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2013/11/24

カルメンつれづれ。その3

 書きますよ、といったものの、何から書いたらいいのかよくわからんなー。

 カルメンを殺して逮捕されたホセを、銃殺のためにオフィサーが引き出し、兵士達が銃を構えるところから始まり、シチェドリン編曲の序曲(あの編曲は本当に上手いよなー)が高まってはじけた瞬間に過去に戻る、という。視点は最後までホセのものであったかと思います。

 カルメンと「M」以外の女性アンサンブルには「女性たち」という役名が振ってありますが、基本的にはこれも「ジプシー」の仲間というか、そちらに近い存在なんだろうな。男達を挑発し、翻弄しようとする、気ままな存在。中盤に出てくる4人は川島さんと矢島さんは確かなんだけど、あとは伝田さんと三雲さんだったかな。最初にオフィサーをひっぱたいたのが誰だったかよく覚えてないんだけど(三雲さん?)、東京の最終日で女性に投げ飛ばされたオフィサーのベレー帽を、部下達が見つけ損ねるというアクシデントがありまして。それは慌てて探しに戻った部下達によって結局木村さんの手に戻って、そこからかぶり直して踊れる余裕はあったと思うんだけど、木村さんがいきなりそれを舞台袖に投げ込んで帽子なしで踊る、というちょいとレアなことに。途中で部下達も帽子をかぶってないのに気づいて、みんなオフィサーにならって投げちゃったのかと思ったんだけど、帽子を脱ぐ振りがあるからそこの後だっただけかも知れない(←あんまりちゃんと部下を見てない)。

 高木さんの踊った「M」は、ホセの婚約者のミカエラであり、母親であり、「死」でもある、ということになってますが、アロンソ版でいう「牛=運命」的な、上の3者でいえば「死」のイメージが強かったかな。ぢぶんが「カルメン」にうとくてミカエラの役割がよくわかってないせいかな、とも思いますが。
 ただ、婚約者と母親が一体である、というのはある意味ではすごく本質的だな、と。ホセが求めているのはそういうものなんですね。実際、「M」が、ミカエラでも母親でもない時というのはそれなりにわかりますが、ミカエラなのか母親なのかわからない、というのは、少なくともぢぶんはかなりありました。多分、どっちでもいいんじゃないかな。最初の方で、Mと踊っているところをオフィサーにみつかって気まずくなる場面がありますが、それだって婚約者だって母親だって、どっちだっていいんですよ。ホセをいさめに来るのも、指をさして方向を示すのも、婚約者だって母親だっていい。ホセが求めてるのは同じもの、つまり婚約者に母親をしてもらうこと、というふうにぢぶんは思いました。そして、カルメンに求めてるのも同じものなんですよ。そりゃ刺しちゃうよね。

 最初の場面はカルメンとジプシーの踊りと罵り合い、それを見て惹かれるホセとで終わりますが、実際にホセとカルメンが心を通わせるのは、例のアダージョの一瞬だけだったように思います。それすらも、カルメンの手には葉巻、ホセの手には薔薇の花束と、それはちぐはぐなものを内包してるわけですが。

 つことで、また。

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