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2012/02/29

ピラカンサス

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 ピラカンサス。年末の東寺にて。

 

 


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2012/02/28

あれから4年

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 何気に公式が更新されてたー♪ エチュードのリハと眠りのリハ。もう今週末なんだねえ、眠り。リハ風景をみる限り、どこがカットされたのかよくわからないけど、飯田監督の手腕にも期待しよう。

 しかーし。4月に今の部屋の更新なのよー、というのに先週気が付きまして。家賃がドラスチックにあがるなら、転居も考えなくちゃならないけど、それはまあ多分大丈夫だろうと……大丈夫かな……。大丈夫でも、家賃一月分、余分にかかるんだなー(ノ_-。)。
 ということで、「行けるようなら行こうかな」と思っていたいくつかのものはあきらめ。新国立の「アンナ」とか、東京小牧の「ジゼル」とか。ウィーン国立も面白かったらリピ券……とか思ってたけど、それもパスだな。すでに買ってあるものはそのまま行きますけども。

 しかしあれから4年経つのかー。早いなあ。てことは、最後にルドルフをみてから4年なんだなあ(そこかよ)。

 写真は年末の金閣寺。つことで。

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2012/02/27

4人の……

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 幕間の与太話。

 Aプロは最終日に行ったので、コボー三演目連続出演は情報として頭に入っておりまして。最初の「ラリナ・ワルツ」の後にカテコの人数が減ったのを見て、「よし、早替えのために長めにカテコだなっ」と思ったまではよかったんですが。
 2演目め、「ゼンツァーノ」が終った後でも「よし、早替えのために長めに」……って、着替えるのコボーだから! コボー、今カテコ出てるから! カテコ長くしてどーするんだおい……(T_T)。

 3演目めの「4人の王子」はシンプルな白開襟シャツに黒のスラックスという、なかなかにスタイリッシュな出で立ちでしたが、やっぱり着替えやすい物というのもあったんだろうな。前がゼンツァーノだと、タイツじゃないし、タイツじゃないと上が王子上衣ってわけにいかないだろうし。

 じゃもういっそ、4人ともゼンツァーノでどうだよ、と。甲冑きてるところもあるくらいだしさー(←こだわる)、マラーホフ版だってチロルの山岳警備隊みたいなもんじゃん(こらこらこら)。ゼンツァーノの4人の王子。

 ……いやさすがにそれは。

 じゃもういっそ、4人が各国の王子ってパターンで、コボーがイタリアの王子ってことにして。ボリショイの4人の王子だって、「あめりかてらいんこぐにた」がいたことだし(こらこらこらこら)。

 ……いやさすがにそれも。

 今回は「コボーの早替え!」というのもサービスのひとつだったと思うことにして。こういうのは初日にサプライズで見るのが楽しいのかな、と思ったり、まあそうでなくても面白かったよ、と思ったり。

 いやしかし、東西南北の王子パターンで感心したことってほとんどないなあ。今まで見た中ではシュツットガルトのがいちばん品がよかったかな。白鳥みたいに王子がそれぞれお国のダンスを踊るわけじゃないしね。銃士隊スタイル(マールイ旧版とか)はよくあるけど、あれは割りと好き。東バ通常版の4人で踊り合戦が好きだったんだけど(揃いのピンクの上衣に白タイツ)、もうずいぶん長いこと観てないな。今度の短縮版では削られそうな場所だしなあ。

 ちなみに「あめりかてらいんこぐにた」はこれ。いわゆる映像詩みたいな作品で、封切りでみたけど何がなんだかー( ̄▽ ̄)。今となっては何で見にいったのかもよくわからない。でもインディオ風の衣装をみると「あ!」と今でも思うのであったよ。……インパクト強い映画といえなくもないのか。


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2012/02/26

コジョカルBプロ、アップしました

 格納庫の方に、コジョカルのBプロをアップしました(これ)。

 「ザ・レッスン」はいろんな解釈があるようですが、真っ先に思い出したのは(コボーが出た時点で思っちゃったよ)のは「コレクター」。といっても、かれこれ30年以上前(小学生ですよ……)に、テレビでやってたのを観たきりなので、正しく思い出してるわけではないですが。97年版じゃなくて65年版の方ね(これ)。

 ぢぶんは終った瞬間に「コボーんち、納戸いっぱい、コジョカル(^▽^)!」って(笑)。いや、納戸はないな、納戸は。地下のクローゼットいっぱいに積み上げられてるんですよ、コジョカルが。扉を開けると縞パンツみたいにこう、雪崩れてくるような。

 カスバートソン「まったく! 二度と増やしちゃダメって言ったじゃないですか! どこにしまうつもりなんですか!」
 コボー …… (´・ω・`)ショボーン

 ……いや、そういう話じゃないです、多分。閉じられた時間と空間の中で永遠に繰り返される儀式、という不条理劇なんです。コジョカルが増殖する不条理じゃなくて。

 ピアニストと教師の関係がいまひとつわかりづらいですが、なんとなく姉のようでもあり。単にほかに行くところがなくて居着いているようでもあり。あるいは「この人は私がいなければ、延々と犯罪を繰り返してしまうんだわ!」と共依存しているようでもあり(いても繰り返してますけど)。カスバートソンはアレだね、「レベッカ」の女中頭(だっけ?)もできそうだな。

 まったく、コボー祭りになろうとはなあ。

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2012/02/25

中尊寺

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 おもむきを変えて、こちらは昨年6月の中尊寺にて。

 今年はちょっと、仏教についてもう一度読み直すとともに、奥州藤原氏についてあれこれ読みたいんだけれども。できればそこから遡って、将門まで。
 というのも、修学旅行以来初めて(四半世紀ぶりだよ……いやもっとか)金色堂を見て、「こりゃ本気で「浄土」をやるつもりだったんだな」という、その「本気度」といいますか、権力者の威光見せびらかしとかいうレベルでないシリアスさをひしひしと感じまして。
 なんというか、「中央にまつろわないユートピア」というものを、もう一度考えたいな、と。例えば清盛のユートピアって、やっぱり中央のものだからね。

 2月も終わりになって今年の抱負を述べてもなあ。


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2012/02/24

残業中。

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 こんな具合に白とピンクとならんで咲いていた、年末の東寺でありました。

 いやいや、もうなんかいきなり年度末っぽくなってきた(笑)。

 実のところ昨年後半は「人生最重記録更新」ちゅうくらいに太ってたんですが(といってもプラス3キロくらい)、1月に残業量ががくんと減って、「おうちでタジン」の日が続いたら、なんと3週間で2キロ痩せまして(笑)。そりゃ夜の10時だ10時半だにチャーハンギョーザとか、毎日そんな生活してたらなあ、残業中は缶コーヒーの量だって増えるしなあ。でもほかに運動とかなにもしてなくて、夕飯だけでコレ。うーむ。

 そして先週あたりから残業生活に入り、絶賛リバウンド中です( ̄▽ ̄)。


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2012/02/23

イヌノチカラ

 昨日の「がっつり残業」をさぼったので、今日はライトに残業。てか、昼頃までは「今日だったら問題なく早退できたんじゃ?」だったのに、当日の1時過ぎまでその日の業量のメドが立たないってシステムはなんとかならんのかなー(←親会社の都合だからウチではどうにもならない。そして親会社は子会社の都合なんか考えない)。

 震災関連の本を1冊。

 「フリスビー犬、被災地をゆく」

 写真集というよりも、フォトエッセイといった方がよいだろうな。著者の石川梵さんは「祈り」をテーマに世界各地で撮影しているカメラマン。3.11以降は、まずセスナによる現地の空撮、その後は陸前高田、気仙沼方面を中心になんども被災地を訪れて写真を発表されてますが、これはその取材記。

 フリスビー犬というのは「世界の動画」的な番組で取りあげられることもあるので見た方も多いんじゃないかと思いますが、人が投げたフリスビーを犬がキャッチする、アレですね。ちゃんとした(ってのもアレだが)ドッグスポーツとして世界大会も行われてます。石川さんとボーダーコリーの十兵衛は、フリースタイルの競技大会の出場経験者。東北の取材から帰ってきて、石川さんは思い立ちます。犬にしかできないことがあるんじゃないか。そして、車に支援物資と機材を詰めて、石川さんと十兵衛の「被災地行脚」が始まります。辛い現実の取材を続けながら、避難所で子どもたちと行う「フリスビー教室」で、立ち寄った先々で、十兵衛のもつ「犬のチカラ」は人々を和ませ、笑顔を呼び戻します。その一方で、大好きな犬をなくした人たちにも、石川さんと十兵衛は出会います。

 ぢぶんも元からの犬好きで、高校にあがるときにやっとのことで犬を飼うことができたんですが(←近所の雑貨屋でもらってきた)、本当に犬というのは「人を愛する」ことがお仕事の動物なんだなあ、と思いますよ……(ノ_-。)。ええ、大概は「自分を愛してくれる人を愛すること」ですけどね。「自分のことを好きになってくれた人=自分の好きな人が喜んでくれるのはウレシイなあ」というのが彼らの原則であって、それを「忠義」みたいな都合のいいバカなことばで表現したがるのは人間の方。犬にとっては単純に「ダイスキ」と「ウレシイ」なんだよね。

 十兵衛は「セラピードッグ」として訓練された犬ではないけれど(大会に出るために普通の家庭犬よりは訓練されている)、犬1頭のもつぬくもりの大きさをあらためて思います。災害救助犬のレポも、テレビや新聞でいくつかみましたが、「犬のチカラ」がもっと見直されて、救助犬やセラピードッグ、そして各種介助犬の育成にもっと公的な資金を投入すべきだと。ミサイルや戦闘機じゃなくて。

