« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

2016/09/28

劇映画「沖縄」第1部のいち

 「えこだ沖縄映画祭」(こちら)で、劇映画「沖縄」第1部・第2部を見る。第1部65分、第2部125分でえらく配分が悪いと思ったら、元々1本のインターミッション入り映画だったのね。それにしても配分は悪いんだけども( ̄▽ ̄)。

 1970年公開となってるけども、製作した共同映画社のHPによると1969年製作上映とある(こちら。←( ・`ω・´)キリッとした地井武男がかっこいいぞ!)。監督・脚本は武田敦。製作の中に山本薩夫の名前がありますが、スタッフロールの製作委員会的な(正確に覚えてない)人々の中には今井正の名もあったかと思います。地井武男の初主演映画。

 第1部「一坪たりとも渡すまい」 

 テロップは「昭和三X年」。三郎(地井武男)一家、清(石津康彦)一家らが、荷車に家財道具を積んで移動しているところから始まります。彼らは謝花の米軍用地接収で土地を取り上げられ、平川(架空の地名?)へ行けば土地も仕事もあると言われてやってきたものの、その平川でも同じように土地接収が始まろうとしていた。「平川土地を守る会」は古堅(中村翫右衛門)を中心に、話すときには手を肩より上げない、などの取り決めを守りながら米軍と交渉していた。その話し合いのさなかに三郎と清、たまたま出会った黒人とのハーフの少年・亘(子役)とは、米軍トラックから測量用のポールを盗み出す。それに気づいたワタルの姉・朋子(佐々木愛)は、ワタルに泥棒を教えるなと怒るが、三郎は「ウチナンチュの物を盗んだら泥棒だが、アメリカーの物を盗むのは戦果だ」と悪びれない。

 三郎一家と清一家はキャンプハンセン(だったと思う)の従業員募集に応募するが、三郎と清は未成年だということで雇ってもらえなかった。むしゃくしゃした三郎は、清を巻き込んで米兵から毛布の束をくすねる。米兵に追いかけられた三郎は、毛布の束を、野菜売りをしていた朋子のリヤカーに突っ込んで難を逃れるが、朋子は自分の取り分として半分近くをちゃっかり持っていく。弟と年取ったおばあを養うのに仕事は選んでいられない、という。3人は門中の山城(加藤嘉)に畑や売り物の野菜を借りて、細々暮らしていた。その山城は、米軍の接収予定の地図を手に入れ、アメリカに留学予定の息子・朝憲(岩崎信忠)に訳させて、集落の接収される半分を見殺しにする算段を始めた。
 ある日、三郎は朋子を青年会の毛遊びに誘うが断られる。その夜、朋子の家に母が帰ってくる。亘の父親の米兵が朝鮮から帰ってきたので、亘を連れにきたのだ。朋子は家を飛び出して毛遊びに行くが、亘が追ってくる。その席で、朝憲の接収予定地図についての諍いが起きる。

 夜中、米軍がやって来て、銃剣とブルドーザによる土地接収が強行される。朝憲は父に「なぜ鐘を叩かないのか」と問うが、山城は「鐘は叩かないことになっているし、叩いても誰も行かない」と答える。
 古堅の家では息子の政孝(杉本孝次)が、何度陳情しても無駄だと父をなじるが、古堅は信念を変えない。学校帰り、政孝と朝憲は、古堅たち「土地を守る会」の一行が、琉球政府の前で三線を弾き、窮状を訴えて座っているのに出くわす。近くの店の人・歌声に集まった人々が涙を流してそれを聞き、店の品物やカンパを置いていく。自分も泣きながらそれを聞いていた政孝は、靴を脱いで古堅らに加わる。

 演習が始まった。三郎と清は演習場での不発弾拾いを始める。父らの運動を支える決心をした政孝がそれに加わり、朋子と亘も小さな薬莢を拾い集める。ある日、米兵に見つかった彼らはなんとか逃げおおせるものの、清が逮捕されてしまった。山城は、畑の多くを接収されてしまったので、朋子のおばあに貸している畑を返せ、と迫る。そんな時、畑にいたおばあは演習機の機銃掃射で殺されてしまう。

