初めて8月6日の広島を訪れたのは1995年。80年代から「反戦反核広島集会」という名前で全国から反戦運動団体が集まる催しが行われていて、友人たちは何年も前から出かけていた。この年は「敗戦50年」ということで私が所属していた事務所(当時)も大規模プロジェクトを抱えていて、その調整も兼ねて誘われるまま出かけた。
 そもそも私の母は防府の出だし、伯母(母の兄の連れ合い)は広島の出身だから、小さい頃から「8.6でない広島」には何度も出かけていたわけで、ちょっとした地元意識もないではない。