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2013/11/26

カルメンつれづれ。4

 さて、ここからは、ぢぶんの独断といいますか。ええまあ、今までだって独断ですけどね。それは「葉巻」という「小道具」についてです。それは「印象的な小道具」なのか、という。

 もう時代がすっかり変わっちゃっているわけですが、ぢぶんがまだ若い頃というか幼い頃というか、具体的には80年代前半くらいまでなのかなあ。「女がタバコを吸う」というのは、ひとつの象徴だった時代があるんですよ。もちろん、逆に年寄りはよく吸いましたけども。うちの明治生まれのばあちゃんもずっとヘビースモーカーで、タバコ以外に楽しみのないような人でしたし。
 なので「若い」をつけてもいいのかもしれない。「若い女がタバコを吸うなんて」。それは健康にうんたらかんたらいう以前の「生意気だ」という話であって、だから「女がタバコを吸う」というのは、今とはまた違った意味合いがあったし、映画であれなんであれ、そのように演出された時代があったわけですよ。うわー、歴史になっちゃうのかよ、それ。

 さて。カルメンは煙草工場の労働者ですから(←だからといってこれを「労働者話」に持って行こうとしたソ連もすごいと思うけどな−)、煙草くらい吸ってもおかしくはない。下層労働者に葉巻が吸えたかどうかはこの際おいとくとしてね。というか、実際問題として紙巻煙草だったらあんなに踊ってる間もたないので葉巻(笑)、という気もするんだけど、それはさておいて、「葉巻」であるのは、オフィサーたちの「特権」のようにも見えるよね、と(笑)。あれはオフィサーたちの属する「大人の男」の世界のもの。

 カルメンは登場時から葉巻をくわえ、オフィサーたちの吐き出す煙の中を漂うけれど、ほかの女性たちは葉巻を口にすることはない(見落としてなければ)。エックの言う「男性性」はそこにあるんじゃないのかな。カルメンをほかの女性から峻別するのは、真っ赤なドレスでも髪に挿した花でもなくて、くわえた葉巻にあるんじゃないかと。それを「ギエム」という肉体が補完する。

 で、もう一度戻りますが、「自由」ということ。以前書いたことをもう少しこなれた……かどうかわかんないけど、咀嚼してみると、それは「ふるまいにおける自由」みたいな感じになるのかな。「政治的な自由」という意味ではプリセツカヤにまさるカルメンはなく(そりゃそうだ)、先日のヴィシニョーワをはじめ多くのカルメンが「性的な自由」であるのに対して、今回のカルメンは「意のままにふるまう自由」であったように思うんですね。それがむしろジェンダーを凌駕する方向へいくのは、エックの意図なのか、ギエムの個性なのかはわかりませんが。

 そしてそれは「伝統的な価値観」を持ったホセや、マッチョなオフィサーとは相容れないんだよなあ、というところで、とりあえず。

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