 おばあの葬式の場で山城は、朋子の家の墓は演習地の中にあるので、おばあは近くの山に埋める、と言う。朋子は、おばあはおじいの傍に行きたいと言っていたのだから、なんとしても演習地の中にある墓に埋めると言う。三郎たちがそれに加勢し、一同は葬列を組んだ。その途中で清が、ボリビアに行くことになったと告げる。清が逮捕されたことで、両親が米軍のパスを取り上げられてしまったのだ。葬列はゲートを突破し、墓へと向かう。
 

| | コメント (0)

2016/09/27

術後3週間/手術当日

 昨日で術後3週間でした。排尿痛はだいぶよくなって、最後の方がまだ痛い、くらいのところです。ただちょっと尿漏れするなあ。これは今までつぶれて小さくなっていた膀胱が、圧迫していた筋腫がなくなって大きくなったために、全部を出し切れなくて起きるようです。ひどいと自分で導尿しないとならないみたいですが、そこまでのことではないので、お尻の穴の体操……まあ、これがちょっと傷に響くんだな……。
 そして2週間以上ろくに使ってなかった腹筋が、使えるようになったとたんに筋肉痛ですよ……orz。そりゃそうだ。あと今日は久しぶりに美容院に行ったんですが、シャンプー台で身体が伸び気味になったら、下腹全体が結構に痛かったです( ̄▽ ̄)。これは予想外。

 さて、ここからは手術当日の話。

 いつも通りに起床してバイタル。入院してから血圧の上が140くらいあってびっくりだったんですが(いつもは110あるなし)、この日は生まれて初めて150を越えましたΣ( ̄ロ ̄lll)! やっぱり緊張してるんだな……。前の晩から絶食に入っているので、朝ご飯はなし。水は10時半まで飲めるので、水だけぐいぐい。帰りは自分のベッドで帰ってくるので、回りを片付けておいてくださいね、というので、ベッドのテーブルの上の本やタオルをしまったり。

 午前中に、あらかじめ買ってあったT字帯と、初日に渡された術衣に着替えます。

Ca3k2145_2 こんなヤツね。T字帯。初日に看護師さんとつける練習をしたんですが(服の上から)、帯が後ろに来るようにして腰紐を結び、股間から前に回して内側から紐にひっかけて余った分を前に垂らします。まあ、薄い褌だわな。ナプキンは夜用の厚いのを、これも初日に看護師さんに渡してあって、術後に看護師さんがつけてくれます(多分。なにせ麻酔中のできごとで)。身につけた物ではずせる物はなにもかもはずして、T字帯と術衣だけを着て待機。看護師さんが来てから、これも初日に渡された弾性ストッキング(膝下)を穿きました。サイズを正確にしないといけないというので、入院時に足首とふくらはぎを計ったらなんとSサイズ(・_・)! いやー、穿きにくいわこれホントに。

 着替えたあとで、点滴開始。自分、左腕の血管が出ないタチで、以前大腸ファイバーで点滴麻酔を受けたときも医師と看護師さんと2人がかりで20分以上格闘したあげく、左の手の甲から入れるというメチャクチャ痛い目にあったんですが、今回も麻酔科と病棟の看護師さん2人がかりで探しながら下がっていって、ほとんど手首、のところから入れました。ホントは肘と手首の真ん中辺から取るみたいです( ̄▽ ̄)。

Ca3k2159 この辺(笑)。手首を曲げるときにビミョーに当たるので、トイレでパンツ(両方の意味で)を上げるときにたびたび「ばきっ!」ってなりました( ̄▽ ̄)。

 午前の手術が早めに終わったので、13時から手術に決定。病棟の担当看護師さんに連れられて手術室へ……ってとこで、「大事な相棒忘れてるようー」って看護師さん。ツレアイを忘れたかと思ったら、点滴台を連れてくのを忘れてたよ、つながってるのに( ̄▽ ̄)。

