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2015/04/29

年をとると……

 インプットばかりでアウトプットのまるでできてない昨今ですが、みなさまいかがおすごしですか。

 特に映画の方は惨憺たるもので、ちょこちょこっとどうでもいいようなことをTWするばっかりで、全然アウトプットできてないですよ……(´・_・`)。もうどうすれば。

 今週は神保町シアターで土曜に「二十四の瞳」(木下恵介版)、今日は「砂の器」(野村芳太郎版)と、もう涙腺ぶっちぎり、ハナゲポゥ、でしたけども。神保町シアターは大体1週間で1日4本の映画を時間代わりでやるんですね。今日A→B→C→Dの順で上映したら、明日はBから始まってAで終わって……っていう感じで。なので、平日でもどこかの曜日で夜の回に当たって見られるかわりに、いつやるのか把握してないと大変、という。「二十四の瞳」も土曜の11時の回にしてはかなり人がはいってましたが、今日の14時過ぎからの「砂の器」は完売(立ち見なし)。若い人もちょこっと来てました。

 「砂の器」といえば、もう話は大体わかっちゃってるんですけども。大昔にTVで見たようには思うんですが、多分全部は見なかったんじゃないかな。キャストも加藤剛以外は忘れてたし。

 しかしもうほんとに、「名作」ってやっぱり「名作」なんですよ(笑)。でも「砂の器」にしろ「二十四の瞳」にしろ、若い頃だったらこんなにしみじみとは見なかっただろうな、と思うことも多くてですね。だって、「二十四」なんか、子どもが唱歌歌ったりして、「わーっ」って走ってくだけでも目頭暑くなったりしますからね( ̄▽ ̄)。それは、例えば子どもを持ってる人なら自分の子の小さい頃のことだとか、自分みたいに子どもに縁のない人生だった人間なら自分自身の小さい頃のことだとか、そんなものが直には甦ってこなくても、心のどこかを揺さぶったりするんだと思うんですよね。「年取って涙腺が緩む」ってのは、自分の中の「琴線」が増えていくってことなんじゃないかと、この2本を見て思いました。自分の経験もそうだし、知識もそう。特に「砂の器」は「ハンセン病が「ライ病」だった頃」の知識があることが前提だったりするし。親子の置かれていた状況があって、初めて犯人の言動が腑に落ちていく、という(こちらはある程度知ってるから、その言動がまた切ないわけですよ)。経験と知識とが、「琴線」といういわば「共感する神経」を育てていく、っていいますか。

 まあだから、年寄りがハナゲポってなっても、そこは大目に見てやってつかあさい、って話なんですけどな( ̄▽ ̄)。それこそ年を取ればわかりますですよ。
 

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2015/04/26

BRB白鳥の湖

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 前の方の席だからと思って古いコンタクトレンズ(使い捨てだけど度が弱い)をしていったら、さすがに眼が疲れたのか「疲れ目頭痛」がひどいのでちょっとだけ。まだ明日もう一日あるし。

 いやもう、予期せぬチーちゃん祭でした( ̄▽ ̄)。主役に入ってないからてっきり来ないのかと思いきや、来日してるってあんた早く言いなさいっヽ(`Д´)ノウワァァァン! 

 考えて見たらベンノの出る版ってあんまり見たことなくて、直近では松山の清水版ですが、これは「読み替え」に近いくらいに変えられてるので参考にならんしな。なんとなく自分の中では「身分の高いウィルフリード」みたいな気がしてたりして(←そしてあながち違わなかった気も)。そいや、ダウエル版には出てたっけか。

 だって、道化と家庭教師とトロワをごっちゃにしたような役で、それくらい踊る上にかいがいしく働いてるんだもん、えらい運動量ですよ(・_・)! しかも存在が黒すぎる(笑)。ロットバルトの存在感がうすいから、どっちが悪魔かわかったもんじゃないという。

 今日のロットバルトは、プログラムで見た感じだとだいぶ若い人みたい。ベテランとは言わずとも、中堅より上の演技達者な人がやると違うだろうなあ。なんか無駄に右往左往してたような気がするよ(特に2幕と4幕)。最後も、なにも二人が死ななくても、シングルトンがグーで殴れば終わりじゃん、みたいな。

