瓶を受け取るわけだから。さあ飲んで、という大僧正の懇願もむなしくニキヤが薬瓶と命とを捨て去るのは、ソロルが自分を置いてラジャたちと去っていってしまった絶望からであって、少なくとも大僧正にしてみれば、自分を拒否して瓶を投げ捨てられたわけではないだろうからねぇ。いや、実際はその時のニキヤの頭の中にはそもそも大僧正がどーたらいうのは入ってなかったろうから、それこそあさってな話ではあるんだけれど。

 ニキヤへの愛をもう一度誓おうとするソロルの腕を掴み、そうはさせないという大僧正の目つきに、ラジャの命令だの僧侶の役目だのを超えて、ガムザッティとの意に沿わぬ結婚によって今度はソロルからニキヤを永遠に奪おうという、そんな決意をかいま見たように思ったのでありましたよ。大僧正サイドから「ラ・バヤデール」という物語を眺めると、そういう具合になり得るのか。

 ……ま、単にゼレンスキーとタイマン張りたかったのかもしれませんけどね( ̄▽ ̄)。

 大僧正のやってることは総じて見当違いなんですが、そういう色事についての世間智のなさみたいのものも、「エリート坊ちゃんがそのまま偉くなっちゃった」みたいなストイックな物腰で納得感はあったような。冷徹さと情熱がないまぜになってるのは久しぶりに見たかも。部分的には「お役人」に近い造型だったかな、と思いつつ、1場のニキヤに迫るあたり、下手に引っ張っていって指さして駆け落ちを促すくだりに別の既視感が(笑)。

 ニキヤとガムザッティの「女の確執」は、見せ場でもあり派手でもあるけど、ドラマの進行にはほとんど関係がないんだな、こうしてみると。実際に物語を動かしているのは大僧正とラジャとソロルということに……というのは、その3人の目を通して物語を見てるから、なんだと思いますけれども。

 終ったような、終らないような。

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2011/05/17

ソロル、再起動

 結局、残業→カツ丼→寝落ち、という負のスパイラルから抜けられないワタクシ。いや、毎日カツ丼食ってるわけじゃないですけども。食道が死ぬよ、そんなことしたら(笑)。

 さて、話はやや戻りますが、ゼレンスキーのソロルです。木曜日に見た時はなんというか、「普通にソロル」というか「正しいソロル」というか。ああ、ソロルってこういうもんだよなー、という。技術的にではなく、振る舞いといいますか。「ヤンチャリカとはいえ、そこはマリインカの王子だもんなー」と。
 が、最終日にはだいぶ慣れてきたんだかノってきたんだか、「マリインカの王子とはいえ、そこはヤンチャリカだな、やっぱ……(^▽^)」な具合になってきまして。2幕冒頭(ソロルの自室)で友人に当たり散らしちゃうとかね。アヘンから目が覚めて、「あそこにニキヤがいたんだよー!」って婚礼の衣装を持ってきた部下たちをゆさぶっちゃうとか、微妙に既視感のある激しさに、ちょっと「あれれ」な気持ち。木曜はもう少しジェントルマンじゃなかったですかい? いや、好きですけどね、そういうの。

 結婚式が始まってからの「むすーーーっ(*`∧´)」度も、5割増しくらいではなかったでしょうか。キャンドルガールの踊りの間も腕組んでそっぽ向いちゃって。それを時折悲しそうに確認してはしょぼん、とするガムザッティが哀れでねぇ……(ノ_-。)。パパの馬鹿……。

 思えば1年半前、初演の時は、ラジャの娘とクシャトリアの青年(?)は、それぞれの覚悟で前を見据えたまま、互いに一顧だにすることなく完璧なユニゾンで「踊った」のでありましたよ。あれは一体なんだったんだろう、と今でも時折思います。

 ま、それはおいといて。

 大僧正が立っていた階段の上に、ニキヤが2幕冒頭と同じように現れます。キャンドルガールをかき分るように走り抜けるニキヤの気配に気づくソロル。それまで「死んでいた」ソロルの魂がふっと目覚めるのは、2幕と同じソロルのテーマです。そして柔らかい管でガムザッティのメロディがやさしく入るのもつかの間、ソロルが再起動するのは、3人のアテールで回転する前傾のアラベスク。「勝利」へ向かうようないささか映画音楽的な弦のテーマです。土曜のマシューもここからの盛り上げが上手かったなー、と思いましたが、最終日のゼレはさらによかった。まあ、そこはヤンチャリカでもマリインカの王子ですから、ガムザッティは丁寧に扱ってましたが(^▽^)。

 いやいや、土曜はパパが強くて大満足でしたよ。挙動不審の婿に断固とした態度を見せ、見えない影に翻弄される娘を抱き留めていたわる……っていうか、パパ枠ちょっと越境してたような(笑)。
 
 ガムザッティをうっちゃらかしてニキヤを追い求め続けるソロルの前に、というよりも、ソロルの上に、キャンドルガールやら僧侶やらを総動員した物量と、圧倒的な音量で(……にならないことがしばしばだけど)ラジャのテーマがかぶさり、行く手を阻みます。木曜はここがちょっと物足りなかったんだけど、土曜は満足。絶望的なまでにソロルを追いつめなくっちゃですよ(^▽^)。群舞をいかに「操る」か。ラジャの度量がいちばん試される場面だなぁ。

 さあ、次回最終回となるか。

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2011/05/16

バヤ話、再開。

 5/15というのは、沖縄の「土地の日」だったりするんですが、それにしてもあの「オネーギン」から1年、ということでもあって、月日の経つのは早いなー、と。あの時だったかいつだったかどこだったか(いい加減な)、K村さんにとっては「オネーギン以前/以後」という区分になるんではなかろうかと書いた覚えがあったりなかったりなんですが(いい加減な)、4月のバヤ以後もそんなことをちょっと思いつつ。

 って、もうバヤからでも1ヶ月経ってるんだけど、とりあえず続けますよ。もうこれがちゃんと終れるかどうかは東電にかかって……っていうか、ちーちゃんことツァオ・チーを見るまでには終りたいんだよ、自分だって( ̄▽ ̄)。

 マカロワ版3幕といえば、幕開けから板付きの学典則……じゃなくて黄金仏。このところぐんぐん頼もしくなってきている松下さんに一日の長なのは当然といえば当然だな。前回よりも貫録ついたなぁ。今回初役の井上くんはもう、幕が上がった瞬間に「カ、カヴァエェ……ヽ(´▽`)/」……て、オヤジか、ぢぶん。固まり切らない水銀がころころ転がっていくような仏像。同じく初役の宮本くんはてんぱっちゃってたなぁ(←意外とあるんだ)。
 ロシア系だと婚約式の余興の踊りなんですが、ここの場面に持ってくる場合は「神の怒りを表してる」ような説もあり。仏像が余興踊るよりはリーズナブルな気もしますが、単に「神殿の奥で魑魅魍魎が踊ってる」くらいでかまわないんじゃないかな、とも。後で亡霊も出てくることだし。フィニッシュは最初の階段の上に戻ってポーズ。そこへ後ろから現れた大僧正が衣を広げ、隠しているあいだにそそくさと退場なんですが。

 最終日の大僧正が例のポーカーフェイスで現れて、ちょっとぜいぜいしちゃった仏像をかばうかのように前に立ちはだかって衣を広げた途端にですね、「あ、大僧正の使い魔だったのね( ̄▽ ̄)」と。絶対、王宮に向かって式神打ってるよ、この僧正。