 3.11についてはどうしても原発事故がクローズアップされがちですが、津波と地震による被害と、その地に住む人々のことを何度でも思い起こすためにも、手にとって欲しい1冊です。

 

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2012/02/22

コジョカルBプロざっくりと。

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 なんとかかんとか定時であがって(ひんしゅくー)、コジョカルのBプロに行ってきました。最初の「ラリナワルツ」が終る頃にゆうぽうとに着き、次の「タランテラ」から見られたので、まあつじつまはあったとういうか。「ラリナワルツ」はAプロでも観てるから、ね。

 まだあと2日あるので、ネタばれ的なことは書きませんが、個人的には「ザ・レッスン」がとても面白かったですー。コジョカルの生徒、コボーのバレエ教師、カスバートソンのピアニストの三人によるバレエ教室を舞台にした話、という程度の予備知識しかなかったので、なんとなく「パブロワとチェケッティ」的な演目を想像してたのですが、どちらかというとヒッチコック的なというか、「コレクター」的な作品でした。三人ともなかなかのはまり役。コボーのつま先はどうなってるんだー( ̄▽ ̄)。なんであんな先っちょで立てるんだー。コボーの持ち役はもちろんオベロンなんだろうけど、ポワント履かせてボトム踊らせてみたい、とかちょっと思ったりして。カスバートソンは前から嫌いじゃなかったけど、今度のガラでちょっと見直したなあ。

 ムンタギロフはやっぱり好みでした(^▽^)。ドンキもよかったけど、くるみの王子もよかった!

 ドンキのディベルティスマンは、四人のバジルと四人のキトリが、入れ替わり立ち替わりあれこれとソロを踊るというもの。それはそれで見ごたえがあったし、それぞれの踊りはすごくよかったけど、エスパーダとメルセデスとかもあったらよかったのになあ。どちらかというと「踊りによる芝居」をみたいクチなので、その点でちょっと淋しかったけど、まあそれはぜいたくというものか。キトリの一幕のソロはやっぱり一列に並んだ闘牛士が欲しいなあ、とか。

 今回は「プログラムを読まないとなんだかわからないコンテ」がなかったな(おかげでプログラム買わなかったけど ( ̄▽ ̄))。そういうコンテコンテしいコンテも嫌いじゃないんだけど。最近、ガラは疲れることが多かったんだけど、一幕ごとの分量もよかったのか、両プロとも肩が凝らないエンタテインメントで、ゆっくり楽しめました。なるほど、「ドリーム・プロジェクト」だなあ、と。

 写真はやはり昨年の東寺。白とピンクがならんで植えられていたのだ。


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2012/02/21

小休止。

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 ノートルダムの続きをさくっと書いてBプロへ、のつもりだったんだけど、久しぶりにがっつり残業になったら、ちょっとグロッキー( ̄▽ ̄)。明日、ちゃんと上がれるかなあ。

 写真は年末の東寺。

 あ、こんなの出ました。

 「バレエ食 バレリーナなら必ず知っておきたい食事のこと」
 レシピだけでなく、レッスン中の注意や夜食の取り方なども。もう店頭に出てます。最近、新刊は着荷処理ばっかりだから疎くなってきた。なんか展覧会図録のカタロギングばっか回ってくるんだよなー(年度末だから特注データが多い)。あと公務員試験関係。1科目につき94冊(47都道府県×参考書・問題集)カタロギングしないとならないので、打てども打てども終らないという( ̄▽ ̄)。それが地方公務員、教員、警察官エトセトラと、線路は続くよどこまでもー♪

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2012/02/20

コジョカルAプロアップしました

 格納庫に、コジョカル・ドリームプロジェクトのAプロをアップしました(これ)。

 すっごい、楽しかったです! コボーってこれまで積極的にファンじゃなかったけど、今度の公演で彼のセンスを見直したなあ。

 考えてみれば、元々は東バがノイマイヤーのロミジュリをやるはずだったのが原発事故でキャンセルになって、急遽マラーホフ(とタマズラカル)が来日して「ニジンスキーガラ」をやり、またこうしてコジョカル(と仲間たち)がAとB,二つのプログラムを組んでくれたんだよねえ。今日の公演も(そして多分Bプロも)、コジョカルたちの「みんなに楽しんでもらおう!」という気概がいっぱいに詰まっていて、とても幸せな公演でした。

 「エチュード」は、自分のイメージとしてはトリプルガラの中の1演目、という大きさなので、これが第2部で、後でもういちどマルケスたちの演目があればよかったかもだけど(マックレーが大変だ)、これだけやってくれれば十分、ありがとう、とも思います。2プロ組むって、それだけで結構大変だよねえ。東バのみなさんもお疲れさまでした。

 昨年から今年にかけて、いくつかあったダンサーのキャンセルのたびに、それに匹敵するような代役を探し、チャリティ公演のために東北の会場を探し、と大忙しだったNBSのスタッフも本当にお疲れさまでした。公演そのものがなくなってしまったのは、夏のニコラガラに続いて2回目で、そのたびに2種類の公演を組んで祭典会員に選択を任せるというのは本当に大変だったと思います。なにせ、キャンセルが出るような状況の中で次を模索しなくちゃいけないんですから。もうこれ以上の変更が出ませんように。状況がこれ以上悪くなりませんように。

 で、あんまり楽しかったんで、ついBプロの会場売りを買っちゃいましたよ。まあ、残業がなければ、早退できなくても、ラリナワルツが欠けるくらいですむと思うし、ラリナワルツは今日見たしね。

 ……そんで、今日のエチュードもとってもよかったけど、やっぱり、ギラギラの高岸太陽王と繊細な木村月読君で見るエチュードも至福なのだ……。沖縄で見たあれが最後になっちゃうのかなあ、と思うと、(ノ_-。)な気持ちをいかにとやせん。

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2012/02/19

牧のノートルダム

 思ったより早く帰れたと思ったら、自分が眠りについてたという( ̄▽ ̄)。ボリショイの眠り、起きたらもうガーランドワルツの手前であった。

 つことで、牧の「ノートルダム・ド・パリ」、初日の土曜に行って参りました。牧さんちはずいぶん久しぶりだなー、と思ったら、08年のシヴァコフがゲストに来たドンキ以来でありました。牧の人って、別のところで見る機会が結構あるから、わかんなくなっちゃうんだよな。

 いくらプティ作品とはいえ、ダンチェンコの「エスメラルダ」と基本的には同じ話だろうと高をくくって予習も何もせずに行ったら、1幕はややおいていかれた感もあり(笑)。ちなみにプティツボはあまり持ってないので、そこいらは期待しないでくださいまし。エリントンのは好きなんだけども。

 音楽はモーリス・ジャール。ジャールといえばまずもって「アラビアのロレンス」だけど、今回は打楽器を多用したもの。今日は2階の下手側でみたのですが、ニューシティとは思えないほどの(失礼だな)迫力ある打楽器群を堪能しましたよー。舞台の下まで入り込む形で楽団が入ってましたが、打楽器だけで10人近くいたんじゃないかなー。1幕にタンバリンを効果的に使った場面があるんですが、見えた範囲で5人がタンバリン叩いてましたよ。こりゃ打楽器は相当トラ入れてるな、と思って先ほどニューシティのサイト見にいったら、ティンパニ&打楽器で2人っていう……orz。いやしかし、ばらけたらみっともないのがパーカッション、一体となってド迫力の演奏でした。満足、満足。

 えーと。今回は主に、演目に対する興味と、「逸見さんの似合わない金髪ヅラを見る」が目的だったわけですが、そうこうするうちに思いもかけず主役がアレクサンドロワに交替になりまして(ってのもスゴイ話だよなあ)。ちなみに逸見さんの金髪はヅラじゃなくて染めてるようでありました。別に金髪じゃなくてもいいような気がするけどなー。

 マールイのエスメラルダにある詩人との結婚話とか(←ダンチェンコでは削られてるくだり)、乳児のエスメラルダをさらわれて最後に再開するお母さんとか、フェブ隊長に婚約者がいて、とかいうくだりはばっさりとカット。1幕で、絞首台(ギロチンじゃないのね)のエスメラルダをカジモドが奪還するところまで一気にいきます。いきなり絞首台が出てきたんで、「休憩まだなのに終っちゃうのかよーΣ( ̄ロ ̄lll)」って、一瞬ビビリましたよ(笑)。

 エスメラルダ、カジモド、フロロ、フェビュスの4人のソリスト以外はアンサンブルとして、場面場面で民衆になったり、兵士になったり。いきおい、4人の動向中心に見る事になりますが、4人ともとてもよかったです。アレクサンドロワは牧との共演は初めてだと思いますが、ジプシーの仲間も出て来ないので、「特別な女」のイメージそのままで違和感なく。エスメラルダっていうよりはカルメンみたいではあったかなあ。フランス人の「ジプシー女」のイメージって、ああなんだろうか。

 フロロの中家さんは、08年ワガノワ卒、10年入団の超若手。脚がすらっと細くて、シャープないい踊りでした。スピード感もある。フロロって、なんとなく小嶋さんの持ち役のイメージだったので(観てないけど)、若くて大丈夫なんだろうかという気はあったんですが、その若さが逆に、他人に対する不寛容さや、エスメラルダを思い詰める純情さや嫉妬の焦がれるような苦しさにストレートに作用していて、説得力がありました。特に、エスメラルダとフェビュスのラブシーンにからむトロワではすごくよかったなあ。そりゃ刺しちゃうよねえ。