 病棟のエレベータの前で、ツレアイはストップ。戻ってくるまでエレベータ前の待合所で待機です。自分と看護師さんはエレベータで2Fへ。つながってる別棟の手術室前でアルコールで手を洗ってから中に入れてもらいます。ここで、病棟の看護師さんから眼鏡ケースとともにオペナースさんにバトンタッチされて、手術台へ。本当は眼鏡も病室に置いてくるのが望ましいんですが、自分は裸眼0.1切っちゃってるんで、手術台までは眼鏡着用だったんですね。オペナースさんは、男性はよく見る青緑っぽい色のVネックの看護服でしたが、女性は大きなアロハっぽい花柄の制服でした。患者が緊張しないようにかな。

 手術台の上でタオルをかけられて、身ぐるみ剥がれて( ̄▽ ̄)。術衣って、本当にするんと脱がされるんだわ。00サイボーグもオッケーなくらい。まずは麻酔医さんの硬膜外麻酔から。事前にもらったプリントでは「犬のように丸い姿勢」ってあったんですが、なぜかここで「上手ですね〜」と無駄に誉められたりして。そして仰向けに戻って、心電図のパッチやらなにやら貼られたり、台から落ちないように拘束されたりして、酸素マスクです。酸素マスクって、飛行機に乗ったときにスッチャデスさんがデモンストレーションでやってくれるあのイメージ……って、最近はアレやってくれないんですけどね。いや、なんかしらんけど、結構楽しみにしてたんですよ、酸素マスク。酸素バーとかあるくらいだし。麻酔医の先生は「鼻や口にぴったりはまらなくても大丈夫ですからね」って言っていたんですが、実際割と雑な感じに( ̄▽ ̄)顔に乗っかってきて、あはは雑っぽいなあ、と思った辺りで、そこから先の記憶がありませんのです。

| | コメント (0)

2016/09/20

術後2週間/手術までその2

 昨日、19日で術後2週間でした。とりあえず何でもいいから(体重考えずに)食う、ことにしました。というのも一昨日あたりから「寝た状態でめまい」というようわからんことになりまして。いちばん貧血がひどいときでもそういうことはなかったんですが、やっぱ食べんとダメやな……ということで。別に意識して食べてなかったわけじゃないんですが、病院食の量に慣れちゃったらしくて、あんまり入らないうえにたいして食べたい気持ちもおきなくてですね( ̄▽ ̄)。

 しかし「日にち薬」とはよくいったもので、寝る←→座る←→立つなどの動作の時には痛いものの、寝っぱなし、座りっぱなしの時にはさほど痛くなくなりました。落ちてる物を拾うのはまだキビシイなあ。しゃがむのがツライ。

 さて、ここからは入院2日めの話です。

Ca3k2148

 朝ごはん。朝は原則食パン。多分10枚切り2枚と思われ。焼いてはありませんが、温めてはあります。左のは「ジャーマンポテト」だったと記憶。毎日牛乳がつきました。
 この日は日曜で特にすることもなく、ごろごろしながら本を読んでました。最後のリュープリンの時に、鉄剤とビタミンC(サワイとハイシー)を2週間分処方されたのですが、おかげで入院時の採血でヘモグロビンが11まで上がってました。2桁行ったのは15年ぶりくらいですよ多分。フェロミアはすっげえじんましん出たし、インクレミンは気持ち悪くなって七転八倒でしたが、フェロミアのジェネリックであるサワイは全然副作用がなかったです。先発薬は大丈夫で後発薬はダメな人も、その逆の人もいるそうで、自分は後者だったようです。それともハイシーのおかげか……。

