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2014/02/16

約束

 ロミジュリについてはまだいろいろありますが、この週末に映画2本見たので、とりいそぎ。てか、今年初映画が「軍旗はためく下に」ってなにーーっΣ( ̄ロ ̄lll)!(←しばらく肉見たくなくなっており)

 今日見てきた「約束 名張毒ぶどう酒事件死刑囚の生涯」から。公式サイトはこちら。昨年公開されたときの仲代達矢と樹木希林の会見で絶対見なくちゃと思ってたのに見逃してしまって、今回は「第三回死刑映画週間」の一作として公開されたのを見てきました。

 で。ずっといわゆる「劇映画」だと思ってたんですが、作り的には基本的にドキュメンタリー。それを補完する格好でドラマ部分が挿入されるんですが、なんせ相手が仲代達矢と樹木希林。どっちが補完なのかわからんようになっておりましたですよ( ̄▽ ̄)。
 例えば、被害者遺族の支援を求める活動を描いた「衝動殺人息子よ」なんかは全編劇映画で、作り自体も「映画」なんだけど、そういうものではないんだな。
 
 ドキュメンタリー部分と「劇映画」部分。この二つの撮り方というか、フィルムの色味みたいなものが全然違っていて、最初は結構気になってたんですが、見ていくうちに、これは「違和感があるのが正しい」んだな、と思うようになりました。なるほど。
 この質感の違いって、多分光の使い方なんだと思うんだよな。制作は東海テレビなので、テレビ用に撮ったものと映画用に撮った部分とが混ざってるのもあるだろうし、もしかしたらクルーもちがうのかもしれない。でも結果的には、そこがきちんと明示されたことは、映画を見る上でよかったな、とも思ったんだよな。

 そんな感じで、作り自体もテレビ的ではある。それは「標的の村」もそうだし、いくつかの小さなドキュメンタリー映画でもそうなんだけど、「映画」というより「テレビ」から延長されてきたような雰囲気というか、「作り」なんだな。テレビ畑の人の作った映画、というか。

 なんだけど、そこに出てくるのが仲代達矢(奥西死刑囚)と樹木希林(その母)なんですよ。もちろん、ドキュメンタリーの中に本人も登場するので、別人であることは一目瞭然なんだけど、でも本人にしか見えない。プログラムに「再現ドラマ論」的な話が出てくるんだけど、本当にもう「再現ドラマ」枠を超えて、そこにこそ真実があるように見える。樹木希林の、母親が乗り移ったかのような「母」も、仲代達矢の一瞬一瞬の表情も、それこそが「リアル」であるという。
 事件当時の奥西を演じるのは山本太郎。七三分けになるだけでこんなに印象変わっちゃうの?! 言われなきゃわかんなかったかも。でも、冒頭の子煩悩なお父ちゃんの三日月目なんかはもう山本太郎だなあと(笑)。311以降、こうしたやや「社会派」というか、マイナーな映画にしか出なく(出されなく)なっているけれど、それは彼のキャリア(俳優としても議員としても)の上で、得るものが多かろうと思うんだな。大変だろうけども。

 映画の中身ですが、もちろん「名張毒ぶどう酒事件」についてを丹念に追っていくもので。ドキュメント部分でいえば、「弁護団、すごい」の一言。証拠とされた王冠についての検証をするために、当時と同じものを特注で1000個も作って実験を繰り返したり、すでに製造停止となっている農薬を探し出して成分を分析し直したり。再審請求が棄却されたときの、「不当決定」の紙を掲げる若い弁護士の、怒りに震える表情が心に残る。

 そして、仲代演じる死刑囚の暮らし。毎朝、刑務官の足音に、自分の死刑執行ではないかと怯え、震える手で日記をつけ、正月の特別な弁当に悦び、運動場とも呼べない屋上の小さなスペースで「運動」をする。

 今日は終わった後に、弁護団の弁護士と、安田弁護士によるトーク。映画にも出てくる、村人の証言が奥西氏自白以降に変わっていった件を含め、「もう一人の容疑者と奥西さんと、早く自白した方が犯人にされ、その調書に合わせて「事実」がねじ曲げられる」という話、そして免田氏の話として、「もう死刑事件の再審は認められないだろう、「戦後の混乱」のせいではない、警察と司法が機能している状態での死刑判決を覆すのは許されないから」「冤罪による死刑だからこそ、再審が許されないというパラドックス」についての話など。そしてその中でも、新証拠をあげて再審を勝ち取る、という弁護団の力強さはスゲエ、と思うのでありました。

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