 フェビュスの逸見さんは、ちょっとガタイがよくなったような( ̄▽ ̄)。高岸さんに「ここいらが弱くなってきたな」と思うのと同じ辺りが弱くなってきた感はありますが、さすがにベテランの持つ貯金は伊達じゃないな、とも。あの複雑なサポートをボリショイ公演終了後の1週間で合わせるんだもんなあ。
 いやしかしフェブ隊長、なんちうか、ただのすかした女たらしじゃん( ̄▽ ̄)! 居酒屋のおっぱいぼいーんぼいーん(←詰め物あり)のねーちゃんたちとの踊りとかもう大笑い。酒はうまいしねーちゃんはきれいだ、オレもう触り放題でウハウハ♪ みたいな。婚約者が出て来ないので「酷い男」度は相対的に下がりますが、まあこりゃ刺されるよね。でもサポートの時は微妙に王子入るとこが逸見さんだよなあ( ̄▽ ̄)。

 菊池さんのカジモドは、素晴らしかったです。今日の特筆。特に2幕のエスメラルダとのPDDはよかったなあ。でも続きはまた、ってことで。

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2012/02/18

原発関連2冊

 みんな、ダイソーの洗濯機カバーが気になるらしい(笑)。100均のはダイソーではなくてキャンドゥのしか使ったことないですが、風の強い場所ではすすめません。あっという間に身ぐるみはがされて飛んでいきました。♪カバアーはどーこにいったかなー♪ まあ洗濯機のサイズによるのかもですが(うちのは6キロスリム型なので、もっと大きいヤツだとひっかかって飛ばないかも)。どのみち、フタ部分と胴体部分がセパレートになってないものは使いづらいです。詳しくはこちら

 最近でもない範囲で読んだ原発関係2冊。

 「原発暴走列島」鎌田慧著

 昨年5月という、かなり早い時期に「緊急出版」的に出されたうちの1冊。あの時は本当に、洪水のように原発関係本の増補改訂・再版が出たからねえ。これも増刷かいっ! みたいなのもずいぶんあったけど。
 これは1977〜2009年に出された6冊の本から原発関係の文章を抜き出し、改訂/書き下ろしを加えたもの。福島にかんしては76年のルポルタージュ(77年刊行)が入っています。

 いやー、確かに「急いで作ったなー」感は否めませんが、一通りのおさらいをするには便利です。チェルノブイリ事故はぢぶんが大学生の時で、原発への関心はそれ以降。トピック的に覚えていても記憶の中でごちゃごちゃになっていて、読みながら「あー、そうだった、そうだった」と思うことがしばしばでした。

 特にJCOの臨界事故に関しては、この本で改めて、その重大性に気づかされたと思います。事故そのものもですが、その事後処理について、この事故は本当に大きなポイントだったな、と。どうしても亡くなった方を含めて労働者の方に目が行ってしまっていたのですが、この時のJCO周辺での被曝状況の把握、保障/賠償の「甘さ」が、今回の福島の事故の対応に直結しているように思います。ぢぶん、この時は本当に甘くみてたな、とあらためて歯がみする思い。

 鎌田さんの怒りがストレートに伝わってくる文章は、昨今の「声高な主張は云々」という人には聞きづらいんでしょうが、自らの耳目を鍛えることなくして何かに近づくことはできないと、というか、もう作風云々を言い訳にするのはヤメにしろよ、その結果が今だろ、と。

 「福島の原発事故をめぐって」山本義隆著

 ま、そんな方にはこちらを、というわけでもあったりなかったり(どっちだ)。

 元々月刊『みすず』に「何か書いてくれ」っていわれて、書き始めたら長くなっちゃった、じゃ単行本で出しますか、という経緯の本だそうで、全編書き下ろし。全体3部構成で、日本における平和利用の経緯、原子力産業の技術と労働について、科学技術史の中においての原子力(産業)の位置づけ、という感じ。とてもコンパクトに、しかし緻密に整理されていて、これはこれで便利なのだった。

 個人的に面白かったのは3部の科学技術史/自然哲学史的な話。ぢぶんは科学史も西洋哲学史もうといので、こういう流れの中で原子力(技術)の発達を考えるのはなかなか新鮮でした。……ええまあ、ベーコンの辺りで落ちかけましたけども。久しぶりに「海底2万海里」が読みたいなー、と(笑)。

 淡々とした文章はある意味では鎌田さんとは対称的かもしれませんが、みすず特有の版面(はんづら・ぢぶんは勝手に「みすず面(づら)」と呼んでますが ^▽^)もそのイメージに一役買っているかと。同じ文章でもイメージ変わりますからねえ。着荷処理をやっていても、みすずは大体わかりますよ、っていうくらいに独特な造本ですが、読みやすいかわりにメリハリが落ちるとか、感情表現的な部分でテンション下がりがち、ではありますね。ただ、理知的な印象は出ますので、「声高云々」な人にはいいんじゃないかな。ぢぶんは割りと好きですが、眠くなりやすくもあります( ̄▽ ̄)。一長一短だがそれも版元の個性ってものよ。

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2012/02/17

クラッスス&エギナ!

 今日の検索キーワード。「中国人は最後の力をふりしぼって女に飛びつく 話」 それはお役人様の話ですね(^▽^)。「中国の不思議な役人」、原題の「マンダリン」は清朝の高級官僚ですが、ベジャール版だと省エネルックの人民服姿みたくなってます。またやらないかなー。

 さて、最後の力を振り絞って、ボリショイ「スパルタクス」2/1分のラスト行けるとこまで行きますよー。もうあんまり覚えてないから大丈夫! 

 ローマの司令官クラッススにはバラーノフ。シーザーカットとでもいうのか、いかにも「ローマ軍司令官」なコスプレが似合う、似合う(笑)。跳躍の強さではドミトリチェンコに及ばないところもありましたが、敗軍の将になるんだからいいのよー( ̄▽ ̄)。

 いや、この手の話の「ローマ軍司令官」といえば、極悪非道冷血鬼畜みたいなイメージですが、邸宅での宴会場面がもうカワイイのなんのって。アレクサンドロワのエギナに焦らされ焦らされ、「あーーっ、ボクもうガマンできないーっ、きーぱたぱたぱた」って、アンタどこのボンボン青年( ̄▽ ̄)。おねぃさん、笑って涙出そうでしたよ。そこそこ仕事ができ、そこそこ強く、家柄もよく、見た目もよく、羽振りもよい。地方総督としてはできた方だったんでしょうなあ。そこからくるプライドも根拠が無いわけじゃない。女の趣味もとてもよろしい( ̄▽ ̄)。

 愛人のエギナ。プログラムでは「娼婦」となっており、実際に最終局面では部下の(?)娼婦どもを率いて反乱軍を崩壊させるわけですが、クラッスス邸では実質的に「女主人」ですな。てか、もう完全にクラッススを尻に敷いてるし。クラッススも嬉しそうに敷かれてるし。

 マーシャですから、踊りが悪いはずがあろうもなく。両腕を身体の前面に巻きつけ、片足を前に立てるキメのポーズのかっちょええことーヽ(´▽`)/。宴会でクラッススと二人、ローマ兵士の先頭に立って行進する姿はほとんど「勝利の女神」ですなー。ローマ兵にとってはある意味「軍隊マスコットガール」的な役割もあったのかもしれない。そういえばあの「軍隊歩き」といいますか、片手を「ハイルヒトラー」型に掲げ、グランバットマンで進む、あれがやはり手塚治虫的な図柄であったな。なんか随所にそういうメタファーがあったんだよなあ。

 これはマーシャの個性なんだと思うんですが、宴会の場面にしろ、反乱軍を誘惑する場面にしろ、艶っぽいんだけどカラッとしてるんですよね。際どいギリギリなのにあっけらかんと。その辺も手塚治虫的だなー、と。「ベラドンナ」じゃなくて「クレオパトラ」的な。彼女の場合は、だからいいんですが。

 エギナという役は、たとえばマクベス夫人のように演ずることもできるだろうし、いわゆる「悪女」にもできると思うんですが、アレクサンドロワはどちらでもなく、理性的で誇り高い、自立したひとりの女性であったように思います。むしろエギナに依存するプチだめんずのクラッススと補完的で面白い。クラッススの持っているのは「プライド」で、エギナのもっているのは「誇り」。スパルタクスに敗れたクラッススを鼓舞する場面で、それが端的に出ていたような。

 印象的なのはやはり、反乱軍を「落とした」後、ローマ兵たちに担がれて帰還するところ。細かくは覚えてませんが、確か棒を使った神輿状のものの上に座る時に、脚をすっと、膝を立てて棒の上に乗せる、その横向きの姿です。いわゆる「色仕掛け」を使ったことへの一抹の嫌悪感、しかしすぐにそれは自分の雪辱を自分の手で晴らしたことで尊厳を取り戻したという誇りに変わる。そして、そんなことはどーでもよくて、エギナが自分のために(というわけでもないんだが)素晴らしい働きをしてくれたことを単純に喜んで、このまま勢いに乗って反乱軍を攻め落とすぞー、というクラッススがちょっとカワイイんだなあ( ̄▽ ̄)。

 泣き、愛し、耐え、待ち、祈る、慎み深い「女」のフリーギアと、男に頼らず自らの手で運命をつかみとるエギナ。まったく対称的な二人の女性は、前者を良妻、後者を悪女とする単純な価値観を背景として作られていますが、アレクサンドロワとバラーノフのペアがそれをもう一度現代的に読み替え……というよりも、二人でやったら現代的に読み替わっちゃった(あは♪)みたいな、そういう舞台でありました。堪能、堪能。