Ca3k2149

 昼ごはんは中華うま煮。つか、中華丼がセパレートになったみたいなもので美味しかったけど、和え物ってどうしてこう不味いんだろね……。

 バイタルチェックのときに看護師さんが、夜に下の剃毛とおへその掃除をするというので、早めにシャワーの予約を入れる。シャワーは1人30分で、ナースステーションの扉にぶら下がってる「予約表」に名前を書いておくと使える。まあ、ペンションとかの「家族風呂」と同じようなシステムですね。中は狭いユニットバスですけど。念入りに洗っておいたので、看護師さんに「おへそ、きれいですねー」と誉められたりして( ̄▽ ̄)。剃毛は、美容室で襟足に使うような小さなバリカン(?)で。全部ってわけじゃなくて、結構アバウトな感じ。

Ca3k2150

 夕飯。鶏のなんかしたのとネギ。茄子のあんかけとエノキのお吸い物(これは美味しい)。オレンジ。ここから絶食になります。水は翌日の10時までOK。病院によっては浣腸があるらしいですが、自分が入ったとこではありませんでした。

| | コメント (0)

2016/09/17

入院から手術まで その1

 さて、最初に手術日を決めるときに「婦人科の手術は月曜日」なので土曜に入院、というふうに説明を受けたのですが、実際はほかの日も同室の人が手術を受けてました( ̄▽ ̄)。もっとも、手術から退院の日程がバラバラだったので、術式やら病気やらがちがったんでしょう。

 つことで、9月2日午前に入院。ツレアイが荷物持ちともろもろの説明を聞くためについてきてくれました。病棟の看護師さんにあらかじめ記入した問診票を渡して、「入院のしおり」(諸注意)と「入院診療計画書」(退院までの日程表)の説明。この病院では最初に一人づつにファイル(パンチ式)をくれて、それにもらった説明書などをはさむようになっていました。で、腕に二種類、名前と血液型を書いたバンドを着けられて、これは退院までそのまま(シャワーで一度取れちゃったけど)。

 差額ベッドは申し込まなかったので、4人部屋でした。一人当たりのスペースが思ったよりも広く、窓際だったのでそこそこ見通しもよく、天気がよければ明るくてすごしやすかったです。もっとも結構暑かったのも窓際だったからみたい。基本的にカーテン閉めっぱなしで、特に同室の人と何か話したりということはなかったです。入ったときはほかにもう一人いらしたんですが、その方は小さいお子さんがお見舞いにくるので、ご本人と多分お母様とが「うるさくしてすみません」と挨拶にいらっしゃいました。こちらも「うるさいと思ってると思われてるのでは」と思うと逆に咳や寝返りもしづらいので、「全然気にしませんオッケーですお互い様ってことで」と返しましたが、こういうことは最初にひとことあるとないとで、お互いに気持ちが違いますよね。あとちゃんと一人に一台テレビがあって、DVDも見られるようになってました(イヤホン必須)。テレビカード(何分だか忘れたけど)1000円で、これはあとで精算機で見なかった分のお金が戻って来ます。

 6時起床、22時消灯。食事は7時半、12時、18時。バイタル(検温・血圧・指になんか挟むヤツ)が6時、14時、19時。検温は自分の電子体温計で測って申告。放送で検温のお知らせがあるんですが、その時間から病室を回り始めるので、実際に看護師さんがたどりつくのは30分以上後になったりしました。で、その時に問診や傷のチェックもする。

Ca3k2146

 2日の昼食。自分は魚の脂(特にサバ。あと鮭やサンマの腹側とか)や血合いでじんましんが出る旨、入院時の問診で申告しておいたところ、「サバ抜き」の注意書きがある名札がついてました。これは鮭のホワイトソースがけとあとまあいろいろ。右上はオレンジ。完食。

 手術室付きの看護師さんがきて、手術前後の手順の説明。麻酔医の人が来て、麻酔についての説明。あと研修医の人が毎日回診にきました。といっても、バイタルチェックの看護師さんとあまり変わらない問診と傷チェックくらいかな。あと婦人科の主任の先生がばたばたっと来て、「卵巣も取るんだよね?」と確認だけして帰っていきました。
 それから看護師さんと外来に行って、手術をしてくれる先生の診察。内診とエコーで、予定通り開腹で取る決定。手術の時間は、午前の手術の終了時間次第で13時か14時、となりました。