 それはそれとして。

 寺院崩壊の場がついている版はほかにマールイのボヤルチコフ版とボリショイの……誰だっけな、の版をみてるんですが、音楽がどうだったのかよく覚えていない(笑)。マカロワ版の音楽構成が、どこまでランチベリーによるものなのかはボニング盤の解説を読んでもよくわからないんですが、この3幕の編曲は、何度聴いてもイイ! と思うんですよ。細かく聴けば聴くほど、主要キャラクターのモチーフが上手くちりばめられていて、誰がどう動くのかが聞えてくる。いや、自分が散々見たからだってのもありますけども。2場でラジャがガムザッティのベールを取る、あのテーマが今度は葬送行進曲のようになって新郎新婦入場に使われ、さらに最終曲でのソロルの再生への導入にそっと変奏されるあたりはゾクッと来ます。キャンドルガールのアレンジも原曲より好きだったりして(笑)。

 その葬送行進曲のような新郎新婦入場。その後のガムザッティのソロが秀逸でした。そもそも政略結婚であったこの縁談。けれどガムザッティの方は彼を愛し始めていたのに、その歓びもつかの間、もはやソロルは自分を愛することはないだろう。木曜日の田中さんは、しかしそれでもラジャの娘としての勤めを全うする覚悟を、日を追ってグラデーションのように悲しみへと比重を移しながらの舞でした。こんなに悲しいガムザッティを見たのは初めてかもしれない。だれ一人幸せになることはなく、しかし執り行われなければならない結婚式。

 で。この寺院の場の大僧正は、それまでの場に比べて存在感がない。あるいはしどころがない、と思っていたわけです。ニキヤが死んだ後に執り行われる恋敵と王女の結婚式。王の命令に唯々諾々と挙式を行うのか、ニキヤの死とともに抜け殻になったのか。

 ま、でもあの人のこっちゃから、どっかで意表をついてくるよねぇ、と、そういう信頼だけはあったんだよな(笑)。一貫した「そこから見た物語」を構築してくる人だもん。

 さ、明日は寝落ちせずに書けるかなっと( ̄▽ ̄)。目標はあと2回です。そんなに書く気か。

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2011/05/15

チェルノブイリの風しもの村

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 5/14の丸木美術館から、都幾川の川原をちらっと。日が陰ると気持ち良いですが、お日さまが出ると暑い(汗)。外で遊ぶなら日焼け止めがいりそうな1日でした。新緑の季節が過ぎて、緑が濃くなって、夏が近づいている感じ。……そして相変わらずウグイスはおさかん、と(笑)。コジュケイがよく鳴いてたな。ちょっと前までは珍しくもなんともない鳥だったのに、すごく久しぶり。

 さて、現在の企画展は「チェルノブイリから見えるもの」。本来、今年の秋に予定されていたものが、このかんの事態を受けて前倒し開催になりました。貝原浩氏のチェルノブイリスケッチの原画を中心に、本橋成一氏のチェルノブイリの写真、広河隆一氏のチェルノブイリと福島の写真。

 本橋さんの写真はやっぱりいいなぁ。「ナージャの村」と「アレクセイと泉」からがほとんど。映画「落葉」はグルジアだけど、あの冒頭に出てくる農村の生活風景とどこかつながるような気がする。広河さんの写真はもう少しジャーナリスティック。キャプションの付け方もあるんだろうけれど、目配りの仕方、かな。福島の写真は4点ほど。

 お目当ての貝原さんの原画。貝原さんは2005年にガンで亡くなるまで、長い間ミニコミの表紙や風刺マンガや書き文字などを描いていて、自分たちはずっと「画伯」と呼んでいました。自分は95年に敗戦50年企画として1年発行した月刊のミニコミの編集スタッフとして、東中野にあったアトリエにお邪魔したのが、多分「認知」された最初。「怪」とか「傑」とかいう字の似合いそうな人でした。本当によく飲む人だったなー。

 今回の「風しもの村」は、チェルノブイリの事故の時に風しもにあったために、汚染されて封鎖地区となったベラルーシの村。92年に「日本チェルノブイリ連帯基金」の訪問団の一人として、小室等氏や本橋さんと訪問した際のスケッチで、92年に平原社から、今は増補されてパロル舎から出ている同名の本の原画です。スケッチといっても大判の和紙に(650×1820程度)墨で描かれ、彩色されたものに、絵詞のように文章が添えられたもの。それに独立した鉛筆画などがいくつか。大きな企画展示室に貼り出されたそれを見た瞬間に、「ああ画伯だ」と思うほど、それはもう、貝原さんだった。土地と人への愛情に溢れながら、より大きな理不尽なものへの疑いと怒りを隠さない。それは印刷された本で見るよりも(パロルだからかなりいいものなのだけど)、ストレートにやってくる。

 村も水も土も食べ物も、ペチカで燃やす薪やその灰すらも汚染されている。それを知りながら、見知らぬ土地で暮らすよりも、禁じられた祖先の土地での暮らしを選んだ人々。「サマショーロ(わがままな人たち)」と呼ばれる彼らは、ごく普通に、今までのやり方で、耕し、収穫し、踊り、歌い、飲み、食べる。子どもも、年寄りも。どんな土地にでも、人の住むところには生活がある。そして人々は生活を楽しむ術を持つのだ。貝原さんの絵は瞬間瞬間を切り取りながら流れ行く時を捉える、まさに「絵巻」である。

 本の解説によれば、子どもの甲状腺ガンは95年以後欧米レベルに戻ったそうだが、大人の甲状腺ガンは増えているとのこと。大人ほど遅く症状が出る、ということだろうか。そして「石棺」と呼ばれる、コンクリートで固められた4号機は、壁からまだ放射能を出し続けている。92年の訪問団の一人である小室さんの文章が、展示室で読めるようになっていた。4号機前での滞在許可時間は5分だけ。もちろん防護服を着て。

 画伯がガンで亡くなった時、自分を含めた何人かはやはりチェルノブイリの取材のことを思った。オツレアイが「本当は行って欲しくなかった。でも絵かきとしての彼を思うと、行ってよかったと思う」ということを言っていたと、何かで読んだ。ダンナの息子が「オレはフクシマに取材になんか行って欲しくない」と言った。自分もそう思う。広河さんや豊田さんはじめ、「危険地帯」に入って取材を続けているジャーナリストの身近な人たちも、おそらくは同じ想いを抱えながら、彼らを送り出している。そして行った先に、人は、住んでいるのだ。

 展覧会は6月11日まで(こちら)。今回自分は、池袋10時24分発の急行にのり東松山駅下車、11時27分発の巡回バスで、美術館に昼前に着きました。帰りは14時58分発の高坂駅行き巡回バスで、15時36分だったかの急行に乗り、池袋にほぼ16時半に着。レストラン等は併設されていないので、池袋のデパ地下でおにぎりを買って、美術館の休憩室で川を眺めながら食べました。「原発の停止を求める署名」をしましたが、私の前の人は福島からいらしてたようです。

 こちらの貝原さんのサイトの「これまでの展覧会の記録」で、「風しものむら」を含む、画伯の絵が見られます。

 

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2011/05/14

花の写真いくつかと、関係ない覚書

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 ちょっとさまざまありまして(主に仕事関係)、へばってます。明日は早起きで丸木の予定。上の写真は4/30の美術館裏ですが、もう季節が変わっているだろうか。この時期は早いからなぁ。あまり混んでないといいな……というのは、美術館には申し訳ないな(笑)。

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 なので、30日の写真を最終放出(笑)。たんぽぽはもうみんなボウズになっちゃってるかな。やっぱり「懐かしい風景」なんですよね。同じではないけれど、見たことのある風景。それはぢぶんの「原風景」ってヤツに近い、ということなんだろうな。草原でも公園でもない「はらっぱ」。大概は休耕地と川の土手ではありましたが。

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 自家用とおぼしき小さな畑の端っこによく作られているのがヤグルマギク。うちの中高は「園芸」という授業がありまして、フラワーアレンジメントでよく使いました。青や紫のが好き。

