« 琵琶を聞きに | トップページ | プログレス »

2015/12/14

戦争と琵琶 つづき

 だいぶ時間が経っちゃいましたが、琵琶のつづき。

 琵琶にはいくつも種類があるそうなんですが、今回のは「薩摩琵琶」。明治維新の時に薩摩から東京に来て流行ったらしいです。参勤交代よりも、明治維新で東京→「中央」からの発信で流行り物、というのは、結構ありそうだな……。特に薩長のものは。

 で、主催の水島結子さん(演奏者かつ研究者)からのお話が少しと、辻田氏からのレクチャー。琵琶の戦争ものがたくさんあるけれど、それは軍部から戦争協力のために利用されたのだと思っていた。しかし、戦中の「琵琶新聞」を読むと、琵琶界から積極的に時局に協力しようという動きがあったこと、それを機に 琵琶人気を巻き返そうという心づもりがあったことに驚いた、それがこの「戦争と琵琶」シリーズにつながったということだそうです(記憶とメモで書いてるのでニュアンスとか違うかもですすみません)。

 琵琶の人気というのは、日清・日露戦争あたりがピークで(この頃の戦争物も随分あるらしい)、昭和初期にはほかの芸能にだいぶ人気を取られていたらしい。この辺、パワポでの説明があったんですが、遠くてよくわからんでですね。ただ洋楽(ジャズとか)はまだそんな人気ではなく、一般的には邦楽だったようですね。浪花節とかかな。
 この辺りは、夏にみた「戦争浮世絵」なんかともかぶってくる気が。浮世絵の方は、日清戦争が最後の一花で、日露戦争の頃にはもう写真に取って代わられちゃうわけですが。

 「琵琶新聞」のコピーも資料でいくつか配布されましたが、これがなかなかすごいというかエグイというか。1942年2月の「琵琶界の決戦体制」とかですね。「今こそ真に流派や個人の利害を超越し、琵琶界全体が打って一丸となり、火の玉となって文化翼賛の一翼たる健全娯楽の挺身隊として活躍すべき秋〔とき〕ではないか」ですよ。すげー。「琵琶報国」なんて言葉もあるくらいで。

 しかし、琵琶に限らずおおむねどこもそんな感じだったんじゃないかという気はしますよね。こう、無理無理に賛美の道具に使われるというよりも、国がこうなんだから時局に乗るのは「国民として」当たり前、あわよくばそれでちょっといい思いもしたいという。演劇人や映画人や作家の一部が弾圧されたのは、もともと左からの運動が入った/入る余地のあるジャンルだからでもあって、琵琶に限らず古典芸能(の上層部)にそういう要素はほとんどないわけで。戦争中の漫才なんかの分析をした新書も読んだんだけど、忘れちゃったな……(あまり面白くなかった記憶がうっすらと。そのせいかエントリも書いてないっぽい)。

 

|

« 琵琶を聞きに | トップページ | プログレス »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 琵琶を聞きに | トップページ | プログレス »