 カテコでも大人気のマーシャはキス投げまくり(てのひらから「ふうっ」ってするのがカワイイ!)、捌けるときにクラッススとスパルタクスがちょいとにらみ合ったり、サービス満点でありましたよー♪

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2012/02/16

寒い日のタジン

 というわけで、眠りの追加席放出、追加公演分についてはNBS・イープラスともに捌けたようです。ほかの3回分は、まだちょっと残ってたみたい。パーシモンのキャパは大きくないですが、好調なのはウレシイ。

 ソリスト役は若手で固めましたが、考えてみれば貴族とか、乳母とか、カラボスや妖精のおつきとか、キャスト表にない役もあるわけで、「闇雲に豪華なカヴァリエ」とか「無駄に豪華な貴族のガヤ」とかあると楽しいのになー、などと思ってみる。まあないだろうけどなあ( ̄▽ ̄)。

 半端な時間に寝たり起きたりしてたら頭がぼんやりなので(いつもだ)、タジンネタなど。

Ca3k0083 たち吉のタジンは、一人ナベにちょうどいいサイズです。これはベーコンナベ。池袋のISP(地下モール)の食品売場の夕方セールはオススメですが(スーパーとデパ地下の間くらいのイメージ)、そこのハム屋さんのベーコン、ソーセージなどの肉加工品3パック1050円というのが結構イケます。賞味期限内に使い切れそうにない分は、パックのまま冷凍庫へ。ベーコンは冷凍のまま切って、ぽんと鍋のてっぺんに乗せるだけ。塩気が多いので、ほかの調味料はいらないくらい。

 この日はキャベツ、小松菜を敷いた上に、人参、白滝、大根、ベーコン。出来上がりに乾燥パセリをふってあります。赤紫のごろんとした4個の物体が紅芯大根(^▽^)。ラディッシュは加熱すると色が抜けるけど、これは色が抜けないの。生でももちろん綺麗ですが、ナベでも美味かった♪ 結び白滝は好物ですが、コンソメ味でも合いますよー。トマトはやったことないけど。


Ca3k00840001 こちらはチキンスープ。水を多めに入れて固形ブイヨンを溶かし、鳥肉、長ネギ、キャベツ、人参、ジャガイモ、大カブ。大カブは小カブ(よくスーパーにあるヤツ)よりも火の通りが早いので、うかうかするとなくなってたりします(笑)。料理好きの知人によると、カレーなどのとろみを出すのに煮溶かしたりするそうです。この日はちょっと煮詰まりぎみで、スープというよりスープ煮に。一緒に写っている緑色の物体はバジルソルトですが、出番なしだったなあ。タジンの水加減って、結構難しいんですよね。いや、テレビとか見ながらやってるから悪いんだってのもあるんですけど(笑)。

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2012/02/15

眠りのキャストキタ━━(゚∀゚)━━!!!

 つことで、3月の眠りの詳細キャストが出ましたーヽ(´▽`)/。

 松のナガセ+佐伯ペアと、日替わりカタラビュット(高橋/氷室/松下)以外はプリンシパルもソリストも出演なし! という完全な若手公演。びっくりしたなあ。飯田監督も大胆なことを。
 でもここまでくるといっそすがすがしい。半端にベテラン/中堅を投入するよりも若手のモチベーションがあがるだろうし、結束感もあるかも! と思って応援モードですよ。初めてソロを踊る人もいるだろうし、カンパニーがぐっと底上げされるいい機会ですよね。これを機にがんばって若手の顔を覚えるぞー(あんましメイク凝ってないといいなあ)。

 楽しみはもうたくさんありすぎて( ̄▽ ̄)。矢島さんのカラボスでしょー、渡辺さんのリラでしょー、渡辺さんは白雪姫もあるし(踊るのは主に子役さん?)、川島さんのフロリナに志織さんと岸本さんの猫、阪井さんの赤頭巾。妖精たちはどの組も楽しみ。

 男性諸君では梅さんと杉山くん、森川くんの樹木組(なんだそれ)が大活躍かな。梅さんと杉山くんが4人の王子、シンデレラの王子、青い鳥の3役。安田さんの王子系も初めて見るかな。森川くんとダブルで狼で、こちらもどっちも楽しみですよー♪ 岡崎さんの猫も。

 が。

 結局、追加公演は取ってないんですよねえ……orz。てっきり初回松組と同じメンバーでくると思ったんだよ……。そうすると杉山くんの青い鳥と川島さんのカラボスが見られんのよー 。・゚・(ノд`)・゚・。 。どっちも見逃す手はないと思うんだけどなあ。ぐすぐす。

 つうわけで、テンションが屋根より高くあがってますが、ベテラン/中堅満載の眠りもやっぱり見たいのよー。今年の上演予定は出ちゃったけど、久しぶりに古典通常版の眠りも(ゲスト抜きで)お願いしますよー。木村さんのデジレが見たいのよー。マラーホフ版のカラボスでもいいけど( ̄▽ ̄)。高木+奈良ペアのリラ・カラボスも見逃してるし。

 3月のNHKホール、木村さん出てくれるかなあ。夏の前幕プロまでおあづけとかイヤですよぅー(←さすがにガルニエまでは追っかけられない)。とりあえず、目黒の方を向いて拝んでみる (*_ _)人。

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2012/02/14

いろいろびっくり

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 さてさて、今日は東バ「眠り」の追加販売(これ)、松山のGWにコッペリア(これ)、新国立の芳賀さんの退団と代役でレスコーに古川さんと(これ)、びっくりすることが3つもあったなあ。

 というわけでおやすみなさい。写真は修善寺にて。

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2012/02/13

イエローケーキ

 てなわけで、渋谷のアップリンク(ここ)で、「イエローケーキ クリーンなエネルギーという嘘」(公式サイト)を見て参りました。以前紹介した「100,000年後の安全」(これ)が原発を動かした後に出る放射性廃棄物に関するドキュメンタリーなら、こちらは原発を動かす核燃料を作るための、ウラン鉱石採掘に関わるドキュメンタリー。2010年公開のドイツ映画。

 「イエローケーキ」というのは、名前だけは何度も聞いていたけれど、考えてみれば実物(の写真)は見たことがなかったような。この映画ではちらっとだけ、それが映ります。本当に、ちらっと。

 映画は1990年に操業を終えた旧東ドイツ南部のウラン鉱石採掘現場を中心に、ナミビア、カナダ、オーストラリアというウラン輸出大国の採掘現場をレポートします。露天掘りが多いので、「鉱山」というのとはまたイメージが違う。

 しかし、その広大なことといったら! 「オーストラリアでウランの露天掘りをしてて、労働者の被曝問題があって、先住民が採掘に反対していて」的な知識はあったけど、そんな知識なんか本当に表面的でちっぽけなもんだなあ、とあらためて思いましたよ。いやもう「後楽園ドーム何杯分」とか、そんな尺度はなんの意味もないなあ。本や写真じゃ実感できないような類いの広さ。日本のドキュメンタリーで「反原発元年」という映画があって、人形峠でのウラン採掘とその廃棄物の野積みの問題(当然ガイガー鳴ります)が出てくるけど、もう規模が全然違うよ。

 東ドイツで90年までウランを掘っていたのは知らなかったけれど、これはソ連との合弁会社。ソ連崩壊とドイツ統一とで操業終了となり、いろんな問題(労働者の被曝、環境への影響)が明るみに出た。今、この地域(テューリンゲン州の南東部)は危険地域に指定されている。ドイツの反原発運動の高まりには、そうした素地もあったんだろうな。

 そしてどこの採掘場でも、その膨大な廃棄物の処理については事実上お手上げ。ウラン鉱石から取れる「使えるウラン」の量は少なくて、例えばナミビアの鉱山では1tの土砂から平均265g(キログラムじゃないのだよ)。使えない土砂でも放射能は持ってる。精製過程での廃棄物も出る。大概はボタ山(死語か?)にしておいて廃坑に埋め戻したり、ため池みたいに溜めたりするけど、90年に廃坑したドイツの採掘場でさえ、未だに廃坑作業が終る見通しがない。最終的にどう処分するかは、やっぱり「考え中」なんだな。

 さらに、その粉塵舞い上がる採掘現場で、多くの労働者はマスクひとつせずに作業してるわけだ。普通に(放射性物質ではない)土煙だって身体によくないと思うのに。
 
 それにしても鉱山経営者たちの「自分たちは地域に貢献している」っていう、あの自信はすごいもんだな(自信があるから出演してるんだろうけど)。なんかもう、久しぶりに「帝国主義」なんて言葉を思い出しちゃうよ。

 というわけで、出口もダメダメなら入り口もダメダメだった原子力産業の「ダメダメ」の中身を確認するためにも、映画館へGO! 今後のラインナップも充実してます。久しぶりに「ホピの予言」をやるようだし。

 予告編で「タンタンと私」をみたけど、これも面白そうだった。「タンタン」シリーズの作者についてのドキュメント。ぢぶんは「タンタン」読んでないから見てもわからないように思うので、ちょっと残念。

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2012/02/12

ライモンダ!おしまい

 最近の検索ワードでは地味に「下賀茂熱帯植物園」(これ)が人気だ。なんでだろう。

 さて、ライモンダの最終回です。7日のアレクサンドロワの日のレポになります。

 この日のライモンダの友人はシプーリナとニクーリナ。並べてみるとシプーリナの方が華があるというか、派手というか。踊りは二人ともよかったです。好みでいうとニクーリナかな。その二人をエスコートする吟遊詩人(別に吟遊詩人である必要はないと思うが)に、ラントラートフとロヂキン。スパルタクスで見たときにはロヂキンがいいなーと思ったのですが、これまた並べてみると、さすがにラントラートフの方が上手い。安定感が違う。ま、ロヂキンはまだまだこれから伸びるな。美形二人ではありますが、さすがにモロゾフ&マスロボエフのようなあうんの呼吸というわけにはいかない、と。「二人組」をやらせたら、あの二人にかなうものはそうそうないなー、とちょっと思ったり。