 そういえば、久しぶりにオデットバズーカを見たな( ̄▽ ̄)。

 写真は不忍のアオサギ。ほかにカイツブリがちょろっとおりました。鳥も蓮も少ない時期だけど、風の気持ちいい季節。
 

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2015/04/24

単騎、千里を走る 3

 さて。ネットをぐるぐると回ったところ、中国側の役者さん達は本職ではなく、いわゆる「素人」さんたちだそうで。若い女性のガイド役だけは、映画学校かなにかの学生さんだったらしいですが、それでも学生さんだよなあ。それだけに「素」のよさみたいなものも出てるのかもしれません。

 印象深い人といえば、出てくる人みんなが印象深いですが(笑)、やっぱりガイドの邱林でしょうな。李の劇団(?)の活動していた地域で健さんたちを仲介するのですが、これがほとんど日本語ができないのにガイドをかってでちゃう調子のいい男で、でも悪気はなくて健さんにも親身につきあい、息子が余命幾ばくもないとわかってからは、ガイド料も黙って返しにきちゃうような情に厚いヤツだったりしてね。役人たちも、「いやあ、無理無理」とかいいながらも、息子のことを知ったとたんに一気にみんな尽力してくれたりして(笑)、なんかわかるなあそういうの( ̄▽ ̄)。「家族第一」だもんなあ。一族の結束が違うというか。逆に日本の方が「だからなに」的な対応をしそうな気がする。いちばん杓子定規な対応だったのが、若い女性ガイドってのは、そういう気がするよね。それでも彼女も、何度でも電話で通訳をしてくれる律儀な人なんだけども。

 案外いいキャラ具合なのが刑務官で。最初の邱との撮影交渉が好きなんですけどね。
 「で、演目は何を?」「「単騎、千里を走る」です」「いいじゃないか。我が国の文化を紹介するにもいい。国家機密でもないし」「はい、関羽は国家機密ではありません」( ̄▽ ̄) いやもう話がさくさく進む。

 李の息子、ヤンヤンは5歳くらいなのかな。可愛いけど小憎ったらしい、まさに「ガキ」。村の人たちはよくしてくれるけど、本当は「親」が欲しい(でも父親は嫌い)。たった一晩だったけど、健さんにとってヤンヤンが「小さい頃の息子」だったように、ヤンヤンには健さんが「見たことのない父親」だったんだろうなあ。
 そしてわかりやすい封建主義の村長さん。邱林がちゃんと通訳できないので話がこじれちゃったんだけど、実はここがキモだったんじゃないかと思うんですよね。彼の主張は明確。「ヤンヤンが「私生児」だろうがなんだろうが、彼は李の息子であることを事実として認める」これがひとつ。もうひとつ「事実」があって、これが肝要だったはずなのに忘れちゃったよぢぶん……orz。村長は、さかんに邱林に通訳するように言うんだけど、邱林はできないもんだから「後で言う」みたいにごまかしちゃうのね。そんで、村長(ほか何名)は二人を村の中をぐるぐる連れ回して、さすがに健さんも不審に思うわけだ。で、例の女性ガイドに電話で通訳を頼む、と。
 通訳が終わって健さんが了承したのを見た村長が言うわけですよ。

 「我々の話を聞いて、この男は我々の気持ちを理解した。だからヤンヤンを連れて行ってもよろしい」

 その後、歓迎の大宴会になるんですが、自分は村長のこの台詞が実はいちばん大切だったんじゃないかと思うんですよ。それくらい、ガツンと来た。

 「日中友好合作映画」でこれ以上重要な一言ってあります?

 それにしても、言葉がまったく通じないところに行ったら、多少はボディランゲージでなんとかしようと思うものだと思うけど、健さんには「ボディランゲージ」という概念が存在しなかったよ! さすが健さん( ̄▽ ̄)!
 そして雲南省の風景というのは本当に見事で、映画館で見たらさぞ圧倒されるだろうなあと。こういう風景の中で暮らしてたら、そりゃ価値観は違って当然だろうな。

 「単騎、千里を走る」は関羽の故事にかこつけながら、一人中国を行く健さんをも表しているんだけども、しかしながら、映画を見ながら自分はもう一人の「千里」を走った人、日本軍として中国に渡った父の足跡を追って旅を続ける加藤さんのことを思っていたのでありました。


  その話はまた。


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2015/04/22

単騎、千里を走る 2

 つことなんですけども。

 「君よ、憤怒の……」が中国で公開されてあっという間に健さんブーム、チャン・イーモウの「健さん撮りたい! こういう健さんが撮りたいんだよ!」というある意味健さん愛にあふれた映画でありました。アレですね、「不器用ですから」っていう。