Ca3k2147

 ブレちゃったけど夕飯。あげてない飛竜頭みたいな寄せもののあんかけ。ここ、あんかけだけは妙に美味かったなあ。完食。


| | コメント (0)

2016/09/16

術後はやくも10日

 あっという間に退院して6日です。家にいれば何か書くかと思ったけど、もうただぐうたらしてます。術後でいうともう10日経ってるのに、まだ寝た状態から起き上がるのがよくわからない( ̄▽ ̄)。毎回「……どうするんだっけ?」ってなってます。一度、「痛くない方法がわかった!」ってなったのに、次のときにはもうその方法がわからない……orz。

 今のところ、いちばんつらいのは排尿痛です。こちらのエントリがわかりやすかったんだけど、要するに筋腫でつぶれてた膀胱と尿道がいきなり解放されて今まで使ってなかった場所を使っているので痛い、と。尿道が筋肉痛になるなんて思ってなかったよ( ̄0 ̄)! 確かにホース(とは言わないか)の口径が倍くらいになった感じといいますか、いきなり音止めの滝かよ、という気はいたしましたです。最初のうちはいいんだけど、終わるに従って「きゅーー」って縮んでいく感じに痛くなっていって、終わったときがいちばん痛い。これはもう尿道様と膀胱様に早いとこ慣れていただくしかないので、1〜2ヶ月は我慢、という。

 あとンコですね。下の話ばっかりで恐縮ですが。こっちはそれ自体が痛いわけではないんですが、うまくいきめないうえに、上記のごとく、すでに「きゅーーー」って痛くなってもう心が折れちゃう、みたいなところからがんばらないとならないので、すんごいキツイ。でもためちゃうと腸閉塞の恐怖がーーー 。・゚・(ノд`)・゚・。、固まんないうちに出さないとーーーー 。・゚・(ノд`)・゚・。、というわけで、これはこれで大変。とりあえず、術後3日めから出始めて、量はさておきなんとか1日1回をキープしてます。しかしこれも、トイレに好きなだけ時間をかけられるからできるんだよな……。出勤してたらこうはいかん。

 それにしても体力はがた落ちでした。手術以降、あんまり食べてない、というのもあるんですけども。入院中は、出されたもののほかにはのど飴と水だけで過ごしてまして(むしろ食べきれなくて残してた)、退院してからもツレアイがいる間はなんのかんので食べてたんですが、一人になったら特に食べたい気持ちもないし、起きるのも会社に行くときほど早くはないので、0.5食+0.5食+1食、おやつ特になし、みたいな感じでいたら、入院中に1キロ、退院してから1キロ減りました( ̄▽ ̄)。まあ退院後に減ったのは、入院中に食べてなかった分だという気はしますけども。今日ちょっと知人の通夜があったので、隣駅のお寺さんまでトータル1時間半くらい出かけてきたんですが、もうくたくた。やっぱ食べないとダメなんだな。

 ええと。あとは四十肩ですね。入院中、全然痛くなかったので「仕事しなければ治るんじゃーん( ̄▽ ̄)」って思ってたら、単に鎮痛剤が効いていただけだったという……orz。自分の悪いのは左上腕なんですが、いつも左腕でベッドの手すりをつかんで身体を左に振る反動で起き上がっていたので、すっかり痛くなっちゃいまして。ほかにも枕の高さのせいか、首肩周りがゴリゴリだったので、朝、整骨に行ってきました。入院前に先生に手術の話をして「うつぶせにならずに首肩だけできるか」を相談していたので、横向き寝と仰向けで、胸から下は触らずにやってもらいました。痛いのは上腕だけど、腕の付け根のところが凝り凝り。だいぶラクになった〜。

| | コメント (0)

2016/09/10

退院しました。

 入院前にもらった日程表では、術後8日めに「退院できます」とあったのですが、その予定よりも2日早く、今日の午前に退院できました。心配くださったみなさん、ありがとうございましたm(__)m。初めての入院&手術で、いろいろかってがわからなかったりしましたが、とにかくなんとかなりました。看護師さんたちにずいぶんお世話になりましたですよ……。いろんな看護師さんがいて面白かったな。