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 これも畑の片隅。芝桜は白が好きだけど、あまり見なかったなぁ。もう花は終ってるだろうな。

 唐突なようで、そうでもないようですが(どっちだ)、ランチベリー版(マカロワ版)のバヤデルカを聴きながら、ダンス、あるいはバレエにおける「音楽性」とは結局、「音楽を解釈する力」なのではないかと思ったりもしてみています。つまり「拍」や「旋律」ではなく。「音と合っている」かどうかではなく、「音とパ」の意味するものそのものを自分の中で再構築していく力。踊っていてもいなくても、あるいは踊る役でなくとも、「その音楽」を解釈することで、その舞踊性とでもいうべきものは担保されているのではないかと(立ち居振る舞いだけによるのではなく)。そんなことをちょっと考えています。あの最終曲は男3人の対決のドラマなんだなあ、というのは、モチーフを聴くとよくわかるのか、対決好きの人で3役見ちゃったからそう思うのかはよくわかりませんが(笑)。

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2011/05/13

食後のペリカン

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 ついでなので、食後のペリカン。写っているのは6羽ですが、全部が食事にくるというわけでもないそうです。だいたいこれくらいだと思うんですけども。
 念のため、黒いのは鵜です。これは飼っているわけではなく、「野生生物」だそうで。園外の不忍池でも漁をしてますわな。

 給餌が終った後で来た親子連れさんが、「ほらほら、ペリカンの子どもって黒いのよ。「醜いアヒルの子」のお話知ってるでしょう」とお子さんに説明を始めてしまって、こういうのにでくわすと、訂正するのが親切なのか不親切なのか迷うんですけどねぃ。どーすればいいんだ、こういうときは。

 ……だから、「力道山はお野菜食べなかったから死んだ」みたいな話が……。

 
 ま、いろいろありますが、とりあえず東北のガイドを買って、北上あたりの検討してみる。ガイドブック、役にたつんか……orz。
 今回は木曜のソワレとて、木・金と休まないわけにはいかないので、いっそ二泊三日で旅程を組むことに。前回はマチネだったから日帰りだったし。
 獲得目標は竜泉洞と中尊寺だけど、竜泉洞はうっかりすると1日がかりになりそう。ソワレの後で盛岡まで行って泊って、金曜は竜泉洞+盛岡市内というのがよさげだけど、土曜にあまり詰めた日程を入れたくないんだよなぁ。ちなみに竜泉洞は今こんな感じだそうです。岩手まで行くことは滅多に無いと思うので、この機会に行ってみたいんだけども。

 

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2011/05/12

ぎゃあぎゃあ。

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 ぎゃあぎゃあ。3羽の白鳥ならぬ3羽のペリカン。しかも2羽はユニゾン。
 東バブログ更新。乾さん、いつもながらいいお仕事ー♪

 ……なんだけど。非公開学校公演の「白鳥」、弾くん&二階堂さんの若手ペアは「しっかりやれよー♪ いつか本公演でも見せてねー♪」なんだが、同じく非公開学校公演が木村&吉岡って、アンタ……orz。
 
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 ぎゃあぎゃあぎゃあ。超本命プリンシパルペアがなんでそこっ!!! 公開だったらもう沖縄だって福岡だって札幌だって行きますよー(←微妙に行きやすいところだな)。学校は無理だ。昭和女子は前の会社で担当してた時ならなんとかなったかもしれないが、さすがにもう無理だ。以前母校で貸し切り公演やった時はOG枠の連絡があったけど(←前にボッレが来た時)。ぎゃあぎゃあぎゃあ。
 そういえば、ソロルの時も一人だけ学校公演で非公開だったような気がしてきたよ……orz。ぎゃあ。

 (↑ 思い出したので訂正。学校公演じゃなくて、青少年向け公開ゲネプロだと思われ。5/12記)

 ……明日の大林カントクの映画祭もチケット捕れなかったんだよなあ。うーむ。

 その一方で、ツァオ・チーのチャレンジ・プレオーダーには当ってたりする……( ̄▽ ̄)。それくらいでこの悲しみが埋められるもんかいっ!
 
 とまあ、ちーちゃんにはえらく失礼なことを言ってみたりはするのだが。

 今回、モラレスの写真を見た感じ、ちょっと好みそうだったので、「真夏」をモラレスで見て、「眠り」をちーちゃんで見ることにしたんだけども、兵庫のインタビューやら何やらを見てるうちに、やっぱり「真夏」も見たいかな、リピーター券で行けばいいかな、と思っていたところへのプレオーダー。今の感じなら、オマケの上映会も早退で行けそうだしな(休むのはまだ無理)。

 ま、席はアレです(笑)。以前この辺で「ジゼル」見て、最後は墓になだれ込むマラーホフの後ろ足の爪先だけが見えてたなー、というあの辺り( ̄▽ ̄)。デメトリアスの寝顔は絶対無理、という気がしますが、いいよ今回はデメトリアスは。
 そういや前にみた時は2階前方で、デメトリアスの寝顔見放題で楽しかったなぁ……って、話がそこはかとなく戻っているような。

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 写真は、3/6に上野動物園で撮ったペリカン。この日はペリカンの公開食餌(って、道から見えるところで給餌するだけですが)があるとて、ガンガンに撮ってきたものの、翌週の地震でお蔵入りになっておりました。「ぎゃあぎゃあ」というより「エサをクレー」のような気もするが、それはそれで趣旨からはずれてはいないかと( ̄▽ ̄)ウエテンダヨ。せめてレポ写真、ガツンと上げてくれぇ、ガツンと。

 ぎゃあぎゃあ。

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2011/05/11

小ネタ+藤など

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 小ネタ。Dance Cubeが更新されて、スタダンのシンデレラや東バのバヤなどのレポも。スタダンのシンデレラは一度は見たいなー。ガラでPDDだけは見たんだけど。鈴木さんの振付は割りと好きなんですよね。奇を衒わないというか、オーダーメイドな温かさがあって。

 横須賀芸術劇場のサイトには、6月の「白鳥の湖」のプレイベントのレポがあがりました(これ。PDFです)。「vol.1」ってことは「2」もあるんだろうか。
 佐伯さん、吉川さん、ナガセさんのトークと公開レッスンの報告。三人でトロワの実演もあったそうです。近くで見たらまた違うでしょうねぇ。……ナガセくん、あの赤のツナギは勝負服なのか……?

 つうことで、もう少し東松山の写真。

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 これは浄空院へ入る参道というか脇道というか。やはり日本タンポポのようですね。このすっきりひっそりした感じが好き……というより懐かしい。西洋タンポポは「ダンディライオン」がぴったりくる。

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 丸木美術館は、東武東上線の高坂駅と東松山駅から出る循環バス(100円均一)の、「丸木美術館北」(高坂発)と「浄空院入口」(東松山発)の二つのバス停が使えます(除日祭)。その二つのバス停の間に美術館の大型車駐車場があって、この藤はそこで撮りました。高い木の上の日当たりのいいところに、勝手に登っていって勝手に咲いてる(笑)。4月30日の撮影なのでまだ七分咲きくらい。

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 これも道端で勝手に咲いてた藤。野生のものは、線が細くて、それでいてしたたかなような気がします。

 丸木美術館の学芸員ブログ(これ)に、実習生受け入れの話が載っておりまして。そうか、あそこで実習できたんだなー、と。自分は実家の近く(隣駅)の郷土資料館で実習させていただきました。2年の時にコースが新設されたばかりで、事実上の一期生で人数も少なかったので大学側で斡旋してくれたんですが、地元が遠すぎたり、受け入れ枠がなかったりした学生はまとめて生田の民家園に放り込まれていたような記憶(笑)。まあ、実家から丸木へは通えないからどのみち無理でしたけども。
 30日に行った時に挨拶してくれた若い人も、実習生さんだったのかな。