 ……どうでもいい話ですけど、ぢぶん印度哲学専攻だったんですが、「自分は、仏教ですから……」てのがクラスで流行りましてね、ええホントにどうでもいいな。

 ま。それはさておき。

 二組の、上手くいかない父と息子。健さんちの方は、確執の理由が明らかではありません。最後の息子からの手紙に、「母親が死んだ時に、許さないと思った」旨の話が出てくるので、よくありがちな「仕事にかまけて家のことはほったらかしで、妻の死に目にも会えなかった」とかそういう類いなのかもしれません(漁師さんだけど)。その息子が病気に倒れ、妻から「お義父さんがあなたの代わりに中国に行った」という話を聞き、一晩考えた挙げ句に「和解の手紙」を遺して死ぬという。父は息子の死に目にも会えなかったんですな。

 健さんは健さんですから、ちょこっと涙ぐんだりとかしますが、ほとんどあの調子です。息子の妻の寺島しのぶに相談もしないで中国に行っちゃうし。妻にしてみれば、夫が倒れてなんだかわからなくて、しかもフタを開けてみれば末期がんで、そりゃ健さんに側にいて欲しかったでしょうに、日本にいても中国にいても、大事なときには電話もつながんないんですよ。「いつか三人で食事ができたら」っていう彼女の夢は叶わなかったんだよ……って、おんなじ事をもう一回やっちゃった、っていう話でもあるんですけども。

 李の方はある意味真逆で。刑務所入りすることになったのも、ヤンヤンが「私生児」であることをネタにされて逆上して、芝居の小道具の刀で相手の目を突いちゃった、ってくらいの直情型。刑務所で最初に健さんに会った時も、わんわんわんわんハナミズ垂らしながら大泣きで「息子に会いたい、息子に会いたい」って。
 でもまあ健さんは、それがうらやましかったんでしょうな。自分には絶対にできない真似なので。遠く、ヤンヤンの村まで行こうと思ったのは、李の撮影をしなければ、ということが第一だけども、泣きわめく李の姿にもう一人の(あるべき)自分を見た、からでもあり。ヤンヤンに会いに行く旅は、健さんの「(自分の)小さな息子」に会いに行く旅でもあったわけです。

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2015/04/20

単騎、千里を走る 1

 BSで録画したものを、だらだらと見ました。高倉健主演の中国・日本合作映画(2005)。といいつつも、日本の場面はごく少なくて、健さんと寺島しのぶ(健さんの息子の妻)くらいっきゃ出てこないんだけども。中国側の監督は「紅いコーリャン」のチャン・イーモウ。日本側は降旗康男。考えてみれば健さんは日台合作の「カミカゼ野郎 真昼の決斗」(1966)にも出てるんだわな(主演は千葉ちゃん)。まああれもえらいノーテンキな映画だったけども。

 健さんは漁村に一人住まいの漁師。息子(中井貴一・声だけで姿は出ない)の健一とはなんかよくわかんないけど確執があって疎遠にしてる。ある日、息子の妻の寺島しのぶから電話がかかってきて、健一が倒れたから会いに来て欲しいと言われて上京するも、息子には会ってもらえない。その時に寺島から1本のVTRを渡される。それは民俗学者の息子が中国の仮面劇を取材したものが、テレビで放映されたものだった。しばらくして再び寺島から電話があり、健一が末期がんだったことがわかる。「息子に何かしてやらねばならない」と思った健さんは、VTRで見た「来年また来て「単騎、千里を走る」を演るところを撮影する」という息子と役者の李加民との約束を自分が果たそうと、単身中国へ飛ぶ。

 ところが李ときたら、酒の席でのけんかで懲役3年くらってるところ。ほかの役者ではダメか、あきらめろ、という中国のガイドたちを「李加民でないとダメ」と突っぱね、なんだかんだ食い下がって、とにかく刑務所で撮影できるところまでは来た。ところが李ときたらさらにだな、息子に会いたいと大泣きしちゃってとても歌も芝居もできないわけですよ、これが。それでもあきらめない健さんは、李の故郷の山村へ行って息子を連れてくると言い出す、と。