 もとい。1幕で「王様にしてはうろうろしてるなー」と思った人は「執事」だったらしい。そういえばちょっとカタラビュット的ではあったけど、なんとなく王様といえばトランプ仕様、って気がしてたんだよう。ううむ。難しいのう。

 いろいろ間違いつつ。

 ジャンのルスラン(名字覚えられん)は、白マントが似合う貴公子。踊りは、目を見張るというほどでもないが、悪いところも特にない。柔らかい、王子キャラが似合うタイプだなー。

 でまあ、前にも書きましたが、マーシャのライモンダがカワイイんだ(^▽^)! エギナがエギナだっただけに何割増しかになってるかもしれませんが、まだまだ世間擦れしてないっていうか、ちゃんと「深窓の令嬢」なんだよなー。「姫」まではいかないさじ加減がいいね。
 婚約者が出征し、ふっと射す不安がアブデラフマンを呼び込んだような1幕の最後。ここの演出は上手かったなあ。黒い布を使って「邪悪」な者とそれに取り込まれる不安を視覚化する。そしてふっと目覚め……そこで寝てたの? 柱に頭ごんって打って目を覚ましたんじゃなかろうな?(←それくらいはやりそうな「令嬢」ではある)

 そして2幕、現れたアブデラフマンは「邪悪」ではないんだよな。マーシャのライモンダは、アブデラフマンをとにかく嫌悪するとか、ひたすら拒否するとかいうのではなく、拒否しつつも受け入れてしまいそうになる自分を予感しておののく、という感じ。その「おののき」はアブデラフマンに対してではなく、自分に対するもの。その辺りが非常に繊細な踊りであったと思います。情熱的にライモンダを追い、求愛するアブデラフマンと、ライモンダをかばおうとする4人の友人たち。その間にあって、ライモンダ自身は揺れ動いていたように思います。直接アブデラフマンにというより、彼に触発された自分の中の何かに。アブデラフマンへの恐怖よりも、その葛藤に耐えかねて卒倒してしまったような。
 だからジャンが帰ってきた時は心底ホッとしたでしょうなー( ̄▽ ̄)。まあちょっと頼りなかったけどな。

 それでもまあ、一度そうした葛藤を経験してしまったライモンダにしてみれば、やっぱりジャンは物足りないだろうなー、結婚生活も長くは続かないんぢゃー、と大きなお世話の心配をしてみたりしましたが、ルスランの最後の最後での大ジャンプ4連発(だったかな)はさすがに鮮やか。これでライモンダもイチコロ、やっぱりこの人だわー、頼りになるわー、になったと見えたのでありましたよ。めでたしめでたし。

 しかし、3幕のマーシャのヴァリはすごかったです。それまで「もちろん水準高いけど、マーシャにしては精彩を欠く?」と思わなくもなかったんですが、これはもうすごかった。会場中がまさに「水を打ったよう」で、ぴーんと緊張感が張りつめて。手は鳴らさない方でしたが、最後の1発だけ、ぱん! と決めたのがまたカッコよくてー 。・゚・(ノд`)・゚・。  ええまあ、泣かなくてもいいんですが。
 あとコーダの音楽がどんどん偉くなっていくとこ。あそこはすごく好きなんですが、あれもよかったなあ。

 というわけで、舞台そのものはたいそう満足しましたが、ライモンダといえば何度も見たマハリナで全幕を見られなかったのは大きな心残りでありますよ。自分の場合は、バレリーナで最初にファンになったのがマハリナで、それから遡ってテレホワ、ずっと行ってアレクサンドロワと、わかりやすいラインをたどってますからねえ。マールイもまた全幕で持ってきてくれればいいのにな。

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2012/02/11

安全第一。

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 昨年3月、上野のペリカン。もうじきあれから1年。

 佐渡や富士五湖で震度5の地震が続いて、そのたびにテレビのニュースでなぜか「棚から物が落ちたりはしませんでした」というコメントが入るんだが、あれはどういう指針なんだろう。

 あの日、東京では「震度5強」ということだったけど、うちの会社ではキャビネットがいくつも倒れたし、PCのディスプレイもほとんどが床に落ちた。小さめの台に置かれていたプリンターは、ひっくり返した亀のように裏返って落ちた。友人の職場では机の下にもぐりこんだ人が、机の上に倒れてきたキャビネットでフタをされてしまい、擦り傷程度ですんだものの、救出がそれなりに大変だったそうだ。うちの本棚も前後二重置きにしてあった本は軒並み落ちたし、多摩地区に住む師匠のマンションでは食器が相当数割れてたそうだ。かと思えば同じ多摩地区のうちの実家では特に損害はなかったようだし、一戸建ては強いなあ、つうこともある。

 まあ、あれ以来、会社のディスプレイは下にすべり止めが敷かれるようになったし、うちも本棚の二重置きは完全にではないけどだいぶ減らしたし、佐渡や富士五湖でも「地震が起きても物が落ちないように」あれこれと対策が取られていたのかもしれない。落ちないようにするにこしたことはない。

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 うちの会社における震度5強。自分の座っていた席です。写っている3台のキャビネットの扉にはいっていたガラスが全壊。自分と隣席の1名は机の下には入らずに部屋の中央の広いところに逃げたためにケガはなかったですが、ガラスの破片でイスにかけてあったカーディガンはじめ、いろいろ廃棄処分になりました。現在はガラス戸なしのキャビネットに交換されていますが、この席は「使用禁止」になってます( ̄▽ ̄)。ちなみに手前に平積みしてある本は作業用に積んであったもので、地震とは無関係。

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2012/02/10

ライモンダ!つづき

 えーと。ライモンダですね、ライモンダのつづき。

 3幕4場の仕立てですが、場面は……えーと。ハンガリー王の宮廷なのか、ドリス伯爵夫人の城なのか判然としないなーと思っていたら、プログラムによると「ライモンダの住む城」らしい。でもまあ2幕は「ドリス伯爵夫人の城」とあるので、ドリス伯爵夫人の城にライモンダが住んでいる、つうことでよいのでしょう(姪っ子だからね)。そこの広間で場面固定。中央奥に王や執事の乗る高くなった場所が有り、そこから左右両脇に弧を描く形の階段、正面にも短い階段があって、後は柱がちょこちょこと。シンプルながら、品よく機能的にできています。

 1幕2場は「ライモンダの夢の中」ですが、基本的なセットは変わらぬまま、中央に降りてくる紗幕を使って群舞を出し入れしたり、背景を替えたりして処理。そういえば「白鳥」にもこんな紗幕処理があったような気が(前回来日の時なので記憶はおぼろ)、とか、「スパルタクス」でも蚊帳の逆吊りみたいなのを同じように使ってたなーとか。展開はスムーズでいいですけども、やや「また?」的な気も。アブデラフマン登場の時はセリがあったのかなあ。

 群舞は全体に華麗ではありますが、バタバタ感も。連日のスパルタクスとツアーの疲れが出始めたかな。劇場リハが万全ではなかったのか(そして文化会館が彼らにとっては狭いのか)、後方の階段にどん詰まっちゃう人がそこそこ出てました。ボリショイ、広いんだろうなあ。3幕のGPDDの群舞は、男性カトル含めて「うわー、ダイジョブかー( ̄▽ ̄)」とちょっくら思いましたが、ま、勢いでなんとか。
 2幕のアブデラフマン配下のキャラクターとか、3幕のチャルダッシュ/マズルカなんかは「さすがボリショイ!」でしたですよ。

 オケの方は、1階前方の「スパルタクス」と比べて、3階はこれだけ音の響きが違うんかいっ! と改めて思いましたです……orz。「スパルタクス」を上から聞くべきだったかもなあ。上手サイドだったので、打楽器群がまったく見られなかったのが心残りだ。そのぶん、足音も増量ですけれども。ジュテの着地音とかよりも、群舞がスタンバイする時の出入りの音が気になる。

 3幕はもちろん華やかだけど、個人的には2幕が好きだなあ。アブデラフマンとライモンダ、彼女を守る4人の友人たちの押し引きというか。そんな話はまた後ほど。

 

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2012/02/09

ライモンダ!

