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2013/08/06

原点

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 200枚を越す原爆ドームの写真(無駄に多いな……)も、昨年、PCと一緒にクラッシュしまして、これはフォトアルバムにアップロードしてあったものから引っ張ってきました。2006年の8月6日の夕暮。

 何度か書いてますが、ぢぶんにとっては「原爆ドーム」が原点。反戦運動の、というよりも、もっと何か根源的な「原点」がここにあると感じることが多いんです。

 初めてドームを訪れたのは3歳か4歳のとき。これも何度か書いているように、祖父母が山口は防府の在だったので(出身は香川なんだけどね)、小さい頃は毎年夏休みの2週間程度を防府で過ごしておりまして(あらかじめ柳行李で荷物送っておくんですよ。鉄道便ですよ)。そのかん、広島へも何度か行ったんですね。伯母(母の兄の連れ合い)が広島の出の人だったりして、広島というのは心理的にとても近い場所だったわけです。

 その後、95年あたりから「平和へのつどい」(こちら)や長崎のピースウィークとのつながりができて、2000年代は、毎年8.6の広島か8.9の長崎か、どちらかへ参加するような感じであったわけですが。
 それでもそれだけ足繁く通う、という背景にはやはり、原爆ドームの前で「原爆が落ちてくるから帰る」と泣きわめいた、あの3歳だか4歳だかの夏の日がある。それは一昨年の8月、一人で長崎の街を歩き続けた時にも強く思ったことです。あそこから、今の自分が始まったような気がする。あのとき自分が何を感じ取ったのかなんてわかるはずもないんですが。

 6日の夕暮。この時間の平和公園が自分はいちばん好き、です。その日のその時間にその場所がどれほどの惨状だったか、「好き」ということばがそれは外からしか発せられようものないものだとわかっていても、ほかにいいようがない、それは「特別な時間」。思えば、一度だけ沼田鈴子さんがアオギリの前で話されていたのを聞いたのも、この時間帯であったような(←中学生に話していたのに行き当たって、便乗して後ろで聞いてました)。

 こちらに、この時の平和公園のアルバムがあります。翌日のクルーズはこちら

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