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2011/05/10

タッチキンのつけたり。

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 「こんな時にゴルフ」で思い出すのが山東昭子と森首相(当時)っていうのがナニだよなぁ。みんな、そんなにゴルフが好きか。「シアターアッパレ」(業田良家)に出てくる山東の「それでも私はゴルフに行くの。」は好きだったが(笑)。

 タッチキンの「白鳥」で、思い出したことの落ち穂拾い。

 ハンガリーのおっさんことサイケーエフは、家庭教師と二役だったのを、キャスト表をしげしげ眺めてやっと気づいた(笑)。だって、白髪のおかっぱヅラだったし。1場はルダコが両手に杯持って突っ立ってたりとかしてたしさ(こらこら)。ちょっとググったくらいでは、どこの人なのかはわかりませんでしたが、前回の来日時にはロットバルトだったらしい。ロットバルトとハンガリー+家庭教師ではどちらがハードか……。うーむ。最終幕は確かに王子との対決があるんだけど、微妙な……。彼のロットバルトなら断末魔も見事だろうなぁ(^▽^)。

 で、思い出したのは1場の最後。道化が王子に「自分も(白鳥狩りに)連れてってくださいよぅ」とお願いしておいてきぼりになる演出はいくつかありますが、今回は王子が弓を持って下手に捌けた後、弓を持った道化と家庭教師が上手から出てきて、あーじゃこーじゃした揚げ句に、上手にすっこんでいく家庭教師を道化が後ろから射かけるというコント(?)が入ったのでありました。

 ……はっ、舞踏会に家庭教師が出ないのはもしやΣ( ̄ロ ̄lll) ド、ドウケ……

 ポロネーズの最後に「王子、カモーン! ヘイ、カモーン、カモーン!!」っていうマラーホフ氏の家庭教師も好きですけどね。ブレグバーゼ父っつぁんのじいやを見てないなぁ……(ノ_-。)。ポロネーズはちょっと振付がちがったような気がするけど定かじゃない。

 王子が狩りに出かける前に、おきっぱになってた本をぱらぱらと読んで、「ふう」とか溜息ついてたのが可愛かったな。

 コレスニコヴァがサポート付きのピルエットの時に、片腕→両腕という風に手を上げていきながら回るのが、ちょっとフィギュアのスピンのようでもあったけど、なかなか美しかったことを付記。

 写真は今年の3月、上野動物園の白鳥。

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2011/05/09

タッチキンの白鳥

 さて、しのごの言ってないで、ごのろくのでタッチキンをあげちゃいましょう。

 昨日も書いた通り、おおざっぱにセルゲーエフ版なので、特に目新しい演出というのはありませんが、頭の中のデフォルトがボヤルチコフ版になっちゃってるし(多分いちばんたくさん見てる)、最後に見たのが松山の清水版だから、そこはかとなく「久しぶり」な感じ。

 衣装はさすがロシア(お金のある方)といいますか。1幕の男性群舞は黒と白で、小さいマントがついていてなかなかでしたが、女性が遠目にみるとアラブ風に見えるような妙なものをかぶっていたり。花嫁候補も妙なものをかぶってますが、まあ両方ともオペグラでみると「中世ヨーロッパ風」なんだろうな、と思うものではあるんですけども。道化やトロワ、王子は普通。

 トロワのルダコさんは、そういうわけでマイペース・ルダコさん健在(生じゃない焼き肉食えよ!)でしたが、2ヴァリの小林さんはタッチキン氏が口上で「日本人に踊ってもらいます」的なことを言っていたので、故郷に錦抜擢なのかな。まだジュニアからシニアに上がったばかりのような初々しさでした。ちょっといっぱいいっぱいだったけど、アチチュードなんかは「ぴっ!」と決めてました。

 とにかくすごいのは道化のアバタロフ! 道化ダンサーにしては長身だと思いますが、ザンレールを含めたジャンプも高く、1幕の見せ場の大回転は久しぶりに「すげぇもん見たー♪」とお口開けて見ちゃいましたよ。2幕(舞踏会)の侍女との踊りもよかったですねぇ。すかっとする道化(てのも変?)でした。ほかに何がレパートリーなんだろう。
 家庭教師は白髪のおかっぱ。群舞の男どもにガンガン飲まされて寝ちゃうのを王妃に叱られるんだけど、王妃の露骨に嫌そうな感じが、潔癖そうで面白かった。

 さて、コレスニコヴァ。思ったほど「濃く」はなかったかなぁ。「白鳥姫」というよりは「女王」の風格。2幕のオデットはその腕使いにちょいと感嘆しました。自分は白鳥の「腕」をぐにゃんぐにゃん蛇動させるのは、実のところ好きじゃないんです。それがどんなに滑らかで、人間離れしてても。鳥の翼って、骨に支えられてるから空を飛べるんだからねぇ。コレスニコヴァの腕の神経の張りつめ方というか、肩から出て指先へ抜けるまでの、力の通し方というか。しなり、ですかねぇ。力の抜き所がまったくない。いわゆる「バレエのお約束としての白鳥」とはちょっとズレがあるように思うんですが、それだけにすごいなー、と。

 個人的にはオディールの方がぐっとよかったです。生き生きとしていて。ロットバルトの娘というよりは妻っぽかったけどな(笑)。王妃くらい、鼻先で飛ばせそうでありました。特に、窓辺にオデットの幻影が現れた後がよかったですねぇ。「ほうら、私がオデットよー、ちゃんと思い出してー」というのがなかなかに。32回転は高速シングルで、後半の1ケ所、音がトリルになるところだけ、トリルに合わせてダブルというのはちょっと粋。

 で、噂通りに踊りはドラマティックでありましたが、ドラマはないんだよねぇ(^▽^;)。踊りのドラマティックさが物語に結びついてない。そういうこともあるんだなぁ。

 王子は、普通に王子でした。踊りも柔らかいし、マナーもよし。相手がコレスニコヴァじゃなくて、若いお姫さまタイプのバレリーナだったら、きっとすごくいい王子になれるんだろうなー、と。コレスニコヴァも相手役には事欠きそうだ。誰ならいいのかは思いつかないけど、同世代か年上の強いラインをもった男性と踊れば、全然違った世界が開けそうな気もするし。

 宮廷舞踊のソリストは、スペイン以外は前もって入場してたんですが、踊り出すまでそれとは気づかなかった。ただの貴族の人たちだと思ってましたよ(笑)。スペインは赤と黒で、女性が甲冑みたいなのを上半身に付けてるという( ̄▽ ̄)。マールイのロミジュリ(新版)かと思った。ナポリは男女ソリストと女性四人だったかな? 男性は途中でリュート→タンバリン持ち替え。女性が上方に差し出したタンバリンを、男性がてのひらで、ぺたん、って打つのが可愛かったな。ハンガリーは紫の衣装の男女ソリストと、えーと、コールドが数名。これがいちばんよかった。マズルカは通常通り4組ですが、えらいことになってた。完全崩壊。花嫁候補も崩壊してたしな。

 ハンガリーの男性ソリストがちょっと東洋系の濃い顔立ちで(笑)、入ってきた時からなんかこう、「デジャブー」いっぱいで。後ろでずっとパートナーの女性(+そこらを通りかかった人)とあれこれ芝居してたんで、踊り出すまではただの貴族の人だと思ってたんですけど、踊り終ってからもずっと後ろであれやこれや……。
 で、踊ってる最中に思い当たりましたよ。「後ろにいるときの芝居の入れ方と、踊ってる時の無駄に偉そうな感じが、だれかとクリソツ」
 ……いるんだ、そういうヤツが。帰りにプログラムを立ち読みしましたら、プリンシパル・キャラクテールの人で、どこだか覚え切れないところの出身でした(どこだよ)。ディムチク・サイケーエフ、69年12月生まれ。そーかい( ̄▽ ̄)。

