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2013/10/18

さて。

 ……続きなんだけども。

 ( ̄▽ ̄) (←ホールバーグの記憶がほとんどない。なにしてたんだ、オレ……)

 「ジゼル」はですね、クラファンにとってはどーでもいい曲らしくて、ごちゃごちゃ言われているのを見ると、こちとら本当につまらん気持ちになるんですが。まあミンクスもそうなんですけど。

 「好きでたまらない」というよりも、なにか特別な気持ちになるような曲がいくつかあるんですね。ライトモチーフ的に繰り返される曲もあるし、それが明確なメロディでなく、音の引っ張り方だという時もあるんですが、いずれにせよ、劇伴曲として創られたものはその場面において最大の魅力を発揮するためにあるのであって。
 ああ、この曲はこんなに美しかったんだ、こんなに哀しかったんだ、と、むしろそう思わせる舞台というのもあるんですね。今となってはどの舞台がそうだったのか、判然としなくなってる方が多いんですけども。

 好きな曲はいくつもありますが、2幕のジゼルとアルブレヒトの再会のPDD。アルブレヒトにはまだジゼルが見えていない、夢の入り口のような場面。あとのよくガラでやるPDDよりもこの場面の透明な哀しさが好きで、二人がお互いを見ないままに横に交差して跳んでアンオーで着地する、あの哀しげに引っ張った音、ジゼルの降らせる百合を浴びるアルブレヒトの、ああした音の美しさは、もちろん演奏の善し悪しもあるんだけど、舞台の上の感情と直に結びつくんだなあ。

 あと最終曲。あれは、「ファンタジア」における「はげ山の一夜」のあとの「アベマリア」にも似て、複雑ではないけど、こんなにきれいな曲だったかな、と思うことが多いんですよ。むしろ、この曲が美しく感じられたときというのは、いい舞台だったという指標になるような。で、あの中に残されるはやっぱり一筋の「希望」だと思うんですね。ジゼルが帰って行き、アルブレヒトが一人残された後の音。

 ホールバーグのラストシーンは、まさに「希望へむかっての一歩」で、「いい舞台観たな−」という、じんわりとした満足感がありました。……ええまあ、帰ったところでバチルドは一生許してくれないだろうし、公爵はお城に入れてくれないだろうし、ウィルフリードは突っ伏して泣いてるだろうと思いますけども。

 以前、友佳理さんとのペアで観た木村さんのアルブレヒトは、まあやっぱり「北山に若紫囲ってた」的な話になってましたが、ジゼルによって身体のすみずみまで浄化されていく、そういう2幕とラストでありましたなー。今回は相手が水香ちゃんなので「浄化」はないように思いますが(←やっぱりこれは友佳理さんでないと!)、そういえば前回は「どこのオネーギンだ、おい」ちゅうアルブレヒトだったしなー。どんな具合になるんだかー。うう。

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