 でまあ、山村へ行って息子のヤンヤンに会って、そこでもまたすったもんだあるわけですけども。このヤンヤンというのが、李加民のいわゆる「私生児」で、母親がいないので村全体が面倒を見て育ててるんですな。村長(というか長老?)の許可が下りてヤンヤンを連れて帰る途中、車(というかこう、動力車で引っ張る荷車的な)の故障を直そうとしている間にヤンヤンは逃げちゃうんだ。それに気づいた健さんが追っていき、迷子になった二人はいっしょに一晩過ごす。翌朝、二人は救助され、健さんは村長に、ヤンヤンに「父親に会いたいか、会いたくないか」確認してくれと頼む。ヤンヤンは、ずっと会ったこともないのにいきなり父親だといわれても信用できない、会いたくないと泣くので、健さんもあきらめてヤンヤンを連れずに帰ることに。

 帰路の車(今度はちゃんと自動車)の中で、健さんはもう一度刑務所で撮影できるかを問い合わせてもらうが、その直後に健一が死んだとの連絡が入る。寺島が、死の前日に健一が「書き取ってくれ」と口述した、健さんへの和解の手紙を電話越しに読む。

 刑務所を訪れると、刑務官は万全の支度をして健さんたちを待っていた。前回こっぴどく叱られちゃったらしい李も、今度はやる気十分。だけど健さんは、もう撮影はしなくていい、李にヤンヤンの写真を見せたいといって、カメラをテレビにつないでヤンヤンと村の風景を上映する。そのまま帰ろうとする健さんに、刑務官は楽隊や応援の役者(といってもみな囚人たち)も用意したし、観客の囚人たちも楽しみにしてるから、撮影しなくてもいいから見て行ってくれ、といい、健さんたちも席につく。そして李と短く言葉を交わした健さんは、李の「単騎、千里を走る」の撮影を始めるのでありました。

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2015/04/16

ナガミヒナゲシ

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 このうつむいてぷらぷらしてるのかわいい……。なんだっけ。


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 あ、これか!


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 ナガミヒナゲシというのだそうです。こちらにある、種子を飛ばすアニメーションが面白い。帰化植物だから、あんまし「面白い」とか言ってる場合じゃない気もするけど、ほんとにどこにでも生えてるからなあ……。でも、自分が小さい頃は、少なくともうちの辺り(←まだニホンタンポポがあったw)にはなかったと思うんだよな。

 これの種子の入ってる柱頭、エッシャーの絵のはじっこにこんなんあったよね。ひとつの柱頭に種が1600個。ひゃー、殖えるわけだわ。まさに芥子粒サイズ。つか、数えたんだな……(どうやって……)。

 写真は新高島平で。

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2015/04/14

ニリンソウとな

 先週の土曜日、板橋区立美術館に行くとて、板橋の奥地、新高島平で下車。板美は、むかし編集にいたころにボローニャの絵本原画展に時々来たくらいで、すんごい久しぶりです。

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 ……いきなり道ばた(つか幹線道路沿い)に「ニリンソウ自生地」ですとΣ( ̄ロ ̄lll)?

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 ホントに幹線道路からすぐ( ̄▽ ̄)。もっとも、さすがにシーズンは終わっていたので、アップ写真はなしね。白くぽちぽち見えるのがニリンソウの花です。もうしばらく前に来てたらきれいだったろうなあ。


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 ヤマブキ(野生種)はきれいでした〜。


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 ……おい。

 ちなみに裏返してみたところ「正解はありません」って。……おい。


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 自生地からさらに登ったところの「竹の子公園」では、竹藪に桜。あまりいい天気ではなかったので、携帯のカメラではちょっと光量が足りない。


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 こちらはその近くの神社のしだれ。すっかり遠足。よく歩いたな−。


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2015/04/11

さかのぼりましては

 1週間のご無沙汰でした。こんなに更新しなかったのは何年ぶりかという。そのかん何をしてたかというえば、大概寝てました。ええ、起きてる以外の時間は全部寝てた、的な。なんかもう、生物として終わってるような気がする。