 えーと、戻りまして2場。ロットバルトは黒の全身タイツに腕の羽根がちょっと少なめ。白鳥のコールドはちょっとばたばたしておりましたが、久しぶりに小さい4羽が崩壊するのを見ました。大きいのは2羽。上手奥と下手手前から対角線で始まるミラージュ型なので、これがユニゾンできれいに揃うと面白いんですが、いかんせんこれもばらんばらん。浅黒い方の人が、ぱきんぱきんで全然白鳥ではないんですが、でもこういう思いきりのよい人は好きだなー、とちょっと思いました。

 3幕の湖畔は、えーと、これも崩壊してました。王子が湖に戻ってからのPDDは削除。オデットが王子をかばって悪魔に向かっていって倒れ、客席の方を向いてもう一度誓いを立てたりしていた王子がそれに気づいてアワアワし(←そんなことしてる場合か、こら! というおっとりさであった)、コールドの白鳥が出ていって倒され(←この当りが微妙にゴルスキーっぽい)、最後はオデットバズーカとカメカメ波で弱った悪魔の片羽根を王子がもぎとり、ちょっとだけ悪魔が渡辺綱をやったりして、あとは中央で倒れてました(悶絶が足りないと思うのはぢぶんの悪いクセ)。

 というわけで、とてもとても楽しかったです。何度も見たいかと思うとそういうもんでもないですが、初めて見るカンパニーってのは楽しいもんです。コレスニコヴァは「ニキヤが好き」というので、これは見たいですが、影のコールドがかなり不安だな。「次はこの人で見たい」という目立ったソリストがいないのも、カンパニーの魅力としては弱いかなと思いますが、ハンガリーのおっさんはもう一度見たいかと(ルダコもね)。

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2011/05/08

ルダコさんとタッチキン氏。

 連休も終わり、ただの土日なんだな、既に。神奈川県民ホールからしばらく前にDMが来まして、今年の松山の「くるみ」12/10(土)は森下・清水組。マールイは12年1/9(月・休)。演目・キャストは未発表ですが、S席13000円とのことであります(業務連絡)。

 タッチキンの「白鳥の湖」に行って参りましたよ。連休中、3日間もオーチャードに行って、4日間も裏のヴェローチェに入ったよ( ̄▽ ̄)。

 席は2階下手バルコニー。座席を取った時はまだ払い戻し期間中だったせいか、「そこが空いてるならそこがよかったなー」という席もちらほら。ここはバルコニーも千鳥配置になってないんだよなぁ。改装でよくなるといいんだけど。

 さて、キャスト表ではルダコさんがトロワとスペインにキャストされてて、「おー、なんて合理的な日だ!」と思ったもんですが、結局、スペインの方は別の人でした。トロワで力尽きたか、同姓同名のダンサーがいるのか、単に間違えたのかはわかりませんが、残念なこってした……orz。帰りにプログラムを立ち読みしたら、プリンシパルなんですな(^▽^)。ちゃんとジークフリートの衣装のお写真がありましたよー♪ コレスニコヴァが相手だと、鼻息で飛んじゃいそうだけどな。まあでも本国では別のダンサーも主演を踊るのでありましょう。

 踊りの方は相変わらずというか、期待を裏切らないというか、「あー、ルダコだ♪」でしたです。開いて伸びるアラベスクの手のぞんざいさとか、もう全然変わってないぞ、おい。「お手々がお留守だぞっ」「ぺたぺた歩くなっ」「ぼーっと立つな、ぼーっとっ!」「あ、電池切れた……orz」とかまあ、叱咤しつつもですね、ジャンプの着地は前よりもぐっと静かになっておりましたよ。時々やらかしちゃってましたけど。サポートも上手くなったんじゃないですかねぇ? パートナーに対するマナーがいいので、そこは気持ちがいいし、以前よりアワアワしなくなったしな。

 開演前にタッチキン氏の口上がありました(長かった)。「七年間も日本に来られませんでした」という一言に「お前のせいだろう」とツッコむお下品なワタクシ。えーと、かいつまんで言うと、今回はロシア政府の渡航自粛要請などもあって延期になっちゃってスミマセン、でもみんな来てくれてありがとう、オケも連れてこれなくなっちゃったけど、今回のオケも素晴らしい、偶然とはいえ日本との共同作業ができてウレシイ、これからは毎年来たい、気軽に来て欲しいからお値段安くした、安いけど良い子が揃ってまっせー♪ ……てなとこ。
 毎年かよ、と思ったけど、同じピーテルのマールイも年2回来てましたからねぃ。マールイが売られたり監督が変わったり、来日についてもごたごたっとしている今日この頃、「うちとこもうまくいけば」的な考えもあるのかな? と邪推してみたりもしましたが、まあそう上手くは行かんだろうなぁ。マールイの魅力って、若い(当時)ダンサーたちの成長と伴走していく楽しみも大きかったから。

 肝心の「白鳥」ですが、セルゲイエフ版をベースにちょこちょこと改訂してありました。プログラム買ってないからわからないけど、誰誰版みたいな名前があるのだろうか。
 大きな違いは湖畔の「大きな4羽」が2羽のミラージュ型に。他所でも見たことはあるんだけど、どこの何版だったか覚えてない(ノ_-。)。ダンチェンコかなぁ。3幕(湖畔)は、大枠ではセルゲイエフ版だけど、テイストがゴルスキーっぽい(笑)。しばらくセルゲイエフ版を見てないから細かいところは忘れちゃったなあ。最後は「最終兵器オデットバズーカ」で、ロットバルトの片羽根もぎとりなんだけど、王子がオデットからエネルギーもらってカメハメ波を出してたような気が。
 あ、スペインの衣装がスゴイです。ケフマン謹製かと思った。

 残りはまた。会場売りのDVD(もちろんコレスニコヴァ主演)、トロワにルダコさんが出てたりしないかな、と思ったら、ヤパーロワ&ヤフニュークでした( ̄▽ ̄)。3000円。

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2011/05/07

なんということはない花。

 まだいろんなことが中途半端にしかまとめられてなくて、しかも明日はタッチキンなんだけど、ちょっと疲れも出てるので、30日の写真などでお茶を濁してみる。

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 丸木美術館裏の都幾川の風景。

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 木のうろにびっしり詰まったキノコ。サルノコシカケとかその類いの。

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 かつてのうち(深大寺あたり)も、原っぱや川原(野川べり)は大体こんな何ともしれぬ単子葉植物でいっぱいでした。不用意に寝ころぶと、ちょっと切ったり、背中に枯れた茎か何かささったりするような(笑)。犬の落とし物とかも( ̄▽ ̄)イヤー。

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 こんな感じでね。タンポポ、カラスノエンドウだかカスマグサだか、ハルジオン、ヒメジオン、ハコベ、ペンペングサ……。

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 ホトケノザ。まだ蜜を吸うには早そうな。

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 ニホンタンポポですかねっ♪ 70年代はまだ三鷹あたりにも分布してました。最近白タンポポを見ないなあ……。てか、ジシバリすらあまり見ない。ニガナはそこそこ生えてるけれど。

 ナンバーワンでもオンリーワンでもなくていいじゃないですか。そこらにある、なんちゅうことのないもので。かけがえがない、とか、尊いとか、そんなことどうでもいいじゃん? と、最近思うわけです。だから「なんちゅうことのないものだから尊い」とか、そういう価値付けもね、鬱陶しいと。価値付けも意味付けもなしで、「そこにある」、と。

