« アルルの女(竹) | トップページ | 就職活動が終わりました!(暫定) »

2017/10/22

王希奇「一九四六」

Kimg0074

 東京美術倶楽部で行われていた王希奇展「一九四六」に行ってきました。主催は城西大学。記念シンポジウムの記事をTWで見たので気になっていたのですが、一週間しかやってないとて、期日ギリギリの10月4日に駆け込みでなんとか見られました。

 東京美術倶楽部は初めて行きましたが、画商+貸し画廊てとこですね。大きな展示室を、中央を開けた形で二つに壁で仕切ってあって、前のスペースに海、後のスペースに葫蘆島の絵がまとめられていました。

 葫蘆島は、満州からの引き揚げの拠点だった場所。この島から150万人が日本への船に乗った。王氏は戦後の生まれだけども、葫蘆島の近くで育ち、小さいころに話に聞いていた引き揚げについて取材する中で、骨壺を持った子どもの写真に衝撃を受けたそうです。ロビーで、制作過程を映したビデオが上映されてましたが、残された当時の写真の人物ひとりひとりをモデルにして描いていました。その骨壺の少年は絵の中程、写真とは顔の向きを変え、少し振り返り気味にきりりとした表情をしています。群像の中の中心のひとりと言ってもよい位置です。ほかにも、子どもを抱えた人、荷物を背負った人、おそらくは看護婦達のグループ、それぞれに絵の下手(左というべきか)から上手奧の船のタラップへと、疲れ切った顔つきと重い足取りで進んでいきます。等身大よりはかなり小さいけれど、全長20m、パネル10枚のその大きさはかなりのもので、随伴するように絵の中の行列に沿って歩くうちに自分が吸い込まれそうな気持ちにもなります。見慣れた「原爆の図」シリーズも大きいですが、多分、それよりも大きな「水俣の図」くらいあるんじゃないかな。そういえば、満州というのは丸木夫妻の描かなかったものだな、と思ったり。

 向かい合わせで手前に置かれた海の絵。灰色の、いかにも北方の海といった暗い海の絵は大きいものが2枚と小さめのものがいくつか。「一九四六」を見てから振り返ると、乗り込んだ引き揚げ船から見る海のようです。やっと帰れる、そうした安堵感がありながらも海はあくまでも暗く灰色で、そこに希望はないように思えます。

 「一九四六」と同じ側には満州の建物と引き揚げ船をモチーフにした絵。茶と青を基調としたものと、薄れ行く記憶のように粗い靄のようになっていくもの。どれも1枚ずつが胸に迫るのですが、それがまとめられてひとつの足跡になっていくような、いい展示でした。

 自分は平日の午後遅めに行ったのですが、何組かのご年配の方々がいらしていて、そのうちの一人の老婦人は葫蘆島から引き揚げてきた体験者のようでした。持ってらした写真(お姉様のようでした)といっしょに、絵の前で写真を撮ってもらっていました。絵の前で引き揚げの経験を語る人は、期間中に何人もいらしたようです。初期の「原爆の図」がそうであったように、絵が見る者の記憶を引き出しているのです。

 魯迅美術館に記事(当然中国語)と写真がありました。こちら。展示されていたのはこれで全部かも。しかし、あの大きさは是非体験して欲しかったので、期間が一週間と短かったのが残念だなあ(画廊だからそんなものではあるけど)。これだけ大作だとなかなか持って来れないだろうしなあ。個人的には丸木の岡村学芸員の感想を聞きたかったよ……。

シンポジウムの記事 こちら

|

« アルルの女(竹) | トップページ | 就職活動が終わりました!(暫定) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« アルルの女(竹) | トップページ | 就職活動が終わりました!(暫定) »