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2013/02/23

ガザの子どもたちについての報告会

 さてと、23日はいくつも集会が重なってどうしたものかと思いましたが、明治のリバティタワーで行われた「ガザ攻撃と子どもたち」という、古居みずえ氏の現地報告を軸にした催しに行って参りました。以前彼女の「ぼくたちは見た」という書籍/映画を紹介しましたが(こちら。公式サイトはこちら)、昨年11月のガザ攻撃の後に現地に入って、映画に登場した子どもたちに再取材したときの様子が聞けるとのことで、こちらを優先。

 集会は、アムネスティの川上氏の簡単な解説(主に2008年の攻撃から現在までの経緯と戦争犯罪について)、古居氏の現地の(一般的な)報告、映画「ぼくたちは見た」を20分足らずのダイジェストにまとめたものと、そこに登場した4人の子どもたちを今回インタビューした映像、休憩をはさんで、立教大の箕口氏と古居氏のディスカッション。箕口氏はレバノンの難民キャンプの現地調査などの経験もあるという心理学者(コミュニティ心理学)で、司会は川上氏。

 父親を目の前でイスラエル兵に撃たれたカナーン(09年当時12歳)は、事件直後、父親の血のついた石や、現場に残された薬莢を、「父がどう殺されたかを忘れないために」拾い集め、「父の顔、父を殺したイスラエル兵の顔を描くために画家になりたい」と言っていた。3年経った現在、彼は「医者になりたい。08年の攻撃の時に何度も救急車を呼んだが、封鎖でこれなくて、弟は死んでしまった」と言う。だが家族の話では、集中力がなく、勉強も、兄の農業の手伝いもできていない。これは前の映画で子どもの一人も(モナだったかな?)、授業中もいろんなことがフラッシュバックして全然集中できないと言っていたけど、具体的にフラッシュバックしなくとも、そういう「後遺症」としてあるのかもしれない(←これはぢぶんの感想)。
 今回の空爆では、やはり前の攻撃のことが思い出されて、ずっと泣いていたという。

 「なぜ、自分の家族が殺されなくてはならなかったか、本当のことが知りたい」と言っていたアルマーザ(同12歳)も、「まだ夢を見ているような気がする。夢を見ながら、目が覚めているのを待っている感じ」と言う。彼女はジャーナリストになってガザで起きたことを伝えたい、と。4年前も今回も、正義感の強い子だな、という印象。

 前回の映画で自分が描いたたくさんの絵を見せてくれたモナ(同10歳)が今回何を話したのか、実のところ覚えてない。無難な受け答えだったのかな。

 モナとはある意味で対照的に、顔をイスラエル兵のように黒く塗ったり、「私は笑うことはない」と言い切ったり、エキセントリックにも見える言動を繰り返していたゼイナブ(同13歳)は、今回も取材に応じたり応じなかったり、いきなり不機嫌になったりと、不安定な様子ではあった。でも、「私は、少しは笑うようになった。前のようにではないけど」「成績も上がり始めた」「前よりは少しはよくなっている」と言い、将来は「人々にとって重要な人になりたい」「人々が自分を尊敬し、自分も人々を尊敬するような人になりたい」と言う。
 今回の攻撃について、ゼイナブの妹は「前ほど人が死ななかったからよかった」と言ったが、ゼイナブは、妹たちがずっと泣き叫んでいるのを初めは「いつものことでしょ」と笑っていたが、だんだんに怖くなって、自分も死んでしまうかと思うほど泣いてしまった、という。前の攻撃のときは両親がそばにいたけれど、今回は小さな妹たちがいるだけで、自分は妹たちを守らないといけないが、自分を守ってくれる人は誰もいなかったから。

 古居氏の現地報告の中で、今回の攻撃の方が怖かった、という人が多かったとの話があった。音や振動が前回よりも激しかったそうだ。新型爆弾だと思ったという話もあった。攻撃は、自治政府施設、プレスセンター、サッカー場、国連の学校、民家などいろんな場所にかけられたが、空き地も何度も狙われており、それは脅しのためではないかと。

 後半のディスカッションは、この4人の映像を元に、紛争地での子どもたちのケアについて語られたが、それは次回に。

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