 ……だんだん禅に戻ってきてるような。

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2011/05/06

こどもの日すぺしゃる。

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 4月30日丸木美術館の大型車両用駐車場にて、野生の藤。まだ七分くらいだったけど、もう満開になったころかな。

 今日は、松山の「こどもの日スペシャル」の15時の部を見に。配役が発表されているわけではないから(森下さんがお話のみで、清水さんは出ない、というのは発表済みだが ^▽^)、午前と午後の座席を見比べて、いい席の方を取りました。やっぱり子ども向けプログラムだと11時の回の方が行きやすいのだろうか。

 しかし、去年の「こどもの日」(これ)からもう一年経つのか……。早いなぁ。

 今年も進行は同じようなものです。最初に、司会兼解説のお姉さんが、子ども向けイベントによくあるハイテンションな挨拶をして、森下さんが……中味をよく覚えてないけど、確か「自分は広島で生まれて、人々の力で復興していくのを見た、今度(の震災)も乗り越えられる」「いつも一年生のような気持ちでお稽古を続けている、どんなことでも続けていくことが大切」みたいなお話。それから去年と同じく、ジュニア・ハイスクールのお嬢さんがたのデモンストレーション的な演目があり、そのまま「夢の王国」という演目の中からヴァリエーションをひとつ。配付されたプログラムによると、「世界小劇場で子どもたちが踊ることを学び、成長する」というような作品のようですが、今日踊られたヴァリエーションは、ガムザッティ(ないし海賊)のヴァリの音楽で、振付を改訂したもの。前半はかなりスタンダードと違っていたように思いますが、後半のイタリアンフェッテも上げた脚を水平に保ち、アチチュードの形もちょっと違ったように思います。なかなか不思議な感じでした。踊った京峰舞さんは、やわらかい踊り方をする印象。

 幕が一度閉まって、白鳥の湖の2幕。なんとマチ・ソワとも王子が垰田さん! いやー、清水さんが出なくて、鈴木さんが第二部の大春を踊り、石井さんがお留守となると、そういう配置になるんだなぁ。2幕だと出るにしてもベンノだよなあ、と思っていたのでびっくりでした。オデットは熊野文香さん。

 2幕冒頭の、ロットバルトと白鳥たちが少しあり、グランアダージョ、小さい四羽、王子のV、オデットのV、大きい四羽、コーダだったかと思います。ここのロットバルトはジュディ・オングが小林幸子になったみたいなヤツだったんだっけな……。そして、グランアダージョは「ドリゴの休止」なし、原曲通り。

 垰田さんは、ちょっと気は弱そうで、優しい王子でした。「王子」らしい王子。松山の王子はどうかすると、「私が最後の王となって共和制に移行する」とか言い出しそうだからなぁ(なんだそれは)。脚が細いなー。そしてやっぱり手が大きい。ぢぶんが、ちょっといいな、と思う人は大概手が大きいな( ̄▽ ̄)フェチ? サポートだけかと思ったら、ヴァリエーションもあったのがウレシイ。脚が時々アワアワっとするのが相変わらずですが、手の返しがきれい。ここの男性は後ろ脚が弱点な人が多いんですが、その例にももれず。アダージョの中で徐々にオデットへの愛情が沸き上がっていく感じがよかったです。しかしこの線の細さで、清水版最終幕の「闘う王子」はダイジョブなんだろか、と、ちょっと余計な心配も(笑)。松山の男性陣は濃いからなぁ。

 熊野さんは、ちょっと貫録(笑)。鈴木さんあたりの頼りがいのありそうな王子だとまた違うかな。ヴァリエーションがとてもやわらかくて暖かみのある踊りで、ちょっと母性を感じさせるようなオデットでした。熊野さんに限らず、女性たちがみんな、ちょっと独特の手首使いをやわらくこなしていたのが印象的。
 
 後はまたー。

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2011/05/05

白毛女についてのとりあえずの結論

 松山の「白毛女」を見てきました。いやー、いろんな意味で面白かった。今回は1階のかなり前方。イープラスで席を取ったんだけど、もう「うんと前」と「うんと後ろ」に二者択一で(T_T)。二度と見る機会がないかもしれない演目、いちかばちか府中で二階席を取る覚悟で一階前方を取ったんですよね。んで、府中で二階を首尾よく取ったまではいいが、公演中止になったという……orz。

 まあでも、結果的にはよかったですよ。斜め前の人の頭で若干欠ける部分はありましたが、致命傷ではなかった。テープ演奏でしたが、森下さんが一緒に歌っている(多分)のや、「はあっ!」とか「ふおっ!」とか、思わず出してしまうような「声」と「息」の間のような気までを聞くことができました。

 初演は55年。なんというか、中国の短い「いい時代」のさなかというべきなのか。日本で言うと原水禁世界大会の第1回で、砂川闘争の年。前年が第五福竜丸事件で、翌年が国連加盟。紅衛兵の100万人集会は66年だから、それより10年前ということになります。元になった魯迅芸術学院の歌劇版の初演が45年(!)。実写映画が50年、それを見て観劇した松山樹子氏がバレエ版を作成、今回が第3次改訂、と。

 初演、改訂版とどうちがうのか、比べられないのが残念ですよー(ノ_-。)。折角お高いプログラムなんだから、上演史的な解説がついててくれればいいのになあ。中味については、基調報告(「構成ノート」のとこ)と人物紹介と場面割りがあれば十分だから。いやもちろん、この「過剰さ」が清水イズムなのはわかってるんだけども。

 それはさておき。

 いろいろと見どころもツッコミどころもありましたが、こんな風に生き生きとした松山の群舞は初めてみるような気がする。いつもその物量に負けて遠目の席を取ってしまうせいもあるのかもしれないけど、古典ではなかなか見られないようなダンサーそれぞれの表現が多くの場面でみられました。くるみにしろ白鳥にしろ、あるいは「群像劇」であるロミジュリでさえも、清水さんによる厳密な演出が感じられるのですが、今回は「中国革命劇」であるにもかかわらず、というかむしろ清水さん的には「それ故に」、個々に委ねられた部分が大きかったように思えました。

 それがいちばん感じられたのが二幕冒頭の白毛女の群舞。これは、あまりにも凄惨な体験から「白毛女」(仙女というよりは一種の妖怪のような)になってしまった主人公の喜児のソロとソロの間に、同じように白毛女となってしまった女性たちが踊る群舞。これが揃っているようで揃っていなくて、しかも揃ってるんです。つまり、揃えるべきキモは押さえながら、表現がそれぞれに違っている。たとえば、座って何かを愛おしそうにてのひらに包むような振りの、その中味が、ダンサーによって赤ん坊だったり、恋人だったり、小さな花のようだったり、それを奪われる嘆き、あるいは狂っていく笑い。それらのニュアンスの違いが見える。ウィリや白鳥のような「一致団結」ではなくて、一人ずつが「白毛女」になっていく過程のようなものが見えるんです。それでいてフォーメーションが崩れることがない。松山の底力だなー。

 まあ、自分が何度か通って、それなりにアンテナ感度がよくなってるのかもしれないですけども。民衆の群舞も含めて今回は、そうした各人の解釈なり性格なりが見えて面白かったです。それは、たとえばロミジュリが「群像劇」として作られているのに比べて、今回は「革命劇」を「人間の解放」につなげた、ある意味で古典的な革命観によるのかもしれない、と思った次第です。

 45年に作られた当初は八路軍の宣伝劇であったのだろうが、55年版はどうだったんだろう。今回の第三次改訂版のテーマは、ぢぶんは(喜児の)「人間性の回復」であったろうと思います。苛烈な体験から「人外のもの」となり、愛した大春の姿もわからず、憎しみで人を殺せるようになった喜児。彼女が「人」に戻るために必要だったのは大春と村人たちの愛であったと。