 でももうちょっとだけなんとかしますよ。ええと、ジゼルの話でした。

 渡辺さんのジゼルは、昨年秋の水香ちゃんのガラでの木村さんとPDDのみを観たのですが(余談ながら「バレリーナへの道」の最新号にこの時のレポが載っていて、「この役で定評のある渡辺」てなことになってましたが、公式にはこれが初役のはず。「はかなげな役で定評のある」とかなら正しいですが、初役に対して「定評のある」とはこりゃまた参ったね、と)、今回は全幕にもかかわらず、あの時のようにはいかなかったなあ、というのにむしろちょっと驚いたりしたんですよ。弾くんのサポートは、技術面でいうと今の木村さんよかいいかもしれないし、非常にパートナーを大切にして踊るタイプの人なんですが、それでもベテランにはかなわないことってやっぱりあるんだな……。まあ、そこが何度か全幕を通した人と(←とわいえ、一度も本公演では踊ってないのだヽ(`Д´)ノウワァァァン!)、初役の違いはあるんだろうけども。

 ガラの時は2幕初っぱなで、いきなりそこへ「世界」を作り出さないといけなかったんですが、冒頭の一人で踊る部分で、やっぱりまだ固いなあ大丈夫かなあと思った渡辺さんが、木村さんがサポートに入ったとたんにすうっと身体が伸び、その後はもう「世界」の中を自在にいくようで、「バレエ漫画でよくある場面をここで観ようとはΣ( ̄ロ ̄lll)!」と思ったりしたもんです。いや、正直びっくりした。

 もちろん腰を支えられて前に伸びる振りなんかもそうなんですが、何よりも美しいというか、印象に残ったのは前半のアダージョで、軽く腰をリフトされて、両脚を下手から上手へ揺らして降りる(ちなみにザハロワはやらなかったと思う)動きで、「ドナウ」の初演の時に、あれは川底へ降りてから割とすぐのPDDだったと思うんですが、やはり同じような振りで木村さんに支えられた友佳理さんが、まさしく水中をたゆたうようであったのを思い出したりしておりました。

 あとあれですね、最初の方でサポートに入る前、二人で両脇に立ち並ぶウィリたちに赦しを求める振りがありますが、ガラでウィリ達がいなかったために、ジゼルが腕の中をすり抜けて捕まえられない、という、ある意味木村さんの十八番の振りに軽く変更されていて「おおっ!」と思ったり。

 30代の頃の木村さんというのは(といっても前半はまだ観てないんだなあ)、一般敵にいうところの「音楽的」というのとはちょっと違うように思いますが、身体自体がものすごく「歌う」人で、彼自身が「音楽になる」というよりも、身体から「音楽が出てくる」ようなところがあったのですが、それが多分やっぱり「オネーギン」あたりか、実際にはもう少し前からという気もしますが(田中さんがパートナーになった辺りかなあ)、むしろこぼれてくるのは「ドラマ」になって、演技と踊りの境がどんどん無意味になっていくような、そんなように思います。もっとも、見始めた当初(というのは04年なんですが)から、割となんでも一つの物語として構築しがちな人ではありましたし、ダウエル卿の指導がひとつの開眼だったようなことをご本人がインタビューで語っていたような覚えもあるので(とすれば「真夏」の初演なんですが)、しかしそれに慣れてしまうと「きれいに踊る」だけでは物足りなくなってしまうんだよなあ、と。元々ドラマ性が高い物の方が好きだということもあるんでしょうけども。


 

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2015/04/05

つづき。

 ええと。そんでですね(←まだ話が続いている)。

 今出てる「クララ」に二瓶さんのインタビューが出てまして。「バレエと勉強の両立」についてなんですが、留学→高校復帰→大学、てのを、みんなに励ましてもらってがんまりました! とまあ、こう書いてしまうと身も蓋もない感じなんですが、よかったねえ、と。以前は公式ブログできゃいきゃいと仲のいい感じが出てたりして、そういうの割に嫌いじゃないなあ、って見てたんですが。
 今回のジゼルで言うと、初役の大役を終えた伝田さんが、カテコでも口をしっかり「へ」にしているところへ、となりの川島さんがぎゅっと手を握って笑いかけたりしてまして、ああまみさん先輩だなあ、「マミ先輩」はアレだけどな、とか余計なことも考えつつ、ほんわりしたり。