 手術は「腹式単純子宮摘出術+両側付属器切除術」。付属器というのが卵巣+卵管です。お腹の一番下、高さでいうと太股の外側の付け根よりもまだ下の部分を横に13cm切りました。リュープリンの効果で、7cmの筋腫が5cm、3cmの筋腫が2cmに小さくなってたそうです。さすがに物は見せてもらえずに、一応手術の後で写真は見せてもらいましたがなにせもうろうとしてて( ̄▽ ̄)。今、病理検査に出ていて、月末の検診のときにその結果を聞くことになっています。

 手術時間。開腹だと1〜2時間というふうにものの本には出ていますが、午後1時に手術室に行って(病棟から歩いて)、戻って来たのは4時でした。もっとも手術に3時間かかったわけではなくて、麻酔が醒めてから手術室を出るので、その時間がかなりあったんだと思います。よくドラマで見るようなストレッチャーに乗せられて戻ってくるのではなく、病棟の自分の可動式ベッドが手術室に運ばれてきて、それに(麻酔がかかってるうちに)手術台から移されて、そのままごろごろ病室の元の位置に戻されるという( ̄▽ ̄)。手術台→ストレッチャー→ベッドより1工程少ないから合理的ですな。帰ってきたらベッドの高さがかなり高くなってたのはそのせいだったのな〜。
 ちなみにツレアイも、ドラマでよく見る「薄暗い手術室前の廊下のソファ」ではなく、病棟のエレベータ前の待合所で待たされておりました。まあ同じエレベータ(建物自体はつながってる別棟)の別階なので、すぐといえばすぐの場所。

 今は、じっとしてる分にはたいして痛くありません。ただトイレでいきんだり、中がたまったりすると結構痛い。歩くのも、かなり歩けますが歩幅が小さいので結果として遅いw。あと前屈みが痛いですね。なので階段も降りるのは問題ないですが、昇るのが痛い(歩幅が必要なのと、もも上げになるのが痛い)。寝た状態から起き上がるのは、ベッドの手すりに手を掛けて手の力を使って起きてます。座ってるところから立ち上がる時は斜め前方に。総じてとりあえず、鎮痛剤でなんとかなる程度の痛みです。むしろ寝っぱなしで腰の方が痛いんだけど、当分整骨に行けないのがツライ……(TーT)。

 血栓と腸閉塞の予防のために、退院したらよく歩くようにと、産業医にも外来の先生にも言われていたのですが、入院直前にばったり、会社のOGでやはり子宮全摘した人に会いましたら「どうせ重い物なんて持てないんだからね、日に3回、スーパーに行くのよ!いいわね!」と、非常に具体的に指令をいただきましたので( ̄▽ ̄)、しばらく彷徨することになりそうです。

 

| | コメント (2)

2016/09/02

いよいよっす。

Ca3k2139_2

 いろんなものをもう少し書いてから入院するつもりがなくはなかったんですが、結局このままで、明日入院です。5日に手術の予定です。8日〜10日間入院して、術後1ヶ月検診までは自宅療養になります。手術自体は簡単なものだそうですが、お腹がくっつくまで時間がかかるのは一緒だからねぃ。

 病院にPCは持ち込みますが(許可済み)、病室にWi-Fiが来てるとは思えないので、しばらくはネット環境もガラケーからの貧弱な感じに。でもまあ開腹……じゃなくて回復してくれば暇になると思うので、ついったーの方でいろいろと経過などはツイしていくかと(こちら)。

 そんなわけでよろしくお願いします(何を?)。写真は実家に行った時に撮った、西調布駅近くの馬蹄観音。小学校の「わたしたちの町」の授業で必ず習うヤツです。

| | コメント (0)

2016/09/01

王子さまってば!

