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2011/06/03

職業的矜恃など

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 東バ公式は矢島さん(←ファンなのー♪)。写真満載でいい感じです。白鳥、楽しみだなー。ボッレは来なくなって、マシューに変更だけど、マシュー、まだ若いのにそんなに東京に来て大丈夫だろうか。東京の放射線量というよりも、食べるものが心配だよ。マシューに限らず、遠来のゲストの食事の安全に関しては、本当に最大限の配慮をお願いしたいと思います。うちらはもう年齢もそれなりに行ってるし、「主権者としての国策に対する責任」もあるにしても、若い人には気をつけてあげてー。

 「アレクセイ」の話で、もう少しここに触れておくべきだったな、書き足しておくかな、と思ったにも関わらず、一寝入りしたら忘れた( ̄▽ ̄)。相変わらず粗末な頭だな。

 NHKの海外ドキュメントの20年後のチェルノブイリの番組2本。ながら見だけど、見ごたえありで、なんかもうBSにしろ地上波にしろ、夜中の方が面白いんだよなあ。なんでだ。

 「世界」の5月号の震災特集、ちょっと読んじゃうっちゃらかし、を繰り返してまだ全部読んではいなかったりするんだが(笑)、品川正治氏の「原子力と損害保険」には、軽いカンドーというか。職業的矜恃が行間からガンガン飛んでくるような文章だ(←こういうのに弱い)。
 地震以降のあれこれを見聞きするに、職業アイデンティティって、良くも悪くも(この場合は大概良くもだが)、人の相当な部分を占めてるんだなあと、しみじみ思う。同業者コミュニティ(漁師相互とか、酪農家相互とか、各種小売りとか)の連帯の強さについてもそうだし、「自分が人として何ができるか」という前に、「職業人としての自分に何ができるか」と発想するのもそう。「医者として」から「ダンサーとして」に至るまで。それはもちろん悪いことではなく、そういうアイデンティティと、それに基づく連帯感っていうのは、思いの外強く、こういう場合に強力に発揮されるんだなあということを実感するとともに感心したのでありますよ。

 まあ、ある意味それは「幸せな状況」ではあるんですよね。アイデンティティを持てるほどの職業に就いている、ということで。

 考えてみれば「スケバン刑事」(原作版)におけるサキの「学生」というアイデンティティは強烈だよなあ。

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