 革命軍、歓迎されるだけでほとんど何もしてないしな(笑)。大春を連れて来たのが取り柄みたいなもので。男衆が地主の手下と村人と革命軍の三役をぐるぐる回って踊ってるから、気が付くとほとんどいなかったりするし( ̄▽ ̄)。ツムライリュージョンなみの早換えの嵐。

 喜児の父の箕輪先生に、短いながらもソロがあってびっくり! かくしゃくとしたソロ。ありがたくてつい拝んでしまった。御歳いくつくらいなんだろう。地主の母(妻かと思った……)の吉田昭子さんが文字通りの怪演。喜児の友人役の山川さんがかっちょいいのなんの! 地主の手下たちをバットマンでガンガン蹴り上げていく雄姿に惚れてしまった♪ 地主の屋敷での奴隷や白毛女の群舞の芯などでもやはり目が行ってしまいます。すっかりファンだな。同じようなポジションですごくよかったのは小菅さんだろうか。個体識別はできるけど同定ができない(T_T)。

 五日は「子どもの日スペシャル」の午後の部を見ます。今度は二階席だからフォーメーションがみられるな。山川さんの喜児が楽しみ。「白鳥」は二幕なのがちょっと残念。三幕のオディールのルースカヤがもう一度見たかったなぁ。

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2011/05/04

10万年先への覚悟

 風が吹くと、「洗濯機カバー」での検索が増える、と。このところの強風でもうベランダみるのいやー(笑)と思ってうっちゃっていたけど、ともあれ洗濯機カバーを回収しないと、と久しぶりに出てみたら、出しっ放しのヒメクワズイモがちょっと折れちゃったりしてて(T_T)。まあ柄1本なんで大事ないですが……。

 今日はちょっくら早めに起きて、渋谷のアップリンクまで「100,000年後の安全」を見に(これ)。かなり混んでいるような噂は聴いていたのですが、1日2回上映回数を増やしたとかで、12時の回は2/3くらいの入りだったかなぁ。でも日ごろのアップリンクを考えると「かなり混んでる」ような気も( ̄▽ ̄)。ネット予約等はありませんが、12時以降の回は10時45分から整理券が出ます。中途半端な時間に行って時間を持て余すよりは、早く行って、まとまった時間を近所のヴェローチェで本でも読んでる方が楽だったりします
 というわけで、10時50分頃行ったところが13番でした。帰りもすれ違う人に「アップリンクって映画館はどこですか」なんて聞かれたりして(笑)。道はわかりやすいけど、商業地帯からどんどん遠ざかるから、初めてだと不安になるんだよな。

 さて、映画の方は、フィンランドの核廃棄物最終処分場についてのドキュメント。フィンランドは歴史的にロシア/ソ連に翻弄されたこともあって、エネルギー安保の観点から原子力政策を進めているそうですが、そこで出る放射性廃棄物の処分はやはり悩みの種。さまざまな検討がなされた結果、18億年前の岩盤がいちばん安定していると考え、地下5kmを掘り、そこに巨大な最終処分場を建設する(映画撮影時はまだ建設中)。そして今から100年後、大量の放射性廃棄物で満たされた(予定)の処分場は、再び埋め戻され、永遠に封印される。閉じこめられた廃棄物が安全なものになるまで10万年。比喩ではなく、本当に10万年なのだ。それまでこの処分場は本当に安全が保たれるのか。未来の誰かが掘り起こしてしまう可能性はないのか。6万年後に来る氷河期、そこで断絶される「現代文明」以降の人間に、ここが危険な場所であることを伝えるためにはどうすればいいのか……。
 
 つまり、このプロジェクトに関わった人で、果たしてそれが「成功裏に終った」かどうかを確認できる人はいないわけです。それどころか、100年後に封鎖されるその時に立ち合える人すらいない。搬入開始は2012年だったと思うけれど。

 ぢぶんはこの映画に、ある種の「覚悟」を見ました。フィンランドは本気で「10万年後」までこの廃棄物を隔離する、10万年後の未来にでき得る限りに責任を持つ、そういう覚悟。それでもフィンランドの原発って、今5基めを建設中ってとこなんです。日本なんてその10倍の原発があるのに、10万年後どころか、明日の責任も取り切れない。安定した岩盤もない、覚悟もない。

 どんなに完璧に安全な運用をしても、廃棄物の問題は残る。だからそんな廃棄物を作っちゃいけない、原発はやめたがいい。事故があろうがなかろうが、そこは変わらない。そういい続けている何十年かの間にも廃棄物は生産され続けた。おそらくは「いつか処理できる技術ができるよ」という楽観の元に、「そんなの無理だよ、やめようよ」という声は「イデオロギッシュ」で「声高」だとして封殺されてきた。
 もちろん廃棄物問題はそれとして解決の方法を探らねばならないが、それにしたって、「これ以上増やさない」ことは必要じゃないか。だって、「10万年後の安全」までしょい込む覚悟があって、電気を使ってるわけじゃないだろうからさ。

 ……で、これを3枚の原稿にするのか。うーん。

 蛇足ながら、地震やら原発やらについては、概ねツイッターの方でやってます(これ)。ツイッターのアカウントなしでも読めます。ツイートに関するコメントは、ブログの方につけていただいてもかまいませんです。

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2011/05/03

都幾川の辺り

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 やっぱり残業の連休の谷間(ノ_-。)。一気呵成に3幕まで行こうかと思ったけど、相変わらず歯と目が痛い。今度の土曜に今の仮詰めではなくて、本チャンの歯が入るので、そうしたらだいぶ楽になるとは思うんだけど。

 というわけで、先日の丸木美術館周囲で撮った写真など。これは都幾川の川原から見上げて撮った美術館の裏側。空色の外壁の建物が美術館。左手に見える木造平屋は畳敷きの休憩室。風が気持ち良く抜けて、いくらでも昼寝ができそう。ここが好きで丸木に行くといっても過言ではないくらいだ(笑)。休憩室の前から川原に降りる道があります。

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 休憩室からの眺め。なんということはないんだけど、実際に、目の前に開けた原っぱと、風と鳥の声とに囲まれると本当に気持ちがいい。多分、なんということはない風景だから、気持ちがいいのだと思う。
 90年代に日独平和フォーラムの事務方として、ドイツからの訪問団を連れて行った時には、ここで位里さんと俊さんが迎えてくれたんだよな。といっても、もう位里さんは座っているだけで、お話はほとんど俊さんがしてくれたのだけど。

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 うちの実家の辺りもこんな「原っぱ」ばっかりだった。ゲゲゲの舞台になった深大寺の辺り。たんぽぽとハコベとカラスノエンドウ、ホトケノザにヒメオドリコソウ。もう少し前ならツクシとスギナ、後ならスズメノテッポウとオヒシバ・メヒシバ。そんなものがやたらと懐かしくてシャッターを切る。

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 川原は満開の菜の花の群落があちこちに点在。あの独特の匂いが大好き。化粧品や香水の匂いはキライだけど、菜の花や山百合のような強い匂いは好きなんだよなぁ(笑)。栽培しているものではないから、どこか線が細いけれど、匂いはしっかりアブラナ。蜂の羽音、アブの羽音。

 今は本当にいい季節なので、遠足がてらどうぞ。池袋から急行に乗れば東松山まで1時間半弱といったところです。日・祝は路線バスが運休なので、送迎を頼むか森林公園からレンタサイクルってのが不便だ……。
 3日から貝原浩画伯(^▽^)の「風下の村 チェルノブイリスケッチ」の原画展です(これ)。貝原画伯は大好きなのでぜひ行きたいところ。開館記念日の5日は小室等のライブ、15日は本橋成一さんのトーク、21日は豊田直巳さんの福島報告。21日、BRBとっちゃったからなぁ。聴きたかったけどなぁ。