 ということで、十日のアヤメは承知の助で、王子ガラのつづき。

『タンゴ』よりソロ
 ピアソラのタンゴに合わせたシクリャローフのソロ。ここまで5本ソロのみってのも珍しいガラだねえ( ̄▽ ̄)。黒タイツに黒のふんわり袖のシャツ。どうしてもいつまでも「ネタ王子」だった頃のイメージが忘れられないので、何度見ても「大人になったなー」とか思ってしまうのですが、いや本当に脚がきれいになって! 短かったのがもったいなかったなー。倍くらいあってもよかった。

『同じ大きさ?』
 今回はこれがいちばん面白かった! シュツットのガラに行けなかったので初見。シムキン、サラファーノフ、カマルゴの3人がばたばたとコミカルに踊るんだけど、3人の個性がバラバラなのがいい。特にサラファーノフの生真面目なコミックが楽しすぎ。特に好きでもキライでもなかったサラファーノフ株が一気に上昇しました。特に3人でその場駆け足みたくするときの、生徒会長が無理無理コントやってる感じがたまらん( ̄▽ ̄)。シムキンはもう「変顔王子」だな。

『マノン 沼地のPDD』
 コントのあとにこれ? と思ったけど、そこはワトソンとサラ・ラム。ありゃ、と思う間にすっとマノンの世界に連れていかれてしまいました。実はこのPDDってそんなに好きじゃなかったんだけど、演じる人によってこんなに違うんだなー、と。ワトソンが意外にも(でもないのか)「育ちの良い、しかしいざというときに頼りにならない」感を振りまいていて、いつもなら「瀕死のマノンをそんなに踊らせてーー」みたいに思うところが、「どうしていいかわからなくて右往左往するデグリュー」と、「そんなデグリューを求めて追いかけてしまうマノン」(←ダイブのとこ)に見えて、自分にしては珍しくうるうるしてました。沼地で泣く事ってなかったんですよ。そんで、最後に倒れたマノンのまくれたスカートをさりげなく直してあげるワトソンは王子さまだわー、というか実際自分の頭の中では「メイドと駆け落ちしてきた王子さま」の話になっておりました。マノンなのか、それは。

『エチュード』
 男性プリンシパルが3人の変則体制……だったんですが、シクリャローフはシルフの場面だけの登場でした。でもまあそれだけでもいいか( ̄▽ ̄)。コチェトコワが可愛かったなあ。
 東バの方は竹組の体制。しかしその分、黒の方に小川さんや伝田さんがいて妙に豪華だったり( ̄▽ ̄)。女子はやっぱり政本さん、崔さんに目が行くなあ(ふたりとも大好き)。男子も以前プリンシパルを踊った松野くん・入戸野くんが何気にコールドにいたりしましたが。高橋くん、中村(え)くんはやっぱり上手いな。うう、松組も見たかったよう。

白の舞踊手(ソリスト):吉川留衣、河谷まりあ
白の舞踊手:金子仁美、中川美雪、秋山瑛、高浦由美子
二瓶加奈子、三雲友里加、政本絵美、崔美実
男性:宮川新大、岡崎隼也、松野乃知、吉田蓮、入戸野伊織、
和田康佑、宮崎大樹、河上知輝、海田一成、高橋慈生、中村瑛人、古道貴大

 さて余談ながら、「王子さま」のタイトル。TWの方だったかで、「テニスの王子様」のもじりという説を見て「ぽん!」と膝を叩きました。自分としては「王子」というのは単に「旬のイケメン」くらいの意味にしか考えてなかったので(なので「旬のイケメンが出るガラ公演」くらいに思ってた)、文字通りというかクラシックバレエ的な「王子」にこだわる人が多かったのが実はかなり意外でありましたのん。それだけバレエにおける「王子」のイメージが固まってるってことなんでしょうが。というか、クラシックバレエの王子って、むしろダメンズばっかじゃん……( ̄ー ̄)ニヤリ。気品溢れるダメンズの群れ(上の句を誰か)。
 

| | コメント (0)

« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »