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2014/04/19

観音の里の祈りと暮らし展

 ええと、これもケガをする前。3月30日の日曜日(←ビミョーに節をつけて歌ってしまうのだが)に、芸大美術館の「観音の里の祈りとくらし展-びわ湖・長浜のホトケたち-」を見てきましたのでそのことをちらっと。公式サイトはこちら

 長浜の観音像(観音群とでもいうべきなのか?)は、それこそ展覧会図録などでは(仕事中に)目にすることがあったりして、ちょっと気になってはいたんですが、実際に見るのは初めて。

 芸大美術館は、昨年の興福寺仏頭展(こちら)のような大がかりな展覧会もありますが、今回は展示室1室、仏像18体+資料映像というこじんまりとしたものでした。しかし、仏頭展のときにも「美術品としての仏像」よりも「寺という信仰空間の中での仏像」をフィーチャーしていることは感じられたのですが、それがさらに「信仰対象としての仏像」という展示方針がより強く感じられるものになり、すごく充実した、いい空間になっていました。「芸大」だから美術品よりになってもよさそうなものだけど、その辺りをわきまえた、いい学芸員さんがいるんだろうな。

 実際、長浜の観音像に関していえば、それは信仰抜きには語れないわけで。というのは、仏像のいくつかは、寺ではなくて集落の管理になってるんですよ。寺に安置してあっても、「お世話」は集落でする、とか。集落でのビデオを見ながら、全然違うのはわかってるんだけど、五島列島の隠れキリシタンのことを思い出したりしていました。生活の中への根付き方というか。
 何より、信長の焼き討ちやら合戦やらから守るために、村人が田んぼに埋めたり川に沈めたりして守り抜いた観音像がいくつもある。そういう人々の「想い」があって、今ここに像がある。そのこと抜きに見たってしょうがない、と思うんですよ。

 本当は、ほかの像だってそうなんですけども。興福寺の、阿修羅含めた像だって、脱乾漆像がなぜよく残ってるかといえば、中が空洞で軽いから、出火したときに抱えて持ち出せたって話を聞いたことがありますし。古い像はそうして残されていき、運良くそんなことに合わなかった像もやはり、人々のいろんな想いを託されながらそこにあり続けてきたわけで。

 それはともかく。

 18体といえば少ないようですが、どれも見応えがあり、部屋の中を何度も何度も行ったり来たりしてました(笑)。「今日はこの1体」みたいに決められない、というか。
 その中でも強いてあげれば、常楽寺の聖観音、徳宝寺の聖観音、宝厳寺の聖観音(徳宝寺は「集福寺」って書いてあるものもあるんだけど、「集福寺」って地名で寺の名前じゃないと思うんだよな……)。この3体は特にぢぶん好みといいますか、本当に見飽きない。お持ち帰りしたいくらい(笑)。

 あと安念寺の「いも観音」。これは信長の比叡山焼き討ちのときにやはり焼かれた寺で、村人が像を田んぼに埋めて守ったというもの。しかし、それから250年間も埋まりっぱなしだったために、腐食してもうボロボロに。そのボロボロの木肌が、ぢぶんには広島・長崎での被爆者にちょっと重なって見えたりしまして(ちょうどそういう本を集中して読んでいた時期でもあったので)、何かいろいろと感じるところがあったり。

 聖観音ばかりでなく、十一面観音もそれぞれによかったです。頭上面もそれぞれで、それも見飽きない。

 会期が短めだったのがちょっと残念だったな。4月6日にあった滝田栄の講演も聴きに行く予定だったんだけど、その前日に捻挫したのでありましたよ。縁がなかった。

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