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2011/05/02

♪だーれがころした

 終ったように見せかけて……いや、見せかけてないな。

 1幕、婚約式の場を閉めるにあたって、ひとつの疑問が残ります。「ガムザッティはどこまで関与してたのだろうか?」

 2場、ラジャの宮殿の最後の場面は、(ほぼ)必ずガムザッティの「あの娘、殺したる!」のマイムで終りますから、積極的に「あの娘、殺して〜ぇ」とパパにおねだりしたかもわからんし、もしかしたら独自にプランを練っていて、パパに先を越されちゃったのかもしれない(笑)。あるいは、パパが「ほんじゃ、あの娘、殺しちゃうか」と言っているのを立ち聞きしていますから、うっちゃっとけばいいや、自分の手も汚れないし、と思っていたかもしれない(未必の故意)。例のボニング盤の解説では「あの娘は死ぬわ!」となっていますが、これはパパの話を立ち聞きしたガムザッティが、自分とは無関係にパパがそうするであろうことを、ある意味客観的に言っているものでありましょう。実際、「ニキヤを殺さなくてすむよう、改心させようとして部屋に呼んだのか?」というようなガムザッティも見た気がするんだよなぁ。奈良さんだったか、高木さんだったか……(←もう忘れてる)。

 あ、そうそう、田中さんはいつもより身体を絞っていた(絞れちゃった?)かと思うんですが、2場の衣装で顔だけ横を向いた時のポーズが、ちょっとワヤンを思い出させるような雰囲気で、「成程なー」と。いや、ワヤンはインドネシアだから全然「成程」じゃないんですけどもね。

 それはさておき。

 3場、ニキヤが花かごに仕込まれたヘビに咬まれた後。ガムザッティは冷静な時もあれば、動揺する時もあり。エフセーエワなどは「アタシ、知らないもん!アタシのせいじゃないもん!」ってソロルに訴えたりしていたように記憶していますが(高木さんもかな?)。

 木村さんのラジャは、ニキヤがガムザッティに「あなたね?!」と詰め寄ろうとした時のおとぼけっぷりがわざとらしくてツボですが、今回はやや控えめに、むしろ「踊り子がヘビに咬まれたくらい、どうってことはない」風に二人をうながして去っていきます。
 んが。木曜日。花かごを手に嬉しげに踊るニキヤを、ラジャが娘と婿に向かって「ほら、ごらん」と示すマイムが入ります。これは連日入ったように思うのですが、木曜日はそこはかとなく「確固とした悪意」が感じられて、今日はラジャの単独犯だな、という気がしたりしまして。

 「アンタが余計なことしなけりゃ、娘と婿もうまくいったんじゃねぃのかよー 。・゚・(ノд`)・゚・。 !!」

 ……まあ、それじゃ話にならないんですけどね。土曜はそこまで明確じゃなかったです。倒れたニキヤに駆け寄ろうとしたマシューくんに、あやうく追い抜かれそうになってましたが。

 そして2幕冒頭の、ソロルの部屋。木曜のゼレンスキーも、土曜のマシューくんも、ここで取り乱して暴れちゃった初演のソロルに比べるとおとなしいような気もしましたが……かつ、弾くんの友達がいのなさが相変わらずだったりもしましたが、最終日のゼレは木曜比でかなり取り乱していたように思います。なんか、ここから自分的には「あれれ」な気持ち(悪い意味でではなく)。

 1幕と2幕の休憩の間に何があったのか。そしてソロルがアヘン吸って寝てる間に何があったのか。

 2幕の最後、婚礼の準備を終えたラジャとガムザッティがソロルの部屋にやってきます。田中さんのガムザッティはもう、腹をくくっています。ことがこうなってしまった以上、ソロルが自分を愛することはないだろう。でも自分はラジャの娘として、彼と結婚しなくてはならない。その覚悟をソロルに迫る姿は迫力でしたー。まさに「父の娘」。最終日は父を超えてたけどな。

 しかし。大僧正はただのおっちょこちょいだけど、ラジャは悪人だろうと思うのはキャストのせいか。

 お、2幕までおわった( ̄▽ ̄)。

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2011/05/01

丸木美術館のベン・シャーン展

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 ギエムたちのチャリティー公演を見ながら寝落ちしてたら、地震で目が覚めた。

 丸木美術館の「第五福竜丸展」(これ)に行くか、ポレポレ座の特集上映(これ)に行くか、ちょっくら悩んで、結局丸木美術館まで遠足に。まあ電車の時間まちがっちゃったりとか、多少のアクシデントはあったけど、よかったですー♪ 展覧会も、裏の川も。

 写真は、美術館の裏の川。あまりにも気持ち良くて、帰りのバスを1本(30分)遅らせて、のんびりしてしまった。菜の花が満開。足元はたんぽぽの綿毛とカラスノエンドウ(多分)。鳥は何種類もが鳴いていて聞き分けができないけど、相変わらずウグイスは日本全国どこに行ってもお盛んだなー、とかとか。

 展示の方は今日が最終日。ベン・シャーンによる「ラッキードラゴン」シリーズは、物理学者ラルフ・ラップの第五福竜丸に関するルポルタージュの挿し絵から発展したものだそうで、今回はその挿し絵と思われる小さなペン画が中心。併設展示されていたベン・シャーンのほかの作品もリトグラフが多く、ペン画/リトグラフ/水墨画/デッサンあたりが好きな自分にはウハウハでした。
 ベン・シャーンはリトアニア生まれだけど、7歳の時にアメリカに渡ったので、アメリカの画家といっていいと思う。けれどその作品には(ペン画とリトグラフだからかもだけど)どこか東欧やソビエトの風刺画的な匂いがある。自分はとても好き。今回まとめて見られてよかった。
 リルケの「マルテの手記」につけられたリトグラフの何枚かがとてもよくて、中でも「静かなしんとした部屋で」という頬杖の男性の絵が「欲しい」くらい好き。軽く重ねられた暗い青がいい。

 ほかには福竜丸事件の詳しいパネル展示も。これは今回の展示にはなかったことだけど、以前読んだ本(人に貸して無くされちゃったんだ。「皇后の股肱」だったかな)に出ていた話で、戦争中に徴用された自分たちの漁船でマーシャルに行った漁民たちが「ここはいい漁場だ、戦争が終ったらマグロ漁に来よう」と約束しあって、実際にそのうちの何人かは第五福竜丸に乗っていたと。マーシャルという場所と核実験と第五福竜丸は、そんな風にもつながっている。
 展示物に、シャーレに入った第五福竜丸の「死の灰」なんてのもありましてー。「(レプリカ)」ってちゃんと書いてあったけど、一瞬びびりますわな。

 もともとは3月の末に行くつもりでダンナと約束してたのだけど、原爆の図の人々が地震で被災した人たちと重なってしまい、どうしても行く気持ちになれずにいたところに会期延長の知らせ。時間の関係もあって、常設展の方は「ざっと見」になってしまったけれど、またあの絵と向き合えるというのが確認できたのも、自分にとってはよかった。いちばん好きな「虹」は収蔵庫番になっちゃってたけども。

 一通り見て、チラシコーナーでよその美術館のチラシなどを物色している最中に小さな地震。位里さんの聞き書きの本と、ベン・シャーンの絵本を買い、東松山に来たらお約束の「こけし」で白玉ぜんさいなど喰って、ダンナの個展のクロージングに向かったのでありました。「こけし」は駅のそばの甘味屋さんだけど、かき氷がふんわりで美味しいのだー♪

 「ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸」 ベン・シャーンの絵をアーサー・ビナードが構成し直して絵本にしたもの。

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