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2012/12/05

やっとの思いの最終回。

 さ、がんばりますよ。ここまでくれば……。

 オネーギンの手紙を手にうろたえるタチアーナ。友佳理さんは全体に初演時よりも抑えめのトーンだったと思いますが、3幕も初演時よりだいぶ「人妻っぽい」感じが。落ち着きというのともちょっと違うような気がするんだけどな。テンションがコントロールされているというんだろうか。

 武尊くんの疑いをしらないキラキラ侯爵、平野さんの腹に一物侯爵、森川くんのとにかくいっぱいいっぱい侯爵ときて、後藤さんは武尊くんがもっと大人になった感じかな。ごく普通の日の、ごく普通のお出かけ。恭しく妻を扱うのがいかにも「ああこのおっさん(←こら)が、こうやって丁寧に丁寧に扱って、田舎娘を貴婦人に育て上げたんだなー」という感じで、なかなか。まあでもタチアーナはちょっと、そういうところに無意識に物足りなさというか、窮屈さというか、何かしら感じてたのかもしれないな、とも。不満とはいえないくらい小さなとげっぽいもの。そういうところにオネーギンはするりと入ってきちゃったんじゃないかな、と。
 リハの時は、タチアーナに後ろからすがられて、えらくびっくらこいてたので、「いや相手は妻なんだからそこまでぎょっとせんでも」と思ったのですが、本番ではかなり普通に( ̄▽ ̄)。

 そしてダンナと入れ違いに、行きつ戻りつしながら、もはやシッポの落ちた悪魔の登場です。

 この二人のこの場面は、リハ会の時もそうだったし、前回ももそうなんですが、もう涙が出るとかいうよりも、いつも息ができなくなるんです。いや、してるんですけどね、息。でもなんというか、「息詰まる」とはこのことかというくらいに。

 つかんだ手を離すまいとするオネーギンと、振り切ろうとしながらすでに自分が自分を裏切っているタチアーナ。床に這ったオネーギンが立ち上がり、二人が横に並んで手をつないでそっと引き合う静かな場面が実は今回はとても初々しく見えて(←役の年齢だって高いはずなのに!)、すごく好きでした。
 初演時の、オネーギンの情熱に引き回されて、とにかく「手紙!」と、テーブルに置いた手紙だけを正気への支えにするかのようにそこへと立ち戻る友佳理さんとそこから引きはがしてそのまま連れ去ろうとする木村さんという構図は今回はありませんでしたが、やはり「格闘」ともいえるようなPDDではありました。美佳さんならここを「音楽」で踊っちゃうんだろうけど、木村さんも友佳理さんもそこは「ドラマ」で踊っちゃうからなあ。「二人でバランスを取る」のではなくて、思い切り引き合い、ぶつけ合うような。印象的なのは、後ろからすがるオネーギンを引きづりながら歩いて卒倒するように後ろに倒れる振り(×2)ですが、友佳理さんが身体を硬直させてまっすぐ倒れるのではなく、ゆるやかに崩れるように、オネーギンの「中」へ倒れたことで、なんかすごく切なかったなあ。

 リハ会でも、「しかしまあ、女を翻弄する人だよなあ」と妙な感心をしたもんですが。木村さんのオネーギンは初演時から明確で、彼にとってのタチアーナは彼が(レンスキーとの決闘によって)なくしたすべての象徴なんですよね。ボールルームで振り返った、むなしかった日々。幕前で繰り広げられた走馬灯。それはもうオネーギンの身勝手だし、タチアーナの方にはそんな発想はないから、ただもう翻弄されるんだけど。終盤の鏡のリプライなんてもう、「手に入れたも同然」と思ってるのが見えたりしてね。

 なんといいますか。身勝手なりに捨て身なオネーギンと揺れ動くタチアーナといいますか、木村さんと友佳理さんを見ながら、ああ本当に不器用だなあと思いつつ、木村さんと友佳理さんの「不器用さ」がそのままオネーギンとタチアーナの「不器用さ」と重なって、「4人」が渾然一体となったままでその情念が渦をまいているような、なにか自分でも何を見ているのかわからなくなるような、そんな気がしていました。それはごくたまに、木村さんの中の「熱」が友佳理さんに触発されて過剰に噴出してくるような、そういう舞台としてあったわけだけど、それが何か「限界」を超えた時に、するんとどこか違う次元にいってしまったような、そんな気もしたんですよ。「踊る」とか「役になる」とか「役を生きる」とか「化学反応」とかそういうきれいな言葉ではなくて、なにかもっと渾然としたもの。よくノンナとか真澄ちゃんとかが「なにかが見えたような気がしたのー」という「アレ」に、おそらくは本人たちは気付かないままに辿り着いていたんじゃなかろうかとか。もしかしたらそれは、「無心」に近いのかもしれないけど、言葉そのものを拒絶するような気もしたりして。

 リハ会の時に、二人がかなりの精度でこのPDDを踊ってるのを見てるわけですが(友佳理さんはツイストきっちり2回転入れてたし)、全幕通しの負担、衣装の重さ、ライトの暑さ、オケの音、いろんなことがありつつも、舞台の上で起きることはまたまったく違うんだな、とも。自分のすべてを投げ出す、というのか、入れこむ、というのか。明後日同じものを踊る人がこんな踊り方をするのは無茶だというような。まあ、それでもやっちゃうんでしょうけどね。
 でもまあ、木村さんを好きな人ってのは、大概そういう馬鹿なところを愛してるんじゃないかな、と、やっぱり最後は憎まれ口で終わるわけですよ。

 横浜のカテコ。二つの花束を高々と掲げた友佳理さんの勇姿が。こんな凛々しい友佳理さんを見ようとわっ( ̄▽ ̄)。

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