« 2015年11月 | トップページ | 2016年1月 »

2015/12/26

テクネ

「テクネ」Techně
振付:アクラム・カーン 音楽:アリーズ・スルイター
演奏:プラサップ・ラーマチャンドラ グレイス・サヴェージ アリーズ・スルイター

 「ライフ・イン・プログレス」の予告編の短い映像がNBSのチャンネルにあがってましたが、だいぶ印象が違いました。衣装は同じ、グレイのミニのワンピースだけど、髪は黒のおかっぱウィッグなので、もっと「少女」っぽい感じです。床には月面(多分)が照明で映し出され、中央には白いLED(的な照明)で組み立てられたような1本の樹。後方にパーカッション(インド系)、ボーカルその他、バイオリンその他の3人のミュージシャン。

 最初に見たのは3階からでしたが、なんとなくその樹がサボテンぽく見えて( ̄▽ ̄)。ギエムは上手から、なんていうんだ、うさぎ跳びの時みたいな格好なんだけど、跳ぶんじゃなくて、つま先立ち(ルルベ)になってこちょこちょ歩いてくるんだ、ちょ、こ、ちょ、こ、ちょこちょこちょこちょこ、ちょ、こ、みたいなリズムで。どういう脚なんだ……。
 それがですね、その月面と、サボテンくさい樹(って、全然サボテンぽくないんだけど)、グレイの衣装とで、第一印象がもう「荒野の狼少女」で固定されてしまってですね( ̄▽ ̄)。アリゾナとかそういうとこの。直前に「続荒野の七人」とか見ちゃったのがいけなかったのか。
 それと同時に、その小さくなった歩き方というのが、例えばトーベ・ヤンソンの描くはいむしとかそういう(想像上の)小さな動物を彷彿とさせたりもする。いずれにせよ、強い何かではなくて、もうすこし寄る辺なくて頼りない、けれど人に懐かないなにか。ヴォイパが、ギエム自身が出している声のように聞こえてくる(それだけシンクロしてる)ということもあるのかも。

 上手から出て、ぐるっと月の円周を回り、樹に触れたところから「それ」は始まります。「テクネ」も「バイ」も、基本的には「ひとりあそび」の世界だと思うんですが、「テクネ」そこから最終日に向かって、「儀式」的な印象が強くなっていきました(もちろん「個人の印象」です)。3階→1階上手→4階→1階下手、というふうに見る位置が変わっていったのもあるかもしれません(余談だけど、会員追加枠で取った2日めが、会員枠で取った最終日よりいい席だったという( ̄▽ ̄)。まあ日曜のトリならそうだよな)。「孤独な野生児が木に出会う」という初日の印象はそのままに、「他者との出会い」から「知との出会い」に変わっていったというか。「野性」が「知恵の樹」=「知性」に出会って「ヒト」になるという。最後、ギエムの踊りに呼応したように回転する樹の下にたたずんで、樹を見上げるギエムはもはや地を這いつくばらない。

 しかし、なんやかんやいってもカーン好きなんですよ。今回は出ないのかーと思ってちょっと残念だったけど、でもいい作品だったからそれはそれで。いくつかの振りがリフレインされるけれども、個人的には低い位置からお尻で回転しつつ上体と腕をあげていく振りがすごく好きだったな。それと立って回転するときの、ミニスカートのちょこっとな広がりがすごくかわいい( ̄▽ ̄)。ドキュメンタリーじゃなくて、作品で映像にならないのかなあ(高いだろうけどな)。

| | コメント (0)

2015/12/20

プログレス

 Ca3k1868

 「戦争と琵琶」についてはもう一度書く予定でしたが、ともあれギエムの東京公演が終了しました。全国ツアー初日の川口と、東京は出勤日だった19日を除く4日間を見、このあとツアー最終日の横浜へ行く予定です。しかしそれだけ見ても、「インザミドル」と「ドリームタイム」のトリプルキャストのうち、2組ずつしか見られなかったというな……orz。「インザミドル」の方は、3組目の方に入っていた宮川くんと河谷さんのメルボルン出張と重なったからだったようなんだけど、杉山くんが入ってるし、伝ちゃんが主演だし……(ノ_-。)。「ドリームタイム」の方も蓮くんとザッキーのペアを見たかったんだけど、まあ、木村さんを4回も見たしな……。と、いろいろと未練も残しつつ。