 伝田さんのミルタはオーソドックスな作り。ちょっと緊張してたのか、捌けるときに早足になっちゃったりしてましたが、堂々としたものでした。「へ」の口がカワイイよ〜( ̄▽ ̄)。東バのアルブレヒトは例のとこがアントルシャが主流なのに加え、今回はボッレもアントルシャだったので(後藤さんはどうだったかな)、弾くんがブリゼで来たのは「おおっ」だったのですが、そういえばマラーホフはブリゼ派であったなあ、と。で、そのブリゼで下手奥から来て、上手手前のミルタのところで折り返すんですが、伝ちゃんのミルタがちゃんと「はい、来て〜〜、はい、帰って〜〜」と、アルブレヒトの往来を操っておりまして、なかなかに楽しかったんですよ。アントルシャだと見てるだけだもんね。

 で、そのマラーホフの薫陶を受けた弾くんでありますが、最後は百合をこぼしながら下がっていって倒れるパターン(墓の方へ手をさしのべてちょっとじたばたする感じの)。
 そういえば、マラーホフのアルブレヒトの時に、うっかり下手のA席とっちゃって、お墓に泣き崩れたマラーホフのつま先しか見えずに終わったことがあったっけなあ、とか思い出したりしまして(ノ_-。)。

 まあそんなこんなでありましたが、直近というわけでもないけど、昨年秋に見た渡辺さんとK村さんのPDD、そのチョイ前の早川バレエでの全幕、てのは、どうしてもちょこちょこと出ては消え、出ては消えしつつ、身体に残った音楽のせいで、その後ずっと尾を引いたりしちゃてたりしまして、ええ。

 岸本君のウィルフリードが、全然記憶にないんですよ( ̄▽ ̄)。多分、オーソドックスに「困った主人をもって気の毒だなあ」というウィルフリードだったと思う。あ、最終日の例の場面では、相当やばいながらもちゃんとボッレを止めてました。アレは確かにふっとばされますな。森川くんあたりもってこないと。
 松野くんのウィルはいつ見ても困ってて、なんというか、あれはあれでえらい破壊力があったような。なんだろう。なんであんなに真面目にやってるのに素で可笑しいのか。

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2015/04/02

昇進とか

 さてと4月です。団の昇進人事が、公式に載るかなーと思っていたのですが、どうやら団員名簿上の異動(というか移動というか)だけですまされちゃうのかな。毎年そうだったような気もするけど、どうだっけ……。

 というわけで。女性はプリンシパルへの昇格はなしで、岸本(な)、川島、沖の3人がソリストに昇格。おめでとーヽ(´▽`)/! 沖さん本命にプラス岸本(な)と川島さんのどっちかかなー、と思っていたので、まとめて3人の紹介は嬉しいです! 年度で行くと、03、06、10年入団。岸本(な)さん、意外とベテランなんだよなあ。

 男性の方は、梅ちゃんがプリンシパル、杉山くんがソリストに昇進ヽ(´▽`)/! こちらもおめでとうですー! 梅ちゃんが予想通りで、岸本(ひ)くんプラス枠が有れば杉山or松野かなー、と思っていたのですが、岸本くんと松野くんは11年入団だから、もう少し後で、ということでしょうね。前もそういうのあったなあ、弾くんの時かな。梅ちゃんが05年、杉山くんが06年なので、……いやしかし、長かったな、ここまで( ̄▽ ̄)! 梅ちゃんはペザントまでが早かったのにそこからずっと足踏みだし。杉山くんの顔を覚えたのは実は07年のスカラ座公演のエキストラの時だったりするんですが、しょっちゅう客席で見るなー、という時期が結構に長くてですね、目立った役回りにつかないまんまで気づいたら退団してたなんてことになるのかなあと思ってたのが、ついにソリストですよ。そら、感慨深くもなろうものだなあ……。3年前には思いもよらんかった。あと1,2年がんばればソリストになれたのにー、っていうところで退団する人が結構いるのに(それはそれで事情もあるんだろうけど)、そこでコツコツがんぱればそれなりになんとかなっていくもんだよなあ。がんばり続けてれば40でアルブレヒトが回ってきたりもするもんですよ……(*゚ー゚)(←その件についてはもっと早くてもよかったはず、と思ってはいる)。居続けなければどうにもならない、ってのも一面だよな……。

 いやしかし、梅ちゃんのこの2年くらいの伸び具合は本当にびっくりでしたし。あんなに芸風が広くなるとは思わなかった(そこか)。

 高岸さん、高木さん、古閑さんの退団は淋しいですが。次の5月末の「眠り」を楽しみに……って、「バクチ」見たいようヽ(`Д´)ノウワァァァン。なんで紐育が日本にないんだ(←えらい言いぐさ)。

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