 というわけで、7日のボリショイはライモンダ。当初はスパルタクス1本しか観ないつもりでいい席を取ったんですが、関西方面のレポがどんどん入ってくるようになったら辛抱溜まらんくなって、ぽちっといっちゃったよー( ̄▽ ̄)。というわけで、3階上手最前列の中ほど、B席です。上野の上階席は手すりが上に出ていないのでストレスが少ないのがいいですが、RLになると舞台側隣の人の動向がモロに目に入るのだなー。で、今回はその舞台側隣の人が、ひっきりなしに眼鏡とオペグラの掛け替えをやっていて、眼鏡をかける時はまだいいんだけど、外す時に眼鏡のツルが外に向かって弧を描くので、そのたびにぢぶんの視界にワイパーがかかるという(-”-メ)。尖った物が視界を横切るのは特有の不快感があるからなあ。2幕以降はだいぶ(隣の人が)落ち着いたけど。センター席だとそういうことは気にならないんだけどね。
 席自体は、1幕で伯爵夫人が上手の定位置についたときに上半身が見えるくらいで、まあこのあたりなら(ドンキじゃなければ)オッケーかな、と。2幕で手下にからむアブデラフマンがちょっとみづらかったのが残念な程度。

 いやーしかし、アレクサンドロワのライモンダ、想像以上によかった(^▽^)! これは前からそうなのだけど、マーシャがうつむき加減になった横顔のうなじのラインとか、ちょっと顎を出した感じとかが大好き。「姫」ではなくて「貴族の令嬢」なんだが、この「令嬢」って辺りがなかなかに似合ってたなあ。キラキラで可愛い。可愛いんだよー♪ それが2幕のアブデラフマンからの求愛を受けて、不安や葛藤を経て大人になっていく。そんなライモンダでありましたよ。ライモンダって「精神分析的」な話でもあったんだな。

 なにしろアブデラフマンのロブーヒンもよかったのだ(^▽^)! 1幕の最後、ややロットバルト的にライモンダの夢の中に登場する不吉さ加減もよく、2幕では清廉潔白な黒い騎士。まさに「黒い熱風」でしたなー♪ ま、2幕の構成自体は、「ヨーロッパ」と「それ以外」っていう、相変わらずおまいら大雑把だな、どこのサラセンだよそれ、みたいな区分ですが、スペインまで入っているのはレコンキスタか。てか、身内の十字軍遠征中にサラセン人招待して宴会とか、それでいいのかドリスぅー。

 とかツッコミ出したら切りはないけど、それはそれとして。スペインをバックに踊るアブデラフマンがかっちょよかったからいいですよ、まあ。

 時間切れなのでまた明日にでも。

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2012/02/08

ライモンダ行きました。

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 つことで、ボリショイのライモンダ、行ってきました。

 スパルタクスとツアーの疲れか、ちょこちょこと小ミスのあった舞台でしたが、ロブーヒンのアブデラーマンと、マーシャの3幕のヴァリがそんなものは全部ぶっ飛ばしちまうぜ! でありました。マーシャのヴァリ、すごかったなあ。

 ちょっと疲れ目がひどいので、こんなところでまた明日以降に。半端ですんません。写真はなんの関係もない東寺で。


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2012/02/07

「エロス+虐殺」とりあえずここまでで。

 さて、がんばりますよー。明日はマーシャのライモンダだし(←結局行く)。

 「エロス+虐殺」の続き。

 伊藤野枝の岡田茉莉子がいかにも女学生。上京してくる時は「はいからさん」(しかも袴が膝丈なのは70年ミニ仕様?)で、かつての沢口靖子のようなぴっちぴっちの女学生なんだが、最後まで(人妻風のスタイルに変わっても)女学生みたいだったなあ。ほっぺたがふっくらとして。それに比べるとやや痩せ形の逸子の方は社会にまみれたリアリストっぽい。

 いわゆる「妻」の保子を入れた3人の女たちに大杉が提示する「自由恋愛(フリーラブ)」の条件は3つ。3人がそれぞれに経済的に自立すること。性的関係を含めて互いの自由を保障すること、大杉は誰とも同居しないこと、だったかな……(←忘れるのが早い)。

 いや、今なら別段かまわんと思うんですが、大正初期の時代ですからね。女が「経済的に自立する」ってのは、今と比べたらそりゃハードルが高すぎる。簡単に言うなよ、簡単に( ̄▽ ̄)。そんで「僕は3人を公平平等に愛する」ってアンタ、ないないないない!(←思わず画面にツッコミ)。そう言った男は何人も知ってるが、そうだった男は知らんぞ、オレは( ̄▽ ̄)。
 細川俊之(若い)じゃなかったら、即座にエイリアンびんただな。顔の真っ正面からびたーん!と(草刈正雄でもちょっと許しそうかもー)。
 結局は、大杉は官憲に目をつけられて文筆活動ができないし、野枝はこれも収入がないし、結局経済的には新聞記者の逸子に二人してぶらさがる格好になるわけで。そりゃ同志も怒るわ。

 まあ映画の範囲での話ですが、大杉の「自由恋愛論」は、大杉自身の観念的/理論的に構築されたものと、本人のモテモテっぷりとが、幸か不幸か一致して実践されちゃったもんだから、日陰茶屋での刺しつ刺されつまで突っ走ったけれど、大杉にとってはあくまで「理論の実践」なんだよな。だから同志に「保子さんが泣いてるじゃないか!」みたいな倫理で迫られても動じないし、逸子に「理論の破綻」を指摘されても引けない。理論の破綻はアナキスト大杉の死でもあるから。

 で。日陰茶屋で、大杉が刺される場面は3度、シチュエーションを変えて繰り返します。最初は、眠る大杉の首に逸子が匕首を走らせ。2度目は風呂場で大杉が逸子の手を持って、自らの腹を刺し。3度目は、戻ってきた野枝が大杉の首に貫通させ。
 トークで監督はこの場面を、最初は逸子の手記の通りに、2度目は破滅志向のある大杉から見た事件を、3度目は野枝の立場で撮った、と。ある意味で、事実はどうでもいいんですな、この場合。3人が3人とも大杉を刺したかった=自分の手でこの破綻に決着をつけたかった。この映画が「物語」ではなく「夢」であればこそ、それがかなうというわけで。

 戸板の上で逆大の字になった大杉の「早く医者を呼べ」ってのが大マヌケでいいなー。

 ご存知の通り、大杉は一命をとりとめて、結局野枝ともども甘粕大尉に虐殺されるわけで、それも象徴的に描かれます。
 ではなぜ彼らは甘粕に殺されねばならなかったか。

 実際、映画だけだとこれはちょっとピンとこないかもしれない。70年当時なら共有できたのかもアヤシイとは思うがなー。ぢぶんはトークの最中にすとん、と落ちたけど、自力で辿り着くのはキツイかなあ。日本だと「アナキスト」はどうしても「無政府主義者」の訳語のイメージに規定されちゃうし。
 ものすごく大雑把にいえば、「自由恋愛論」というのは、戸籍制度と家父長制に真っ向から刃を突きつけるものなわけです。この二つの頂点にあるのが天皇制ですから、天皇の憲兵たる甘粕においては、これを放置することはできない。

 映画の野枝らのパートは、大杉の「春三月縊り残され花に舞う」という、大逆事件で検挙されなかった自らをうたう場面から始まります。大逆事件から甘粕事件へ。天皇制による二つの虐殺事件の間を生きた大杉と野枝。二人のエロス=性/生はいわゆるラブシーンをほとんど伴わずに描かれ、逆に現代の和田と永子は、その永子の脱ぎっぷりにもかかわらず、全く歓びを伴うことがない。
 「エロス+虐殺」というタイトルは、エロスを実践することによって虐殺された大杉と野枝ばかりではなく、エロスそのものを虐殺されている和田と永子をも内包しているように思うのです。

 「エロス」の問題が残っちゃったけど、それは別の話でいいや。とりあえず、打ち止め。

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2012/02/06

エロスの続き。

 今日も1日、遅々として進まぬ片づけものなど。でも台所はだいぶすっきりしてきたかな。吊り戸棚の中は割れ物ゼロにできたし、それに伴って15並べ式にあれこれ動かしたり、油で汚れた物を処分したり。

 ……15並べって、今もあるんかいな。画面でやるヤツじゃなくて、プラスチックの薄い板の。小さい頃、山口に帰るときによく、新幹線の中でやってたけどなあ。

 というわけで、昨日の続き、「エロス+虐殺」について。

 公開は1970年。映画内での「現在」は1969年。ライターやマッチでの火遊び意外に為すところのない大学生和田(原田大二郎)と、彼が出会った女子大生永子(伊井利子)。「生きる目的」や「やりたいこと」どころか、「今やること」すら見つけられない彼らの底の知れない虚無。二人の無意味で自暴自棄にも似た「遊び」が延々と繰り返され、さらに彼らを絶望させるかのよう。原田大二郎がこんなにニヒリストになるとは思わなかったなー。それも、例えば眠狂四朗のようなかっこいいニヒルではなくて、本当に、ただひたすら虚しいだけという。そして「あたしに火をつけられる?」と繰り返す永子は、情熱そのもののような伊藤野枝に心中であこがれを持っている。この二人の「遊び」と、永子の売春相手であるCM監督の畝間とのパートが、野枝と大杉のパートに挟み込まれ、時に重なりあって共演する。

 アフタートークで吉田監督は、「夢」のような作品にしたかった、と語った。これは「物語」ではなく「夢」である。「夢」の中ならば、現代に生きる我々が野枝や大杉と共に生きることができる、と。
 野枝のパートの方は、桜の中での大杉とのやり取りから遡って、野枝が九州から上京し、青鞜に入社し、辻と暮らし、大杉と出会い……と日陰茶屋までが概ね順を追って進んでいくが、野枝が新幹線で上京し、大杉が高速道路上で襲われるなど、彼らは時に現代に越境し、野枝は新宿で永子にインタビューを受けさえする。

 一緒に見た友人が「むしろ現代の方に違和感」と言う通り、和田と永子、永子の友達の恵のセリフは戯曲的で、しかもアングラ系の、延々と意味があるのかないのかわからないことをしゃべり続けるというアレだ。映画のセリフというのはリアルな会話であると、心のどこかで思い込んでいるので、いきなりコレをやられると「なんだなんだ」という気になる。そこへ持ってきて原田大二郎の棒読みだし(わざとか?)。ただその「現実感の無さ」が逆に「リアル」であるような気もする。
 例えば、恵が売春相手のはずの(やらずに帰っちゃうんだけど)畝間に向かって延々と、今朝起きるところから今に至るまでを微細もらさずしゃべり続けるさまは、ツイッターやブログとどこがちがうだろう。「することが何もないの、こわい、助けて」と泣く彼女は、ネットの中に無数にいるのではないか。

 つづく。早く終らせてボリショイに戻らないとー。

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2012/02/05

エロス+虐殺

 つことで、ユーロスペースの特集上映で「エロス+虐殺」を見て参りました(特集上映はこれ)。今日は監督のトークつきってことでほぼ満席だったけど(こんなに埋まったユーロスペースは初めてみるかも( ̄▽ ̄))、次の回の「帝銀事件」も盛況みたいで、狭いロビーがすし詰めぎゅうぎゅう。「帝銀事件」も見たかったんだけど、最近ダブルヘッダーを組む体力的余裕がない。

 ずーっと(というのは20年以上)一度は見たいと思いながら、延々と見そびれていた映画でしたんで、「ようやく」という気持ちですが2時間50分は尻に来る。監督のトークの頃にはもう「尻痛い、早く立ちたい」な状態。ふー。しかし、216分のロングバージョンもあるんですよ。インターミッションなしでそれは辛すぎる。それでもねえ、「ショア」(9時間半)よりはねえ、といつもと同じ慰め方をしたりして(笑)。一挙上映会とか無謀な企画をしたアタクシたち、若かったなー。

 ま、それはそれとして。

 伊藤野枝(岡田茉莉子)を軸に、大杉栄(細川俊之)と正岡逸子(楠侑子)との「日陰茶屋事件」を後半のメインに据え、現代(ちうのは1969年だが)の二人の大学生(原田大二郎と伊井利子)を交錯させながら、伊藤野枝と大杉栄が虐殺されなければならなかったのはなぜか、に迫る。

 非常に美しい映画でした。露出をオーバーにし、画面の「白」を強烈に印象づけるモノクロの画面。シネマスコープサイズなのかなあ、あの目一杯な横長は。粒子がざらざらと粗くて、雪か灰かが降るような画面が(それ自体の効果を狙ったわけではないにせよ)美しいんだ。リマスターしちゃうとこういう映像はみられないだろうな。「鮮明さ」を追及した現在のハイビジョンとは対極にあるような映像だけど、それが「夢」(むしろ白昼の悪夢というべき)のように美しい。前半の満開の桜とかね。デジタルでは決して撮れないだろうと思わせるタイプの美しさ。

 そして同様に美しいのは伊井利子のヌードだったり。横たわった背中の産毛が立っているのが見えるような序盤の川辺久造とのシーンは綺麗だったなあ。60〜70年代前衛映画のお約束でやたらヌードシーンが出てくるんだけど、考えてみたら女性で実際に脱いでるのは伊井利子と玉井碧だけのような。いや、玉井碧のは脱いでるうちに入らないかな……。

 えーと。

 原田大二郎(若い)は、美青年とかイケメンとかのカテゴリに属す人ではないと思うんだけど、時折「はっ、これは美青年というものでわっ Σ( ̄ロ ̄lll)」と思う瞬間瞬間があるのが不思議。細川俊之(若い)の方は声も顔もスイーツたっぷりで、どんな身勝手もうっかり許してしまいそうになったりして( ̄▽ ̄)。もう最強のヒモというか。
 そして映画館でばったり会った友人と「……蟹江敬三?」「いや、年齢合わなくね?」といっていたのは川辺久造でありました。なんか似てるー。辻潤役の高橋悦史の枯れ具合(若いのに)もすごくよかったなー。

 カメラワークの斬新さは今見てもびっくりですが、日本家屋の怖さといいますか、そんなものも堪能したり。すべての部屋がふすまを始めとする建具で縦横無尽につながっていて、もうどこから誰が出てくるかわからない、という。

 映画の中身については多分明日にでも。しかし、実名(大杉とか野枝とか)と仮名?(神近→正岡、らいてう→哀鳥とか)が混ざってるのはなぜなんだろう。製作当時存命だった人は名前が変えてあるのかな。最初、自分の聞き違いかと思っちゃったよ。
 

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2012/02/04

フリーギア!

 さて、さくさく行きますよー(多分)。

 フリーギアはニクーリナ(韻を踏んでるなー)。美しかったですねえ。清楚でつつましやかな、スパルタクスの妻。オデットなんかいいだろうな。ドミトリチェンコとの息もぴったりで、アクロバティックなリフトを次々と決めてました。しかも、一瞬それが「アクロバティック」であることを忘れさせてしまうような、流麗な、とでもいいますか、やっぱり「踊り」なんだなあ、と。2幕のPDDだったかな、スパルタクスに、三角形にぶら下がったまま退場するのがなんか好きだったなあ(^▽^)。

 いやしかしだな。ニクーリナのパフォーマンスには一点の不満もないんだが、ドラマとしての「スパルタクス」の中でのフリーギアっていうのは、やっぱりある種の「彩り」なんだなあ、おそらく。それは今回の主演4人の個性ないし解釈によるものかもしれないし、グリゴローヴィチの解釈かも知れないし、そもそもそういうものなのかもしれないけれども。
 つまり、一見色物のエギナがぐいぐいストーリーの中核になって、少なくともアレクサンドロワの場合は牽引役になるわけだけど、フリーギアっていうのはストーリーそのものには「咬んで」ないという意味で対称的だなあ、と。

 ドミトリチェンコのスパルタクスの蜂起の動機(あ、これも韻を踏むな)は剣奴として仲間を殺さざるを得なかった方に力点があって、その前にフリーギアが道化師たちに辱められる場面はあるけど、それはスパルタクスは見てないわけで、動機/契機になりがたい、というか、なってないように思うわけです。2幕と3幕のPDDは本当に美しくて、見ごたえもあったけれども、スパルタクスにとってフリーギアがなにかの動機になっているかといえば、なっていない(ドミトリチェンコのせいかもしれないけどー)。例えばよくあるような「守るべきものの象徴」や「銃後の妻」ですらないように思えるんですな。

 で、フリーギアは何してるかっていうと、嘆いて、愛しているわけです。宴席で慰み物にされても為す術はなく、スパルタクスの胸で安らぎ、出征を嘆く。このある種の無力感っていうのが「奴隷を象徴してる」といえなくもないけど、いえなくもないけど、いえなくも……ないなあ。

 アレですか、「女は世界の奴隷か!」ってヤツですか(←今思い出した)。

 おいといて。

 これはニクーリナの個性によるのかもしれませんが、1幕のその宴席で翻弄される場面の方が「人妻」っぽく、舞台が進むにつれてむしろ純化されて「清らかな」イメージになっていったような気がしました。周囲がローマの宴会という猥雑さではなく、スパルタクスと二人きり、というシンプルな場面になっていったせいかもしれません。

 で、結局フリーギアとは何だったんだろう、と思いつつ、ラストシーンを見て、ああこれは「ピエタ」だったんだな、と。
 串刺しになってつり下げられる(上げられるというべき?)スパルタクスの姿というのは(何せ相手はローマ軍だし、ドミトリチェンコの顔の長さや金髪度合いとも相まって)、キリスト的であるなあと思いつつ、何でも吊り下がってりゃキリスト的だってこともないよな、とかごちゃごちゃ考えてたわけですが、最後のスパルタクスの遺骸を回収した仲間たちのところへ夜をかきわけながらやってくるフリーギアは、やはりマリア(聖母でもマグダラでもどっちでもいいですが)をイメージさせる。これはニクーリナのピュアな雰囲気に負うところも大きいのかな。最後のニクーリナの表情は圧巻でした。

 それもこれも、自分の頭の中にある、「ベン・ハー」的なイメージにも左右されてるんだろうなあ、と、最初の話に戻るわけですよ(^▽^)。

 というわけで、「清くつつましく、愛に満ち、芯が強くてしかも無力」という、絵に書いたような正しいヒロインのフリーギア。例の「女には二つある」ってヤツの、その二つをきれいにパッカリわけあったフリーギアとエギナでありますが、そのエギナもアレクサンドロワにかかっちゃうとまた別の意味を体現してしまうというお話は、また3日後くらいに(多分)。

 いやー、しかし今回のぢぶん、フェミっぽいじゃないか( ̄▽ ̄)!

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2012/02/03

スパルタクス! その2

 つことで、つづき。

 ぢぶんにおける「ローマ軍」のイメージってのは、どうしても「ベン・ハー」だったりするのが恐縮なんですが、まあそんなことをチラチラと思い出したりしつつ。まあ、敵役がローマ軍司令だってのと、主人公(チャールトン・へストン/ドミトリチェンコ)の顔が長い、ってほかに共通項はないような気もするんだけども。

 各種ガラのプログラムに載っている作品紹介程度の前知識しかなかったけれども、大筋で間違ってはなかったなー(^▽^)。終ってから茶店でプログラムを読んだけど、アッピア街道の場の4人組が羊飼いだったのと(←反乱軍の人かと思った)、エギナが反乱軍を誘惑する場面の女性たちがエギナの手下の娼婦だったのくらい(←キャスト表の「羊飼いの女性」かと思った)。
 物語→主要人物のモノローグ(ソロ)、の繰り返しで、ひとつの場面も意外と長く、わかりやすい。話自体も複雑ではないし。主要4人の関係さえわかっていれば、あとはオーライ。

 その「4人の羊飼い」なんだけど、スクエアになった時に上手の後ろにいた人がなかなかによかったんですが、名前がわかりません。冒頭の、スパルタクス登場の前の奴隷たちの踊りのところから目をつけてたんだけどなー。群舞がぐるぐる回るから、途中でどれがどれだか( ̄▽ ̄)になったりして。髪が濃くない茶のストレートの人(で、ちょっとクリギン(父)系の顔立ち)。

 ドミトリチェンコのスパルタクスも、わかりやすい造型だったと思います。正義の人というよりは、怒りの人。リーダーシップと抜きんでた能力はあるけど、カリスマというほどでもない(ワシリーエフだと「カリスマ」になるのかもなー。というか、それが正しいのかもしれないけどな)。貴族の宴席の余興で仲間を殺さざるを得なかった(こういう場合は大概「仲間」というよりも「親友」だったりするのが定石なんだけど)悔いや、そこから沸き上がってくる貴族への怒り、憎悪が反乱への動機として大きく立ち上っていくのがよく伝わっていく。

 と同時に、そうして始まった反乱は、クラッススとの一騎打ちで区切りがついてしまうんだな。あえてクラッススを「処刑」ではなく決闘という形でというのは「オレは貴族みたいに汚くない、正々堂々とやるんだ!」ちう、貴族へのアンチテーゼですが(まあ自分の腕に自信があるからだけどねー)、それはクラッススを打ち負かして追放することで収束しちゃうんだよね。スパルタクスにとって、反乱はもう一段落。だって彼(ら)の獲得目標は「奴隷の解放」で、政権奪取じゃないんだもの。

 とはいえ、そうは問屋がおろしがね( ̄▽ ̄)。反乱も革命も、大変なのは「勝利」の後って、古今東西相場が決まってますがな。ここから「なんでクラッススを殺さないで逃がしちまうんだよ、ぶうぶう」という身内を押さえ込み、まとめ直して、全力で巻き返しを計ってくるローマ軍をもう一度撃退しないとならないんだけど、そういうことはこの人の頭にはないんだろうなー、ワシリーエフの頭にはもっとなさそうだけどなー。ま、そこを有無をもいわせずまとめあげちゃうのが「カリスマ」ってヤツなんですが、そこまでの度量はドミトリチェンコにはないのであった。あったら話がちがっちゃうけどさ。

 ……ちょっと自信はないんですが、フリーギアとの別れのPDDの後、ローマ軍が来る、という知らせを受けた時に、「よし、やっつけたる!」みたいな勢いではなく、ちょっと歯切れが悪かったような気がしたんですよ。別れのPDD自体に悲壮感があって、そこはクラッススやエギナの「勝利するぞ!」とはやっぱり違うんですけども。「正義」の持っている詰めの甘さとでもいうような、何か。

 ある意味では、「等身大のスパルタクス」だったようにも思うんですよ。踊りはもちろん素晴らしかったです。でなきゃ「スパルタクス」のタイトルロールなんか踊れないもんねえ。しかし、「カリスマ的英雄」ではない、一人の青年の怒りや絶望や迷いを描き出したことで、このスペクタクルな「ローマ史劇」に現代的な、あるいは現代人の琴線に触れる、味わいを生み出したように思うんですよね。

 つづく。

 

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2012/02/02

スパルタクス!

 2月になったので、バレンタイン用にイラストを変えてみました。こうなると「人情」も欲しいところ。

 つことで、ボリショイのスパルタクスを見てきましたよー♪ いやいやいやいや、「スゲエ」というのがいちばんしっくり来ますかね。スパルタクスとフリギアのアダージョは各種ガラなどでよく見ますが、全幕を通しで見るのは初めて。題材が題材だけに男性群舞の使いっぷりがすさまじいですが、ヤコプソン版でもそうなのかな。踊りのハードさはともかく、出番的に。

 今日はドミトリチェンコ(スパルタクス)、バラーノフ(クラッスス)、ニクーリナ(フリギア)、アレクサンドロワ(エギナ)の組み合わせ。ボリショイであらば、ぢぶん的にはまずもって、アレクサンドロワヽ(´▽`)/! であるので(だってネポさん来ないしさー)、そりゃもうどうしたってそっちに肩入れしちゃうんですけども。

 冒頭、スパルタクスの名がうっすらと刻まれた(石積みを模した)幕、その後のクラッスス率いるローマ軍の踊りなどを観ているうちに、往年のハリウッドのスペクタクル映画を思い出したりして。スパルタクスなんて、題材的にはデミルあたりがやってもおかしくないよなあでもキューブリックだけど、と思ったりしてたのだけど、なぜかローマ軍の途中から「手塚治虫的」という気がして、それは最後まで続いたのでありました。それは作品が漫画的とかいうことではなくて、世界観的なもの(ヤなことばだ)が通底していたような気もするし、あるいは火の鳥ローマ編あたりの衣装のイメージなのかもしれないけれども。

 で。

 夫唱婦随のスパルタクス夫婦と婦唱夫随のエギナ夫婦。スパルタクスとクラッススの対立/対決の物語でありつつも、二組の男女のありよう、さらにはエギナとフリーギアという二人の女性の対比の物語でもあるんだなあ……ちうのは、アレクサンドロワがあまりにも圧倒的だったからかもしれないですが。相対的に(かな)、クラッススがだめんず化して、カワイイったら( ̄▽ ̄)。1幕の宴会場面なんか、エギナに焦らしに焦らされて、「もおおおおおお、はやくうううううう(させてよぅ)」てのがかわい過ぎてわらっちゃったよ。エエとこのボンボンはこれじゃけん(笑)。

 アレクサンドロワはあらゆる点においてスゴイですけども、今回はその「誇り高さ」が素晴らしかったです。……という話はまたのちほどー(眠い……)。

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2012/02/01

マールイ白鳥3幕後半

 はあーっ、はっ、はっ、やっちゃったよ! マーシャのライモンダ、ぽっちりとヽ(´▽`)/。行けるのか、ぢぶん。ほんとーに行けるのか? マーシャじゃなきゃ、あきらめついたんだけどなあ……。もう知らんわ。

 つことで、続きです。

 悪魔ご一行の「ちゃんちゃんちゃん!ちゃらーらちゃらーら」というあの出囃子……つかイントロは、どのバージョンで見てもワクワクするものですが、ゴルスキー版ともなればワクワク×5はいきたいところ。暗転した舞台でスポットを浴びるロットバルトが、ばさんっ!とマントを振り払うとそこにはキラキラオディールが、そして背後に忍び寄る4つの黒い影っ!

 ……というとこなんですけどもね。いやいや、ロットバルトとオディールはよかった。ペレンのオディールはもう安心して堪能すればいいレベルですし、チュチュに一筋赤い羽根をあしらった衣装もいい感じだ。スペインだって、モロゾフとオマールだ。

 「ちゃんちゃんちゃんちゃん!」というオディールと王子の捌ける音楽から間髪を入れずに鳴り響くカスタネット、上体をくっと倒し、狙った獲物は逃がさないぜ! とばかりに挑発的に前に駆け出す4人の悪魔……

 ……だと思ったんですけどね、ええ。全然まっすぐに立ったまんまで普通に小走りしてましたけど。いやいや、モロゾフは前回よりもぐっと身体が絞れていいラインになってましたし、オマールはキレキレな踊りでしたですよ。
 えーと。男性の白(グレイ)と黒が逆で、モロゾフが白なんだけど黒位置。振付はほぼ同じですが、2回ある跳躍のひとつがちがってたような気がする。「歩く」前の牛姿勢はあるけど(って本当は「牛」じゃないんだろうけど)、男性が左右を変わらずに(なのでパートナーチェンジなし)ぐるっと舞台を回る。女性の背面扇床打ちはなし(そこまで反らない)。

 ……うん、まあいいんです。いい踊りでしたよ。でもただのディヴェルティスマンだなあ。「悪魔ご一行」じゃなくて。まあ考えてみればボヤルチコフ版は「民族舞踊全部が悪魔のご一行」なんだけど、全然そんな風じゃなかったもんねえ。あれは「悪魔が見せためくらましの幻」だと思うので、別段悪魔っぽくなくても構わないといえば構わないんだけど、ゴルスキー版のスペインはさあ(ぶつぶつぶつ……)。森川くんや横内くんだって、アワアワしても悪魔の手下だったのにさあ(ぶつぶつぶつ……)。

 とかぶつぶつしてる間にはやGPDDです。ツァルは思ったほど介入してなかったかな(てゆーか、トナカイの人がいつもウロウロしすぎなのか?)。というか、ロットバルトの衣装が不必要にだっぷり見える。多分、鎖帷子の柄が書き込んであるんだと思うんだけど(そしてビミョーにツァルも膨張してるのかもしれないけど)、やたら膨らんで見えて勿体ない。周囲の衣装を思えば、もう少し豪華でもいいようなもんだがなあ。ペレンはもうキラキラだし、サラファーノフは上手だし、見ごたえのあるGPDDでしたよ。

 そして「この人をお嫁さんに」、ですね。はー、マルチナさん、美しいなあー(思わず「さん」づけだよ)。で、4人はどこだ? と思ったら、上手の袖前のとこに地味に立ってましたよ。後ろで( ̄ー ̄)ニヤリウクククってしなくていいのか? そろそろ動かないと「うひゃひゃひゃ」に間に合わないんじゃ? と、ちょっくらハラハラしながら見ておりましたが、

 手下ども、「うひゃひゃひゃ」無し!Σ( ̄ロ ̄lll)

 ロットバルトとオディールだけが王子を嘲笑い、スペインは悪魔たちの後を追って捌けるだけ(・_・)。最後に後を追おうとする王子を威嚇するモロゾフが一瞬悪魔だったなあ。……そこだけは。
 花火ぱーん! も無しでしたが、これはあった回もあったようです。

 ひーん。なんのためのスペインだよぅ(ノ_-。) ←ここに執着するのもどーか、という意見には聞く耳持ちませんですよ。

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