 始まる前は「プログレス」を4回も見るのか、と思ったけど、始まってしまえば残る1日も見てもよかったな、と思えるくらいに、楽しい公演でした。今回は1階から4階までまんべんなく(笑)チケットを取ったおかげで、いろんなところからいろんな風に見えた、ということもあったかも。あと、「バイ」以外が初見だったのもあるかもです。
 今回のプログラムには男性のデュオと女性のデュオが入って、しかし男女のPDDはないという、ある意味ではギエムらしい構成ではありましたが、新作の「テクネ」と「ヒアアンドアフター」は両方好きでした。ギエムがちょこっとだけサプライズ的に出る「デュオ」の方は、最初は面白くないと思ったけど、即興だと思って見ると逆に面白いかも、と思い、結果的には最終日がいちばん楽しめたかな、というところ。ちょっと長いとは思うけど。「バイ」は以前も見たけれど、これも好きな作品。「引退」というよりも、「先へ進む」イメージの強いギエムとお別れするのには、もっともふさわしい作品だったように思います。湿っぽくならずに、笑顔で手を振ってさよならできるような(最終日の横浜まで手は振らないけどね!)。

 自分が最初にギエムを見たのは2005年の「マルグリットとアルマン」だったようで、するってえと11年のおつきあい、だったわけですね (*゚ー゚)。思えばギエムはひたすらに「前へ!」と進んできた人のように思えて、しかもこれからも「前へ!」と進んで行くんだろうなあと。

 自分にとっての「ギエム」は、自分のもって生まれた「ジェンダー」を否定することなく、しかしその「ジェンダー」を無化する、あるいは無意味化するという、本当の意味で「超えた」(「越える」=「トランス」ではなく)、非常に希有な人、でもあります。その辺のことは「ヒア……」の辺りでちょっと書こうかな。

 演目別と、「琵琶」の話といろいろ書きたいんだけど、ようやく仕事の方も年末進行が終わってひといきつけそうなので、年内にいろいろナントカしたいと思います。とりあえず思う、というとこで。
 

 

| | コメント (0)

2015/12/14

戦争と琵琶 つづき

 だいぶ時間が経っちゃいましたが、琵琶のつづき。

 琵琶にはいくつも種類があるそうなんですが、今回のは「薩摩琵琶」。明治維新の時に薩摩から東京に来て流行ったらしいです。参勤交代よりも、明治維新で東京→「中央」からの発信で流行り物、というのは、結構ありそうだな……。特に薩長のものは。

 で、主催の水島結子さん(演奏者かつ研究者)からのお話が少しと、辻田氏からのレクチャー。琵琶の戦争ものがたくさんあるけれど、それは軍部から戦争協力のために利用されたのだと思っていた。しかし、戦中の「琵琶新聞」を読むと、琵琶界から積極的に時局に協力しようという動きがあったこと、それを機に 琵琶人気を巻き返そうという心づもりがあったことに驚いた、それがこの「戦争と琵琶」シリーズにつながったということだそうです(記憶とメモで書いてるのでニュアンスとか違うかもですすみません)。

 琵琶の人気というのは、日清・日露戦争あたりがピークで(この頃の戦争物も随分あるらしい)、昭和初期にはほかの芸能にだいぶ人気を取られていたらしい。この辺、パワポでの説明があったんですが、遠くてよくわからんでですね。ただ洋楽(ジャズとか)はまだそんな人気ではなく、一般的には邦楽だったようですね。浪花節とかかな。
 この辺りは、夏にみた「戦争浮世絵」なんかともかぶってくる気が。浮世絵の方は、日清戦争が最後の一花で、日露戦争の頃にはもう写真に取って代わられちゃうわけですが。

 「琵琶新聞」のコピーも資料でいくつか配布されましたが、これがなかなかすごいというかエグイというか。1942年2月の「琵琶界の決戦体制」とかですね。「今こそ真に流派や個人の利害を超越し、琵琶界全体が打って一丸となり、火の玉となって文化翼賛の一翼たる健全娯楽の挺身隊として活躍すべき秋〔とき〕ではないか」ですよ。すげー。「琵琶報国」なんて言葉もあるくらいで。

 しかし、琵琶に限らずおおむねどこもそんな感じだったんじゃないかという気はしますよね。こう、無理無理に賛美の道具に使われるというよりも、国がこうなんだから時局に乗るのは「国民として」当たり前、あわよくばそれでちょっといい思いもしたいという。演劇人や映画人や作家の一部が弾圧されたのは、もともと左からの運動が入った/入る余地のあるジャンルだからでもあって、琵琶に限らず古典芸能(の上層部)にそういう要素はほとんどないわけで。戦争中の漫才なんかの分析をした新書も読んだんだけど、忘れちゃったな……(あまり面白くなかった記憶がうっすらと。そのせいかエントリも書いてないっぽい)。

 

| | コメント (0)

2015/12/08

琵琶を聞きに

 つことで。ええと、シュツットガルトはRJ(フォーゲルの日)とオネーギン(レイリーの日)を見て、マリインスキーは愛の伝説(テリョーシキナの日)を見ましたが、とりあえず置いといて、5日に行った琵琶の話など。

