« 「家路」アップしました&ここ最近のぼくだったら | トップページ | 戦争と琵琶 つづき »

2015/12/08

琵琶を聞きに

 つことで。ええと、シュツットガルトはRJ(フォーゲルの日)とオネーギン(レイリーの日)を見て、マリインスキーは愛の伝説(テリョーシキナの日)を見ましたが、とりあえず置いといて、5日に行った琵琶の話など。

 こちらの催しですね、「戦争と琵琶 第3弾」。第2弾の時に見かけて、これはぜひ聴いてみたいと思ったのだけど、その時は予定が合わないだかなんだかで見送って、今回の第3弾へ。いざ琵琶っていったところで、古典琵琶も多分生では聞いたことがないんじゃないかな、しかも近代琵琶ってどんなんだ、というたいそう心許ない調子ではありましたが。

 まあ自分は研究者でも職業ライターでもなんでもなくて、一介のカツドウカですら最近はなくなっちゃったんだけど、「(主にメディア関係の)戦争動員」とかにはそれなりの関心をもってやってきたので、こういう滅多にない機会は逃したらいけんな、というのがひとつ。
 あと 「たのしいプロパガンダ」(辻田真佐憲著) に出てたと思うんですが、戦前の「琵琶の流行」について。戦争を題材とした琵琶の語り物ができるところまではわかるんですが(まあ「平家物語」だってそんなもんだし)、「流行り物」としての琵琶がなんとなくイメージできないでいたわけです。で、百聞は一見にしかずじゃないけど、聴いた方が早いって「百見は一聞に」になっちまった次第ですな。

 で、大変面白かったです。演奏自体も面白かったし、「なるほどなあ」と腑に落ちるところもいろいろと。先に挙げた本の著者の辻田氏のレクチャーも入って……というよりも、レクチャーに実演が入るみたいな構成でしたが、よりわかりやすかったです。ただ、眼が近いもんで、テレビ画面を使ったパワポは全然読めなかったですが( ̄▽ ̄)。前の方は座敷だったから、腰が悪いとつらくてな。

 今回はデュオということで、男女二人の掛け合い。Youtubeに古いレコードも上がってましたが、生ということもあって、もっとなんとこういいますか、現代的なといいますか。話のアウトラインが頭にあれば歌詞は大体聴き取れますし、なんだろう、浪曲に近い感じでイメージすればいいのかな。自分は70年代のテレビ寄席で育ってるから、それこそ三味線漫談でやる侠客ものとか赤穂義士だとか、あれと大体おんなじだなあ、という感覚で聴いてました。あれのシリアスなヤツね。「流行る」のイメージが概ねつかめたなあ、と。うん、ああいう感じだ。早引きの後に「わたしなんでこんなうまいんかしら」とか言っちゃうような(言わない、言わない)。そう思って聴くと、そんなに敷居の高いものじゃない。

 ただ、寄席芸であれ琵琶であれ、「耳慣れ」とでもいいますか、ある種の「聴く訓練」は必要なのかもなあ、と、ちょっと思ったりも。「訓練」がきつければ「学習」でもいいんだけど。義太夫なんかでもそうだし、スケートでもTVで試合を見ただけでルッツだのループだのわかる人がいるのと同じようなもので。

 肝心の中身についてはまた。

|

« 「家路」アップしました&ここ最近のぼくだったら | トップページ | 戦争と琵琶 つづき »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 「家路」アップしました&ここ最近のぼくだったら | トップページ | 戦争と琵琶 つづき »