« 9日の爆心地公園 | トップページ | バレエ新刊/参加する観客 »

2011/08/11

長崎での対談その1

Img_2850

 8日午後、山王神社の被爆クスノキ。何度目かの「治療」が行われている最中でした。地区子供会みたいな小学生の団体さんや、原水禁の小班が入れ替わり立ち替わり来訪。前からこんなに混んでたかなー。

 さて、9日午後の藤田祐幸氏と福島瑞穂氏の対談「8・9ナガサキから脱原発!!」。まあみればわかるように社民党主催の集会ですが、藤田氏が長崎に移住してからは直に話を聞く機会もなかったので、ほいほいと行って参りました。

 ……うん、まあね。藤田氏が定年後に長崎に移住したのは「浜岡が事故った時に被害が少なそうなところ」ってくらいですから、希望のある話はありませんですよ。それでも割りと最近小出氏の話を聞く機会のあったダンナに言わせれば「小出さんはもっとクールだけどねー。藤田さん、ソフトだよねー」というところなんですが。以下、軽いメモからの起こしになります(文責綾瀬川)。

 藤田氏が、自分の科学者としての全てを反原発に注ぎ込もうと思った理由は三点。
・大事故が起きたら、取り返しがつかないこと。
・多くの被曝労働者を生み出すこと。
・廃棄物処理の展望がないこと。

 被曝労働者はすでに40万人を越えていて、広島・長崎の被爆者の数を上回っている。最下層から集められ、身体がだるいなどの被曝後遺症を抱え、働けなくなってホームレスになるケースも。

 フクイチの事故はこの3点がごちゃまぜになって、同時に起きている状態。取り返しのつかない事故、収束作業のために生み出される大量の被曝労働者、そしてどこにどのような状態であるかも確認できていないメルトスルーした核燃料。事故のメドがつくまでに100年、今生きている人はこの事故の収束を見ることはできないだろう、と。

 なんの希望もないような藤田氏の話のあとで、福島氏の話を聞きながら、「政治家というのはどんな時も「希望」を語らなくちゃいけない職業なんだなー」と、妙に感心したり。それは大変なことなわけですよ。3.11の全電源喪失の報が入ってからの緊迫した中での官邸への要望の話などもあり、その時の話は彼女のオツレアイの海渡弁護士が「世界」だったかほかの雑誌だかに書いていたのを読みもしたけれども、海渡弁護士は長く各地の原発訴訟に関わっている人ですからねぃ。

 その中で、それでも「希望」について語り、かつ具体的な施策として見せるというのが政治家の仕事なんだな。そりゃもう、ぢぶんなどにはとてもできそうにはない話でありますよ。

 続く。

|

« 9日の爆心地公園 | トップページ | バレエ新刊/参加する観客 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/101065/52445113

この記事へのトラックバック一覧です: 長崎での対談その1:

« 9日の爆心地公園 | トップページ | バレエ新刊/参加する観客 »