 こちらの催しですね、「戦争と琵琶 第3弾」。第2弾の時に見かけて、これはぜひ聴いてみたいと思ったのだけど、その時は予定が合わないだかなんだかで見送って、今回の第3弾へ。いざ琵琶っていったところで、古典琵琶も多分生では聞いたことがないんじゃないかな、しかも近代琵琶ってどんなんだ、というたいそう心許ない調子ではありましたが。

 まあ自分は研究者でも職業ライターでもなんでもなくて、一介のカツドウカですら最近はなくなっちゃったんだけど、「(主にメディア関係の)戦争動員」とかにはそれなりの関心をもってやってきたので、こういう滅多にない機会は逃したらいけんな、というのがひとつ。
 あと 「たのしいプロパガンダ」(辻田真佐憲著) に出てたと思うんですが、戦前の「琵琶の流行」について。戦争を題材とした琵琶の語り物ができるところまではわかるんですが(まあ「平家物語」だってそんなもんだし)、「流行り物」としての琵琶がなんとなくイメージできないでいたわけです。で、百聞は一見にしかずじゃないけど、聴いた方が早いって「百見は一聞に」になっちまった次第ですな。

 で、大変面白かったです。演奏自体も面白かったし、「なるほどなあ」と腑に落ちるところもいろいろと。先に挙げた本の著者の辻田氏のレクチャーも入って……というよりも、レクチャーに実演が入るみたいな構成でしたが、よりわかりやすかったです。ただ、眼が近いもんで、テレビ画面を使ったパワポは全然読めなかったですが( ̄▽ ̄)。前の方は座敷だったから、腰が悪いとつらくてな。

 今回はデュオということで、男女二人の掛け合い。Youtubeに古いレコードも上がってましたが、生ということもあって、もっとなんとこういいますか、現代的なといいますか。話のアウトラインが頭にあれば歌詞は大体聴き取れますし、なんだろう、浪曲に近い感じでイメージすればいいのかな。自分は70年代のテレビ寄席で育ってるから、それこそ三味線漫談でやる侠客ものとか赤穂義士だとか、あれと大体おんなじだなあ、という感覚で聴いてました。あれのシリアスなヤツね。「流行る」のイメージが概ねつかめたなあ、と。うん、ああいう感じだ。早引きの後に「わたしなんでこんなうまいんかしら」とか言っちゃうような(言わない、言わない)。そう思って聴くと、そんなに敷居の高いものじゃない。

 ただ、寄席芸であれ琵琶であれ、「耳慣れ」とでもいいますか、ある種の「聴く訓練」は必要なのかもなあ、と、ちょっと思ったりも。「訓練」がきつければ「学習」でもいいんだけど。義太夫なんかでもそうだし、スケートでもTVで試合を見ただけでルッツだのループだのわかる人がいるのと同じようなもので。

 肝心の中身についてはまた。

| | コメント (0)

2015/12/05

「家路」アップしました&ここ最近のぼくだったら

 こちらではご無沙汰しております。特に体調が悪いってほどでもないんだけど、とにかく眠くて( ̄▽ ̄)。仕事の方も、年末に向けて立て込んできてるんですが、ここへきてパートさんに妊婦さんが……というわけで、つわりが治まるまでとはいえ、もう三週間ほど出勤してないもんですから、その分こちらが残業ということになるわけですな。まあ、つわりなんで、待ってりゃそのうち出てくるだろうっていうんでですね、病気で入院とかいうよりはこちらも気楽なんですが、過去の事例だとそうこうするうちに「もうつらいから辞める」ってパターンがありまして、そうなるとこちらも大打撃。このクソ忙しい時期に新人の研修とかしてらんないからねっヽ(`Д´)ノウワァァァン! しかしまあ、10人もいないパートさん(今年は5人体制)なのに、毎年一人は妊婦さんが出るなあ。少子化ってなにそれ食べられるの。

 ええと、そんなわけで、まとまったことは書いてないんですが、昨年インパクションに載せた「家路」のレビューを格納庫にアップしました(こちら)。内野聖陽が暑苦しく、松山ケンイチが意外と軽やかで、田中裕子はもう神。原発事故で避難区域となった村の物語ですが、むしろ「家からはぐれた者にとっての「家」」という映画でもある。なかなか好きな作品です。
 あと、映画のインデックス(こちら)も、リンクを貼らずにたまっていた分を更新しました。こういうちまちました仕事も、普段はなかなかやりづらい。

Ca3k1851

 ツイッターの方にもあげた写真ですが、先だっての帰り道に萩が咲いているのをみつけました。萩って、12月に咲くんだったか(・_・)?

| | コメント (0)

« 2015年11月 | トップページ | 2016年1月 »